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この町の神様は嘘をつく  作者: 駄犬
9/16

9話:月ヶ瀬四恩は手料理が好き



目が覚めた時、長い長い映画を見せられたような疲労感があった。

映画の内容は覚えていないけど、きっとろくでもない話だ。けれど、きっと最後はヒーローが現れてハッピーエンドになったに違いない。私の人生がそうであるように。


「…………ん、ここ、は?」


「四恩、起きたのか?」


「はい、利業様」


ほとんど反射的に答えた月ヶ瀬四恩の意識はゆっくりと覚醒していく。

灯りはない、薄いカーテンからはほのかに光を孕んだ藍色の空が見える。時間感覚がない。朝か夕方か、おそらく6時といったところだろう。

目が馴染むと四恩は自分が小さな部屋の中にいるのが分かった。しかし、なぜ、自分が此処にいるのか思い出すことが出来ない。


「そうか。体調はどうだ?」


「少しだけ、体が重たいです」


「…………熱のせいか、寝起きのせいか。どうにも、素直というか、変というか、調子が狂うな」


一昨日の朝よりマシか。と小声で付け加え、利業は大きく伸びをすると肩甲骨をほぐすよう肩をぐるぐると回した。四恩が目を覚ました時すぐに気がつくようにするため、とはいえ昔の武士の如く、座った姿勢のまま眠るのは野宿以上に辛かった。


「お腹は空いていないか?」


利業は由縁からは事前に余ったお米の場所とキッチンの使い方を聞いている。

深夜でも起こしてくれれば私が作る、と由縁は何度も申し出でくれたが、利業はそこまで甘えることは出来いと断った。

お粥くらいであれば自分でも作れる。


「お腹は少しだけ空いておりますが」


「よし、ならば用意するから食べれるだけ食べろ。そしたら、もう少し寝ていろ」


「あの、利業様。私はどうしてしまったのでしょうか?お恥ずかしいのですが、記憶が曖昧なのです」


「その話はしっかり体調が戻ってからにしないか?少し長くなる」


「いいえ、体はまだ少しだけ怠いですが、たくさん寝かせていただいたのでしょう。大丈夫です。頭はハッキリしております」


四恩は確かめるように自分の額に手を当てると小さく頷いた。

しっかり汗をかいたのだろう。額に張り付いた髪の毛と少し熱っぽい息遣いから本調子ではないことは間違いない。

しかし、焦点はしっかりとしているように見える。おそらくしっかり休んで多少体力が回復したのだろう。


「分かった。可能な限り簡潔に今までの事を話そう。どこまで覚えているか分からないが、山を走っている最中、お前が途中トイレに立ち寄ったのは覚えているか?」


そこから利業はゆっくりと今までの経験を話た。四恩が風邪を引いていた事に気が付いた事。休ませるために隣町まで急いだら事故を起こした事。不思議な神様と親切なオーナーに助けられ一宿一飯の恩を預かった事。


しかし、利業は「神様」という突拍子もない話を信じてもらう前に目の前の彼女に謝らなくてはいけなかった。


「危ない目に合わせた。今頃、死んでいてもおかしくなかったと思う。本当にすまなかった」


「やめて下さい。利業様が頭を下げる必要なんてありません」


四恩は顔を青白く染めて小さく叫ぶようにそう答えた。彼女の血相は決して夜明けの光によるものではない。

話の中で四恩は少しづつだが自分と利業の身に何が起きたのか思い出していた。振り付ける雨、不快なブレーキ音、浮遊感、そして彼の温もり。

気がつけば体が震えていた。けして熱による悪寒ではない。

四恩は利業の運転のせいで事故に起きたなんて考えもしなかった。むしろ、自分が体調を悪いのを隠していたせいで、心配してくれた彼を殺してしまうところだった。そう考えると体の震えは止まらなかった。


「……転落事故。私っ、私が勝手について来てしまったせいで。申し訳ありませんっ」


利業は俯く四恩の手を取って少しだけ強めに握った。普段から体温が低い四恩からは暖かい熱が伝わってきた。熱はまだ下がってない。しかし、今はその温もりが少しだけ嬉しかった。四恩は無事でいてくれている。


「無事でよかった……」


「………利業様」


「四恩。お前を危ない目に合わせた。それは俺が悪い。絶対にだ。だから、俺はお前に許して貰うために何でもする」


「でしたら」


握った四恩の手の温度がまた少しだけ上昇したような気がした。


「もう少しだけ手を握っていて欲しいです」


「……分かった。それで四恩が元気になるならいくらでも握っていてやるさ」


やはり昨日からの私は風邪のせいで少しだけ変なんだ。と、回らない頭で四恩は思う。

普段の私なら、こんな我儘言わない。事故は私に非がある。彼の罪悪感に漬け込んで、こんなはしたないお願いなんて絶対にしたくない。

けれど、その私の弱い弱いお願いが気が付いたら口から溢れ出てしまっていた。


「あ、でも飯を作りに行かないとな。お腹空いてるだろ?」


「いいえ、ご飯は結構です。それよりも今はもう少しだけこのままがいいです」


「分かった」


「あの、ところで。利業様は先ほど神様に救っていただいたと、仰っていたような気がしたのですが」


優しく握ってくれた彼の手は、あの日と変わらず温かくて、安心できた。

少しだけ穏やかな表情を取り戻した四恩は少しだけ困ったように先ほど聞き忘れた大事な事を利業に尋ねる。


「嘘偽りなく事実だ。俺と四恩は神様に助けられた。普段は気を使って姿を消してくれてるようだが、呼べば出て来るはずだ」


「はーい!呼ばれて出てきました私が、この町の神様です。お姉さんはじめまして!私、この町の土地神の桜花といいます」


本当に出てきた。

ドアもない部屋の扉をすり抜ける様に現れた桜花に四恩は心底驚いたようだ。目を白黒させた四恩は珍しい。

利業も見たことのない子供のような表情をした四恩の事が面白くて、くくっと笑い声を漏らした。


「あの、利業様?こちらが神様、なのでしょうか?」


「そうだ。俺たちはこの神様に助けられた」


「そうです、私が神様です。でも、お姉さんもお姉さんですから、私のことは桜花と呼んでくれればいいですよ!」


「は、はぁ」


初めて出会った時と同じように桜花はその場で宙を舞う。人ではないと見せつけるように。


「随分と可愛らしい神様なんですね」


「でも、本物だ。崖から落ちた時俺たちはその不思議な力で救われた」


「えへへー。いいんですよ、いいんですよ。神様ですから、当たり前ですから!お兄さんはもう少しだけこの町にいて私のお手伝いをしてくれる。それだけでいいんですから」


にへらにへらと笑う神様には威厳という言葉のカケラも無かった。

そんなに嬉しかったのだろうか。寝る前にお供え物とお喋りをしてから仮眠するまで、桜花は利業に対して、その話ばかり繰り返した。


「あの、利業様。話が見えないのですが」


困ったように首を傾げる四恩は、少しだけ力の抜けた様にそう言った。先ほどまでの熱っぽい視線が嘘の様に消えていた。

少しだけ残念だが、少しだけ安心した。


昨日の朝の出来事といい、恐らく四恩は体調を崩した時に二人きりになると"ああなる"のだろうか。

ああいう四恩は初めてで。とても可愛らしく危なく色々手を出しそうになる程だ。だが、体調を崩した従者に漬け込むのは悪い主人だ。それは利業の望むことではない。


「じー」


気がつくと何を思ったのか桜花がジトッとした目付きでこちらの顔を覗き込んでいた。

考えが顔に出ていたのだろうか。利業は誤魔化す様に四恩に向き直った。


「俺たちはこの神様に助けられた。だから恩返しをしてから町を出ようと思うんだ。あいにく俺たちは目的地なんてあってないような旅の最中だ。こういうのも悪くないだろう」


「そういう事でしたか、承知致しました。勿論、私に異論はありません。四恩は利業様にお供いたします」


それから、と四恩は改めて桜花の方を向き直り座ったまま綺麗なお辞儀をした。


「お礼遅れました。桜花様もありがとうございました。私と、何より利業様をお救いいただき」


「えへへ。そんないいんですよぉ。というか私はお姉さんに一つだけお伺いしたい事があったのですよ!」


「何でしょうか?」


「お姉さんって本当にお兄さんと彼氏彼女じゃないんですか?」


俺と四恩の関係はあれほど丁寧に教えてやったというのに、この神様はまだ女子高生みたいな事を聞いてるのか。見た目は完全に女子高生だけど。


「そんな恐れ多い事絶対にありません。私はただの、妹ですから」


いつもの口癖で「メイドですから」と言いかけたのを咄嗟に切り替えたのは流石だ。

しかし、生憎にも牛庭姉妹と桜花には俺と四恩の関係はバレている。


「あー、すまない。桜花とこの民宿のオーナーには俺と四恩の関係を話してる。」


「そうですか。利業様が話しても大丈夫だと判断されたら私に異論はありません」


話す事になった原因は主に四恩、お前なんだけどな。思わず漏れそうになった言葉を利業は胸の中にしまうことにした。デリカシーだ。昨日今日の自分の寝言を四恩が知ってしまったら、そのまま卒倒しかねない。


「私は月ヶ瀬利業様のメイドですから」


「本当にただのメイドさんなんですか?えー、手もそんな仲良く繋いでるのに?私、呼ばれたような気がしたから元気に登場しましたけど。正直、すごくこの部屋入りにくかったんですよ」


何かを言い返そうとした四恩の言葉はそのまま形になることなく消えていった。四恩は顔を少しだけ赤く染めて助けを求めるように利業に目を向けた。

くるくると感情を変える四恩を見て利業は改めて四恩を旅に連れてきてよかったと思い直した。そのまま離そうした四恩の手を握り直して、目の前の神様に見せつけてやる。


「さっきも話した通り、四恩とは血の繋がった兄妹じゃないが、こいつの名前は月ヶ瀬四恩。俺の家族なんだ。家族が病気で倒れてるんだ普通、普通」


「そ、そうなんですかね。言われてみれば、私も病気で倒れた時はそうやって手を握ってもらったような気もしますし」


桜花は思ったより単純だった。というか、神様も病気で倒れるという事実が衝撃だ。


「だいたい部屋に入りにくかったとか言ってたけど、呼ぶつもりなかったしな。話の流れであんな事言ったけど、本当に来るとは思わなかった」


「え?」


「別にいいけど、あのタイミングで部屋に入って来るのはちょっと空気読めてなi」


「酷い!!酷いですー!!傷付きました!私もう帰りますぅ。あとは二人で好きなだけイチャイチャすればいいじゃないですか!うわーん」


これで終わりとばかりに桜花に邪魔だと暗に伝えると、傷付いた神様は現れた時と同じように壁に向かって宙をかけていった。

扉から出入りすればいいのに。


「本当に帰りますからね!…………で、でも今日のお昼には迎えにきますから。恩返しして下さいね」


そう捨て台詞のようなものを残すと神様は壁の向こうへと消えてしまった。

少しだけ言い過ぎたような気もしたが本人が昼には迎えに来るといっているのだから大丈夫だろう。


「利業様。ところで恩返しというは何をするのでしょうか?」


「この町で困ってる人がいるから助けてあげて欲しいんだとさ」


「そうですか。でしたら、早く恩が返せるように今日から頑張りましょう」


四恩は四恩で恩返しの内容に納得したらしい。とは言え、病み上がりの四恩に無茶をさせる訳にはいかない。今日明日くらいはゆっくり寝ていてもらおう。


「四恩は完全に回復するまで休みだ。俺も軽く今から飯を用意したら、昼まで二度寝することにするよ」


ちょっと作って来るから待ってろ。立ち上がるために離そうとした利業の手を四恩はギュッと掴み直した。爪が手のひらにグサリと刺さり痛い。大きく吐き出した欠伸が歪な形で消えていく。


「どうした、四恩?手を繋いだままだと飯は作れないから一旦手を離してくr」


「いえ、利業様。先ほど私は気が付いてしまいました。私の服が変わってます。パジャマだけではなく、下着まで。これはどういうことでしょう?」


締め付けられる指に伝わるのは、さっきまでとは全く別の感情。

どうやら納得のいく説明をするまで手は離してもらえなさそうだ。

彼女が目を覚ました時に起きれるように先まで気を張っていたからか。

彼女の無事が分かったからか。

月ヶ瀬利業は襲い来る二度寝という名の波を宥めながら月ヶ瀬四恩に伝えた。


「……俺はやってない」









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