魔導人形な彼女
今回の更新の直前、第一話目に戦闘のシーンを割り込みで投稿しました。
お時間のある時にでも読んでいただけると幸いです。
「オートマタ……悠久の館……?」
聞き慣れない単語に俺の目は点になった。いや、『悠久の館』というのがこの屋敷を指しているのであろうという事は何となく分かるのだが。
オートマタ。その言葉の意味がいまいちピンと来ない。
「それって一体……?」
俺が質問すると、シェリルさんは少し悩むようなそぶりを見せた。
「それらを詳しく説明してしまうと途方もない長い時間が必要になってしまいますので、短く簡潔に説明いたしますと――まず、私はユート様のような普通の人間ではありません。……いえ、正確に言えば、私はそもそも生物という枠組みの中にある存在ですらないのです」
シェリルさんがこちらに背を向ける。
初めて見る彼女の背中は、何故かメイド服が大きく開いているデザインになっていて、まるで陶磁器の様な染み一つない柔肌が大きく露出した形となっていた。あられもないその姿に俺は頬を赤くし、思わずそこから目を背けたい衝動に駆られる。
しかし、そんな俺をシェリルさんの声が引き止めた。
「少々お見苦しいかもしれませんが、ご覧ください」
無防備な背中を晒したシェリルさんがそう言った直後、彼女の背中の丁度背骨に当たる部分が左右に割け、直径十センチに満たない小さな穴が口を開けた。
「ヒッ……!?」
何か、自分の口から自分の物とは思えないような、変な声が漏れ出た。
「せ、背中が割けた……」
「落ち着いてくださいませ、ユート様」
女性の背中が割けて、穴が開く――そんな非常識な光景を目にし、半狂乱の状態に陥りそうになった俺を、シェリルさんは穏やかな声で嗜める。
「先ほども言いましたが、私は生物という枠組みから外れた存在です。この程度、どうということはありませんのでご安心ください」
その声は俺の体を優しく包み込んでくるようで、俺の心の中にスッと入って来て――何より、自分の背中が割けているその本人が至って平静な表情をしている事に気が付いて、俺は少しばかりの平静を取り戻した。
「ほ、本当に……大丈夫、なんですね」
「はい。ですので、私の背中の穴をよく見てください。正直、この状態を維持するのは、流石の私でも少々辛いものがありますので、可及的速やかにお願いいたします」
シェリルさんに急かされ、俺は彼女の背中に開いた穴を観察した。
穴はまるでブラックホールを内包しているかのように黒く、先が見通せない程に暗い。一見、ただただ黒いだけのように見えるその穴だが、よく見てみると、その穴の中に何か宝石の様な水色に光る石がある事に気が付く。
「この宝石? みたいな物は……」
「それは私の人格を形成し、この『器』に定着させている核です」
「コア……」
「はい。元々、この体は遥か昔にとある人物の手によって創造されました。しかる後、その人物は『私』という意識をこの体に定着させ、この核に縛り付けることにより、『私』という魔導人形を作り上げたのです」
その時、シェリルさんの背中にあった穴が徐々に小さくなり始め、終いには綺麗さっぱり消えてなくなってしまった。
染み一つない綺麗な背中に戻ったシェリルさんが体ごとこちらを振り返る。
「ちなみに、私の体は人工物であるが故、生理的欲求は持ち合わせておりません。そして、歳を取って肉体が老化する事もございません。ですので、私は遥か昔からずっとこの見た目のままなのですよ」
「はぁ……ん? ……って事は、シェリルさんの年齢って――」
「ユート様」
ある事に気が付いた俺に、シェリルさんは冷たい笑みを向けてくる。
彼女の般若の様な形相を見て、ようやく俺は自分の失言に気が付いた。咄嗟に自分の口を塞ぐが、もう遅い。口を突いて出た言葉を取り消す事は不可能だ。
「女性に年齢の話は禁句でございます」
――どうやら、その辺りのモラル的なものは異世界でも変わらないらしい。
「は、はい……すみません」
怖い。ムッチャ怖い。
シェリルさんの目が笑っていない笑顔の迫力に気圧され、俺は小さく縮こまる。
しかし、そんな折でも疑問というものは存外湧き上がってくるもので、それがどうしても気になってしまった俺は、小さく縮こまった体勢のままシェリルさんに疑問をぶつけた。
「本当に今更なんですけど、シェリルさんの主っていう人はまだ存命なんですか」
俺の疑問に、シェリルさんは少々困ったような表情を浮かべた。
「ユート様、先ほどもお伝えいたしましたが、私は主についての情報の開示を許可されておりません」
「あ……」
そうだ。さっき聞いたばかりの事だったのにすっかり忘れていた。
彼女は、主の事について何一つ話せない……いや、話してはいけないのだ。
「……なんだかすみません。すっかり忘れてました」
「いえ、思い出していただけたのなら何よりでございます」
シェリルさんは俺の謝罪を朗らかに笑って受け入れた。
そして今度は彼女の方からこちらに問うてくる。
「では話を戻しますが、私がどのような存在なのか、ユート様はご理解成されましたか?」
「まぁ、はい。何となくですけど。つまり、シェリルさんは生き物じゃなくてロボットやアンドロイドみたいな存在だって事ですかね」
俺の回答を聞いて、シェリルさんは小さく首肯した。
「はい。人工的に作られたものである――という意味では、その認識で相違ないかと思われます。ただ、ロボットやアンドロイドと、私のような『オートマタ』は、隅から隅まで全く違うモノといっても過言ではありません」
「はぁ……えっと、具体的にはどんな所が?」
「それは先にも述べた通り、『隅から隅まで』でございます。体の構造、設計理念……違いを挙げればキリがありませんが、中でも一番大きな違いと言えるのは動力源でしょう。主に電力を動力としているロボットやアンドロイドに対し、『オートマタ』は魔力や魔法を動力源として動いております」
「魔法……魔法がこの世界にはあるんですか?!」
『魔法』という言葉に思わず目を輝かせた俺を、オートマタであるシェリルさんは「何言ってんだこいつ」的な目で見つめてきた。どMな野郎なら性的興奮を覚えるかもしれないが、俺の性癖はいたって正常なので、その視線に何かを感じる事は無い。
それにしても、何故だ。何故、俺をそんな目で見る。
「……あぁ、そうでした」
数拍おいて、何かを思い出したらしい彼女はポンと一つ手を打った。
「ユート様の様な転生者様達が元おられた世界には、『魔法』は存在しなかったのでしたね。――えぇ、そうです。この世界には『魔法』が存在し、人々の生活に密接に関係しております。まぁ、実際に魔法を使えるのは限られた一部の者だけなのですが」
ほうほう。つまり、皆が皆魔法を使えるわけじゃない、って事か……。
「……ちなみに、シェリルさんは魔法を使えるんですか?」
「いえ。残念ながら私は魔法を扱う事は出来ません。何分、この身は人工的に作られたものですので、魔法を使う為に必須とされる魔力を体内で『魔法』という形へと変換させる機能が備わっていないのです」
「そう、なんですか……あ、じゃあ、俺は魔法を使えるんですかね――なんて、そんなうまい話がある訳無いか……」
シェリルさんの話では、魔法を使える者は一部に限られているという。その一部、というのがどれほどの確率なのかは分からないが、まさか5割、6割といったような数値では無いだろう。恐らくは、2割、1割……あるいはそれ以下かもしれない。
いずれにせよ、そんな低い確率に自分が引っかかっていると考えるのは傲慢だ。あるいは自意識過剰というか何というか。
「いえ。あくまでも私の考えですが……ユート様は魔法を使えると思われます」
え、本当に?
「なんでしたら、確認されてみますか?」
「えっと……何を?」
「ユート様が魔法を使えるのかどうかをでございます。幸いな事に、この世界には各個人がどのような魔法を使えるのか、はたまたどのような事が出来るのか――それらを手っ取り早く確認する方法がございますので」
俺は彼女の提案に間髪入れずに頷いた。
そんな俺を見て、シェリルさんはこちらにこの部屋を出ようと促してくる。
「では、屋敷の外へと向かいましょう。屋内では魔法を行使する際に不都合がございますので」
そう言って俺を先導するシェリルさんは、俺が魔法を使えるという事を微塵も疑っていないように見えた。
次回の更新は明日の午後(詳細な時間は決定していません)となります。
今回も読んでいただき、誠にありがとうございました!




