ちょっと、諸般の事情により
詩
というより
第2章 序 って意味合いの文章なんですが、そもそも始まってすぐに頭を抱えてたので第1章がほぼ無い状況での話なので、第2章でもないだろうと。
ま、決意表明と、「なろう」に対する「?」ですね。できれば、どなたか、教えてください、と。
ちょっと、諸般の事情により、当初かんがえていたような詩集にはなりません。
流行歌がダメなら、童謡でどうかと、北原白秋の「雨降り」を下敷きに詩を書いたんだが、なんか、解説調で、思わずエッセイで登録してしまったほど、詩としていびつだった。かといって、すべての童謡が、上手くいかないわけではないと思うので、少しは考慮にいれてます。ただ、基本てきに、どうも詩にはなりづらい、というか、私が詩にするのには向いてないのかもしれません。
他人が駄目なら、自分ってんで、自分の歌をベースにするしかないのかな、と今、思っていたりもします。
てか、今日(11/13)気付いたんだが、今日「青春っぽい詩集」のなかに入れた「泣いてもいいのに」ってのが、まさしくそれっぽいこと以前にやっていた詩で、あゝ、これならできるな、と思えたので、まずは、そこから始めます。
そもそも、こんな文章いるのか、との話もありますが、今日の今日で別の(一応)詩集に、ひとつの詩を別の名前で入れるなんて、いくら私が節操がないとはいえ、あまりにもあまりにもなことだとは自覚していますので、一応どこかでは説明(言い訳)しておかなければフェアじゃないと思われましたので、ここに記しておきます。フ、フェアって、どの口がいう?まさしく、昨日から今日にかけてシンゴジラ地上波初放送祭りに便乗して「リリシズムがとまらない」なんて詩を皆んなに読んで貰おうと試みた、アンフェアなあなたが、まさか、いう?
でも、あれ、どっからどう巡って、あれだけの人が、読みに(見に?)来てくれるんだろうな?スマホが多いから、ツイッター系のなにかかな?ちょっと、そのへん疎くてよくわからないんですけど。
そういえば、「今日は、たまごかけごはんの日」のときもそんな感じでした。それとは別の疑問もあって、なぜこのうただけが、いつまでも読まれ続けるのだろうってうたも、100詩以上のなかから、1詩だけあって、別に他の詩と変わっているわけではなく、あえていえば感想、返信があるってだけで、でもそんな詩はほかにも少しはあって、だからそれ以外になにかほかの理由があるとは思うんです。まだ、ここに来て一月ちょっとなので、ほんとうにわからないんです。誰か知ってる人いれば、ご教示お願い致します。
て、なんの質問コーナーやってるねん?とにかく今日から、再開します。けど、圧倒的に不定期には、なるぜ、そこんとこ、あしからず。───って、ヨロシクちゃうんかい?




