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この町の神様は嘘をつく  作者: 駄犬
7/16

7話:月ヶ瀬利業は妹キャラより姉キャラが好き



民宿「廻愛」は牛庭由縁と牛庭文目の二人の姉妹が経営する小さな民宿だ。

とは言え、妹の文目はまだ14歳の学生ということもあり、経営の大半は姉の由縁が行なっている。

そんな牛庭由縁は町の中でもちょっとした有名人だ。


そもそも彼女の住む相可という町は人口が千人もいない小さな町で、その殆どが老人だ。

その中では若い女性というだけで目立つ。

そんな由縁は困っている人間を見過ごせない女だった。重い荷物を持つお婆さんがいたら代わりに運ぶし、初めて行く病院の場所が分からないお爺さんがいたら、車で送ってあげる。

牛庭由縁の人柄の良さこそが、彼女がこの町で多くの人から慕われる最大の理由だ。


「四恩ちゃん、寝かせておいたよ」


そんな牛庭由縁と文目が結局談話室に降りて来たのは15分ちかく桜花がお喋りを満喫した後だった。


「ありがとう。由縁がいて本当に助かった」


「いいの、いいの。利業は大切なお客様だからね。そんな事よりお腹空いてるでしょ?簡単だけど、ご飯の用意もしてるから食堂まで行くよ。詳しい話はそこで話してちょうだい」


心から頭を下げた利業に困ったような顔を一瞬で笑顔に変えて答えた由縁の提案に、利業は疲れで忘れていた空腹を思い出した。

まさに渡りに船の提案だ。

何から何までお世話になることに、若干の居心地の悪さを感じつつ、利業は由縁と文目に手を引かれるままに食堂に向かう事にした。


食堂は広い畳の部屋だった。色あせた畳に几帳面に置かれた4列の足の短い長机は、さながら古き良き寺子屋の様子を彷彿とさせる。

スキーシーズンには大人や子供でごった返すであろう大部屋は今は利業達の貸切だった。


「普段、うちの食事は7時〜8時に皆んなで食べましょう、って決めてるんです。利業さんも明日からはその時間に来て下さいね」


そう言ったのは台所の奥からお盆にご飯を乗せて来た文目だ。料理は彼女の仕事なのだろうか。小さな猫が沢山かかれたエプロンは中学生の彼女のモノにしてはとても使い古されているように利業は思った。


「本当はもう一人お客さんがいるんですけど、その人は今日は遅くなるから食事はいらないと言ってたので。今日は今からみんなで食べましょう」


文目はそう言うと慣れた様子で三人分の食器を並べて行く。ご飯に味噌汁、焼き魚と肉じゃがに小鉢が数品。古き良き日本の食卓に、数日間のレトルトカレーの生活を続けていた利業の胃袋が涙を流していた


「凄いな、これ。文目が作ったのか?」


「えへへ、そうなんです。お口に合うか分からないですけど。ご飯はおかわりも自由なのでいっぱい食べて下さい」


「文目は料理も出来る家庭的な良い子なんだ。な?文目」


いつの間にか一足先に食卓に座っていた由縁の一言に照れたようにはにかむ文目は、新婚のほやほやの奥さんのようで可愛らしい。


「それじゃあ。準備も出来たので、いただきます」


「「いただきます」」


美味い。つい数日ぶりに食べたはずの炊きたてのご飯が数年ぶりのような気が利業はした。肉じゃがの出汁の味が素晴らしい。日本に生まれてきた幸せを利業は噛みしめる。


「美味い。本当に美味い」


「喜んでくれて何よりです。あっ、そちらの小鉢にお醤油をどうぞ」


牛場文目は料理も上手いが、姉譲りの気の利く少女だった。


「ありがとう」


「っ」


言葉のままに受け取ろうと利業が手を伸ばしたところ、文目は何かに驚いたように手を震わした。理由は分からないが避けられている。可憐な女子学生に伸ばした手を避けられるというショック体験に、思わずお礼を言った顔が固まる利業に考える暇を与えない幕間で、姉の由縁が話しかける。


「うんうん。大分元気になったみたいでよかった」


「ああ、おかげさまで。どんなに疲れていても飯はしっかり食べるべきなんだと再確認出来たよ」


「四恩ちゃんの分は別に準備してるからさ。と言ってもお粥だけど、夜中に目が覚めてお腹が空いてるようなら遠慮なく言ってちょうだい」


「本当に何から何まですまない。ありがとう」


「いいのいいの。廻愛にいる人はみんな家族なんだから。そんなことより、ここからが本題なんだけどさ」


そう言うや否や、由縁の目つきが切り替わる。その今にも切れそうな鋭さに手が止まったのは、今度は利業の方だった。

目は人の生き方を映す鏡のようなものだと昔の偉人は言ったそうだ。

ならば、彼女目に宿るのは、さながら家族に外敵に対して向ける親鳥の警戒心。

しかし、利業は交差する瞳に意思の強さと同時に、猛禽類を目の前にした小さな野鳥のようなどうしようもない弱さも垣間見た気がきた。


「嘘ついてるよね。四恩ちゃんって利業の妹ちゃんじゃないよね」


「何でそう思うんだ?」


警戒心を解くために努めて落ち着いて利業は声をかける。世間体の上で利業と四恩の関係は兄妹だということになっているが、由縁のように二人の関係が兄妹ではないと疑う人間は何人かいた。

由縁の向ける目があまりに冷ややかだったせいで、身構えていた利業は少しだけ肩の力を抜く。さっきまでの勢いは、まるで犯罪者と疑われているようだったからだ。


「さっき、四恩ちゃんの体を拭いてあげてる時にね、寝ぼけてた四恩ちゃんが。『や、やめてください利業様っ、そんな所汚いですから……っ』言ってたんだけど」


否、利業は思いっきり犯罪者として疑われていた。


「いや、待て。それは誤解っ!」


「利業様って、利業様って何!?普通の兄妹はそんな呼び方しないでしょ。納得のいく理由を言わないと警察を呼ぶからね」


「いや、確かに由縁の言う通り俺と本当の兄妹じゃないが……」


「じゃあ、妹じゃない子を妹扱いしてるの!?………妹フェチの変態?思えば最初から警察に行くの嫌がってたし。まさか、誘拐した子を妹に見立ててあんな事やこんな事を」


「違あああああああう!!!」


思わず叫ぶ利業に怯えた様に姉の後ろに隠れる文目。先の醤油瓶を渡す時にやたら避けられていたのは、これが原因のようだった。


「違うんだ。冷静になって話を聞いてくれ。四恩と俺は血は繋がってないし、兄妹でもない。……ただ、俺たちは家族だと信じてる。だから、他の人には兄妹と伝えるようにしている」


「ふーん。…………で、『利業様』って言うのは?」


「あれは四恩の趣味だ!」


背後の文目がびくっと震えるのが利業には分かった。おかしい。誤解を解いているはずなのに、まるで変態を見るような蔑みの念が消え去るどころか、増しているような気すらした。


「とにかく、一から説明してちょうだい。大丈夫、やましい所がないなら私たちは利業の味方だから」


由縁は引かない。意思の強さが彼女の強さだ。しかも、このままでは利業は血の繋がらない他人を妹扱いするばかりか、自分の事を様付け呼ばせる変態として、通報されてしまう。

利業は頭の中で天秤にかける。

(可能性は低いが)このまま誤魔化し続けるか、正直に白状するか。

結論を出すのに時間はかからなかった。利業は目の前の牛場由縁が信頼のおける人間だということを既に承知していた。


「分かった。だが、これは他言無用の秘密にしておいて欲しい。真面目な話だ」


「分かった。安心して、誰にも言わないから」


「わ、私も誰にも言いません」


利業の声が一段と真面目だったからだろうか、目の前の親鳥と雛鳥は威嚇するのを一旦やめて耳を傾ける。


「四恩は家出少女だ。彼女の家は訳ありで、四恩は小学生の時に家出をした」


「それを利業が、拾ったってこと?」


「そうだ、察しが良くて助かる。俺と四恩が出会ったのは数年前だがな。それ以来、四恩はうちの家族になった」


「そうなんですか……」


「うちの実家はそれなりに金持ちでな。うちの母が四恩を迎え入れる時に、あいつに対して冗談で『うちでメイドさんをやりなさい』と言ったんだ。四恩が俺の事をあんな奇妙な呼び方をするようになったのも、それ以来だ」


今思えば母は四恩の事をきちんと考えて、メイドになれなどという提案を行ったのだと、利業は分かっていた。

いきなり家族の一員になれと言っても、当時の四恩はその意味を理解出来なかっただろう。

利業の母の提案に当時の四恩は応えようと必死に料理や洗濯を覚えるうちに、彼女は立派な月ヶ瀬の人間になっていた。ある一つの問題を抱えたままに。


「ただ、家出をした四恩は戸籍上では死亡した扱いになっている」


月ヶ瀬四恩は父親の前から姿を消した15年前から死亡扱いとして処理をされている。


「四恩はその事実を知った上で、別人として生きる道を選んだ。だから、四恩は身分を証明するものは何も持っていない。事故にあった時、病院や警察を避けてくれと、頼んだのはそのためだ」


話はこれで終わりを告げるために飲んだお茶はすっかり冷めてしまっていた。伏せていた顔を上げると、何か言いたそうな文目を制止するように由縁が口を開いた。


「分かったよ。聞かせてくれてありがとう」


「いつか四恩が自分から過去と向き合う覚悟が出来るまで、俺はあいつの居場所であり続けるつもりだ。それまではあいつの身分が公になるのは避けてやってくれ」


「いいなぁ」


由縁の口から零れ落ちたのは、ずっしりと重い羨望だった。もしも、ため息に形を付けるなら、きっとこの言葉になるのだろう。


「分かった。ま、私と文目もずっと二人で苦労してきた身だからさ。ちょっとは分かるんだ、そういうの」


「そうか」


「明日からも四恩ちゃんが元気になるまで、ゆっくりしてきな」


やっぱり姉の後ろに隠れる文目は少しだけ何か言いたそうだったが、由縁がぽんぽんと頭を叩いてやると、むず痒そうな顔をしながらのそのそと由縁の陰から体を出した。


「さぁ、湿っぽい話題はこれで終わり。利業も悪かったね。色々と聞いちゃって」


「いや、道に倒れていた身知らずの人間を泊めるんだ。むしろ、親身になってくれて、ありがとう」


「ところでさぁ……」


意地悪く口角を上げた由縁。利業は母親がロクでもない事を考えた時、今と同じ様な顔をするのを思い出した。


「四恩ちゃんのあの艶かしい寝言の理由は聞いてないんだけど、二人はそういう関係なの?」


「………いや、違う」


「あれれ、おっかしいなぁ。否定の言葉が少しだけ遅かった気がするんだけどなぁ」


「勘弁してくれ、俺たちは兄妹みたいなもんなんだから」


「あ、一応そういう事するならタンスの一番下にモノは入れてるから使っていいよ。ただ、うちは壁が薄いから大声でしないでね。文目の教育に悪いし」


「だから!やらんと言っているだろう!!そんな事より、ちゃっちゃと食べるぞ。せっかく文目が作ってくれた料理が冷める」


「あー、逃げるんだ。文目も気になるよね??」


大きな部屋に大きな声が響き渡る。それは雨の音をかき消してしまう程に。

賑やかな食卓のままに夜は更けて行く。


そして、姦しい姉妹と賑やかな食事を終えた利業に三人目の女の子が拗ねた様子で声をかけてくる。



「お兄さん、酷いです!!お姉さんとお兄さんは兄妹じゃないって、嘘をついてたんですね!神様に嘘をつくなんて駄目なんですよ!聞いてますか!?姿を消してるからって無視しないで下さいー!ねえー、お兄さんー!」









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