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この町の神様は嘘をつく  作者: 駄犬
6/16

6話:牛庭由縁は妹がめっちゃ好き





夢。


月ヶ瀬利業は四恩の本当の名字を知らない。

なぜなら、四恩がこう言うからだ。


「利業様。私の名字は聞いただけで私の生まれが分かってしまうのです。だがら、私の事はどうか四恩と呼んでください」



そんな四恩は総人口1万もない小さな島のとある町に生まれた。


その町の人間は島の中央を境に二分化されており、町の東側の人間は生まれながらに穢れた存在として扱われ、差別の対象であったという。

今でこそ、その様な差別の意識はほぼなくなりつつあるが、彼女が幼少の頃はまだ酷い差別が行われていたのだ。

そして、四恩は東側の人間だった。


当時、四恩とその両親は土地を持つことが許されず船の上で生活をしていた。彼女の両親はそこで釣った魚を売ることを生業としていたらしい。

差別は四恩が通う小学校でも行われており、島の東側に住む子供に対して、西の子供たちは常に「虐め」を繰り返していた。しかし、親も教師もそれを止めすらしない。

その島では当然の光景だったのだ。


だが、そんな四恩と島に変化が訪れる。


それは四恩が小学5年生の時。

国の命令で差別を無くす運動が始まった。町長が変わり、役所には東側の人間専用の窓口が出来た。

家を持つことの許されなかった東側の人間に、国が家を与え、お金を配った。


小学5年生の四恩はとても喜んだ。それまでは小さな船の上が彼女の家。お風呂どころか屋根も布団もない生活をしていたのだ。

これで虐められることもなくなる。

幸せな生活がようやく来る。


しかしらそんな四恩の希望を神様は聞き入れてくれなかった。


町の力関係が逆転したのだ。

国は東側の人間に際限なく金を配った。実際、そうするだけの権利が東側の人間にはあった。しかし、今まで虐げられてきた人間が急に力を手に入れた時、最も醜い姿になるのだと今の四恩は言う。


小学校では東側の人間による凄惨な虐めが行われた。それはかつて西が行なったものの比ではない程、残酷で、惨憺で、吐き気がするようなものだった。


そして、両親も醜く変わって行く。


今まで卑屈だった両親は島の中で威張り散らすようになった。

「俺は今までお前らに酷い目にあわされてきた。だから、これは当然の権利だ」と。


四恩はそんな両親やクラスメイトが嫌いで嫌いで仕方なかった。どうして人間はこんなにも醜くなれるのかと全ての人間を嫌いになった。


だから、


四恩が小学6年生の夏。


昼間から家で酒を飲む父親に命じられ町役場に援助金を受け取りに行った帰り道。四恩は決心をする。


夕日に影を落とす分厚い封筒は小学生の四恩にとっては一生働かなくてもいいくらいの大金に見えた。


このお金を持ってこの町から逃げようと。



………………。


………俺はそんな四恩と大学生の時に出会い。


………四恩のために会社を立ち上げたんだ。


………今でも鮮明に覚えている。


………彼女と初めて出会った夜の事。




「月ヶ瀬さん、この世界に神様なんていないのです。だって、世界はこんなにも不幸なのですから」


















「ほら。起きなって、着いたよ」


「……………っ!!」


肩を揺さぶられ目を覚ますと見慣れない、女性の顔が目の前にあった。


「す、すみません」


「だから、敬語じゃなくていいよ。同い年なんだから」


「そ、そうだな。ありがとう、由縁。乗せてもらったのに寝てしまって、すまなかった」


どうやら、由縁の運転の途中、利業は疲れのため眠ってしまっていたようだった。

あんな夢を見たのはきっと、先ほど酷い目にあって、神様なんていうものに出会ってしまったからだろう。

しかし、その神様の姿は見えない。目覚めたばかりの利業は思う。先ほどの事故も夢の延長だったのではないか。


(私、ちゃんといますからね!忘れないで下さいね!)


そんな利業の心を読み取ったかのようなタイミングで桜花の声がどこからか聞こえる。

姿が見えない彼女の叫びに利業は溜め息で返事をして、車から降りた。


『廻愛』と由縁が言った宿はいかにも民宿といった、たてがまえの木造建築だ。

入口の手押しのガラス扉にはスキー場の案内や手書きのバイト募集のチラシ、温泉の広告が無造作にテープで貼られている。

宿の隣には除雪車と思われる車と、スキー客がウェアを乾かすための掘っ立て小屋があり、恐らく冬場はスキー客で賑わうのだろう。


「今の時期はお客さん少ないからね。利業の他に一人しかいないし。ゆっくり休んでいきな」


「ありがたい。本当に恩にきる」


利業は四恩を起こさないように抱き抱えると、由縁の案内で宿の中へと入った。

そんな利業を迎えたのは入口のカラフルな絨毯、大きな木製の下駄箱に小さな受付だった。

正面には小さな談話スペースがあり、テレビとソファーそして、暖炉が置いてある。

また、壁は子供の描いた絵や鎖状に繋いだ折紙で飾られてた。

きっと冬場はここで訪れたスキー客達で家族ぐるみの団欒があったりするのだろう。

そんな温かみを感じる、不思議な民宿だった。


良い宿だ。そう、四恩を背負ったまま利業が辺りを見渡していると奥からドタドタと大きな音を立てて小さな少女があらわれた


「お姉ちゃん、準備できてるよ」


顔つきからして、年は14、15歳くらいだろうか。

花も嫉妬するお年頃の少女は、寒がりなのか3月にも関わらず指先まで隠れるような灰色のニットの上から赤い半纏を羽織っている。四恩よりもずっと長いぬばたまの髪の毛からは傾国のお姫様というよりも、すこし不健康そうな病人のような印象を受けた。


「よしよし文目(あやめ)は偉いなー。こちらは、さっき電話した通り今夜のお客さんだよ」


風が吹いたら消えそうなロウソクの炎というより、日が昇ったら消えてしまいそうな雪の妖精を思わせる小さな少女はどうやら、この冬将軍のように逞しい姉の妹らしい。

文目と呼ばれた少女は改めて利業の方を向き直ると一礼する。


「初めまして。私はこの宿の従業員の牛庭文目です。由縁姉さんから聞いてるかもしれませんが、この宿では年下の私に敬語は必要ないですし、親しく文目と呼んで下さい。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。俺は月ヶ瀬利業、後ろのツレは四恩という」


「はい!短い間かもしれませんが、よろしくお願いします。利業さん」


「文目に二階の201号室を用意させといたから、今日はそこを使ってよ。まぁ、うちの宿は見ての通りかなり古くてさ。部屋の案内ついでに一緒に注意点とかも教えとくから、とりあえず付いてきてちょうだい。文目は後で利業にさっき言ったものを持ってきてあげて」


文目は小さく頷くとパタパタと早足で廊下の奥へと消えて行ってしまった。イマイチ合点がいかないままに利業は由縁に付いて2階までの階段を登る。

一歩踏み出す度に階段はミシミシと悲鳴を上げる。由縁が言う通り、建てられてからかなり古いのだろう。

階段には一筆したためられたA4程度の紙が何枚か貼られている。好奇心のまま、その一枚に目をやる。


『大人への階段 by 廻愛オーナー』


真意は後で由縁に聞くとして、利業は黙って由縁に付いて行く。階段は2階までしかなく、廊下を見るに部屋は6部屋程度のようだ。由縁はその中で一番奥の部屋に利業を案内すると、ガチャガチャと乱暴に鍵を回して扉を開ける。


「悪いね。立て付けが悪くてさ、ちょっと扉を開けるのにはコツがいるんだ。半分くらい鍵をさしたら一気にひねってちょうだい。後、部屋を出る時は鍵を閉めた状態で扉を閉めると鍵がかかるから」


由縁に案内された部屋は4畳程度の正方形の部屋だった。部屋には二人ぶんの布団が引かれており、その他には小さなテーブルが置いてあるだけで、足の踏み場も無い。

天井から這わせてある洗濯紐が何とも言えない民宿情緒を醸し出していた。


「狭いし、壁も薄いんだけど我慢してちょうだい」


「いや、十分だ。ありがとう」


「それから後ろ彼女さんだけど、着替えはもってるの??」


しまった、と利業は悔いるが既に手遅れだった。利業と四恩の荷物はバイクに括り付けてある。二人は今、手ぶらの状態だった。

そんな利業の様子から察したのか、由縁は困ったように笑いながら紙袋を渡してくる。


「そうだろうと思った。本当はウチは浴衣とかのアメニティはないんだけどね。お客さんと私たちは家族も同然っていうのが廻愛のルールなんだ。今日は私のパジャマを貸してあげるから着替えさせてあげて。下着も適当で悪いけど文目に頼んでコンビニに買って行ってもらっといたから」


「何から何まですまない」


「いいの、いいの。あったかいお湯とタオルも今文目に持ってきてもらうから。その子を着替えさせてあげたら下に降りてきて。談話室のところにいるから」


家族同然、良い言葉だと思う。

桜花の言う通りに由縁に頼ってよかったと利業は改めて感じた。ようやく四恩を休ませてやる事が出来る。


「申し訳ないんだけど、もう一つだけ頼みがあるんだ」


「いいよ。ここまで来たら何でも言ってちょうだい」


「四恩を着替えさせてやってくれないか」


「?……………あなた達恋人じゃないの?」


「いや、俺と四恩は兄妹なんだ。四恩も俺に体を見られるのはいい気分じゃないだろう」


「そ・れ・は・早く言いなさい!なら、ほらっ、とっとと部屋から出て行って!妹さんは私が着替えさせてあげとくから」


呆れたようなジト目でそう言い放つと由縁はてきぱきと利業を閉めだした。

利業が行き場もなく扉の前で立往生していると、いそいそと文目が階段を登って来る。

彼女の両手には大きめの洗面器が抱えられており湯気が立っている。

結局、その場で状況を説明した利業は文目に命じられるままに談話室へと一人でトボトボと向かうこととなった。


「お兄さん、お兄さん!お姉さんが妹さんでお兄さんがお兄さんだったんですね」


「まぁ、そんなところだ」


本当は四恩の方が年上なんだけどなぁ、と心の中で思いながら、利業は階段を降りる中、耳元から聞こえる可愛らしい声の主に返事をした。


「でも、良かったですね!お姉さんもゆっくり休めるみたいですし」


「そう、………だな」


桜花の言う通り、これにて一安心だ。大きな怪我もないし、宿も取れた。とりあえず一日は四恩の様子を見てそれから今後の事は考えればいい。しかし、利業にはどうしても拭えない不安のようなものがべったりと着いていた。


「俺は由縁の車の中で寝てしまってたんだが、その間桜花はどうしてた?」


「私は普通にお兄さんと一緒に車に乗っていましたよ」


「その時、俺が起こした事故の場所を通ったと思うだが、どんな状況だった?」


「さ、さぁ。ごめんなさい。外は暗くてあんまり見えなかったですし、あんまり気にしてなかったので」


「そうか、荷物とか全部バイクに乗せたままだったからな。少し心配なんだ」


「だったら、明日見に行きましょう!私が知る限りあの道を通る人は一日に数人しかいませんし、きっと明日でも大丈夫ですよ」


「そうだな、とりあえず明日にするか」


利業はそれだけ言うと談話室のソファーに体を沈めた。

一安心したからだろう、車の中で寝てしまったにも関わらずどっと疲れが湧いて来る。

しかし、寝るにはまだ少しだけ早い時間だ。疲れとともに空腹も襲って来る。


由縁と文目が戻って来るまでの間、利業は側の自動販売機で買った缶コーヒーをちびちびと飲みながら明日からの事を考えるのだった。



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