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この町の神様は嘘をつく  作者: 駄犬
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5話:土地神桜花はお喋りが好き



土地神、と。

そう告げたのは制服を着た少女だった。

年齢は高校生くらいだろうか。背格好に対して幼さの残る顔付きと話し方がまるで飼い主戯れる犬を思わせる。

肩にかかる程度に揃えられた髪の毛と、校則に違反しない長さを保ちつつ少しだけ短く上げたスカート。きっと少しだけ背伸びしたいお年頃なのだろう。


そんな彼女が普通の女子高生と違う点を上げるとしたら。観客を前にしたイルカのように楽しそうにくるくると空中を舞っているという点だ。


「すまない。何だって?」


「だーかーらー。私はこの近辺の神様なんです!それで、私がお兄さんを助けてあげたんです。おーけー?」


「おーけー、ではないが。とりあえず、あんたが神様だってのは分かった」


「おおー、随分すんなり納得してくれるんですね」


だって飛んでるし、と利業は回りきらない頭で考える。

利業は神様がいきなり現れたって多少驚きはしない漫画に囲まれて育った世代だった。


「あと、あんたじゃなくて、桜花(おうか)って名前があるんです。神様だから本当は桜花様なんだけど、お兄さんの方が年上みたいですし、呼び捨てでいいですよ」


「そうか」


「もぅ、つれないです。それより、隣のお姉さんも大丈夫ですか?お兄さんがずっと抱き締めてたから怪我はないはずですけど」


「っ!!、そうだ四恩はっ!!?」


目の前の奇怪な少女と非現実的な出来事に奪われていた思考、桜花のその一言で利業の意識は一瞬で戻ってくる。しかし、慌てる利業が探すまでもなく、四恩は利業の隣で倒れていた。


「おい!!四恩!!?大丈夫か!!」


「だーかーらー大声ださなくても大丈夫ですよ。怪我はないんですから」


桜花の言う通り四恩は意識を失っているだけのように見えた。利業が確認しても大きな怪我があるようには見えない。

しかし、不規則な息が漏れ、その表情はとても苦しそうに見える。雨で濡れた頰に張り付いた髪と土が見ていて痛々しい。

振り続ける雨からこれ以上濡れないようにと、四恩の体を抱き起こすと覆いかぶさるように抱き締めた。冷え切った体から伝わる彼女の震えと罪の意識に耐えるため利業は無意識に唇を噛み締めていた。


「確かに怪我はなさそうに見えるけど。四恩は熱があるんだ。それもかなり酷い……」


しかし、利業達がいるのは谷の底。事故があった山道まで戻るのも容易ではなさそうに見える。仮に元の道に戻れたとしても、利業には足がない。あの事故でバイクが無事な可能性は高くないと利業は思っている。町まではまだ車で10分近くかかったはずだ。


一刻も早く四恩を早く温かい場所でゆっくり休ませてやらないといけない。この事態を引き起こしたのは紛れもなく月ヶ瀬利業だ。藁にもすがりたい。まさに神頼みしかない状況だった。


「えぇ!!大変じゃないですか!!」


「あぁ、全部、全部、俺が悪いんだ。………俺に出来ることなら何でもする。だから、四恩を早く休ませてやりたい。あんたが神様なら何とか出来ないか?この通りだっ」


「そっ、そんな頭を下げないでくださいよぉ。わ、私だって何とかしてあげたいですけど。神様だって万能じゃないと申しますか。私、ものを浮かすくらいしか出来ないですし………」


「……………。自分でも無茶苦茶言ってる自覚があるんだが、例えば俺と四恩を浮かして町まで運んでくれたりとか」


「む、無理です!!私、前に試したことありますけど、1mくらい浮かすのが精一杯で……,だから、お兄さんとお姉さんが空から落ちてきた時も、クッションのように受け止めるのが精一杯で」


あわあわと文字通りグルグル回る。随分と可愛い神様だった。

その様子は利業を少しだけ落ち着かせた。思い出したように利業は携帯を開く、圏外だった。


「とりあえず、車が通る場所まで戻りたい。案内してもらえないだろうか」


土地神、と言っていた。ならば、土地勘には明るいはずだ。使えない携帯を投げ捨てたい衝動をぐっと堪えて、使えない神様に利業は尋ねる。


「そ、そうだ!それですよ、お兄さん!今、何時ですか?」


「20時前だな」


投げ捨てないでおいた携帯を開くと19時48分だった。事故にあってから、約20分くらい意識を失っていた事になる。


「この道は毎日、夜の8時になると。牛庭(うしば)由縁(ゆかり)さんっていう人が車で通るんですよ。乗せてもらいましょう」


「その人はお前の知り合いなのか?」


「いえ。私が一方的に知ってるだけかと思います。私、神様ですし。普通の人には見えないですし」


「……………そうか。それでも助かる、道を教えてもらえるか」


「はい!喜んで!!ちょっと急ぎましょう。時間的にギリギリだと思いますから」


普通の人には見えないなら何故自分には見えるのか、と利業は疑問に思ったが、落ち着ける場所に行って四恩を休ませてやらなくてはいけない。利業は余計な口を挟むのを自重した。

「早く早く!」と騒ぐ桜花を横目に利業は四恩の顔をもう一度だけ見つめた。目を覚ました時に何と謝罪すればよいのだろうか。

頰にこびりついた土を払ってやった後、利業は四恩を背負う。昔に比べれば体重は増えたものの、依然として痩せ過ぎな四恩の体はとても軽かった。その重みが今はとても辛い。


「すまない。今行く」


そう行って利業は桜花の後をついて早足で歩き出す。先ほどまでフワフワと宙に浮いていた彼女は今は普通に歩いている。その姿は普通の少女にしか見えない。


「ここです!ここの道を入ると最短距離で道路に戻れます」


桜花はしばらく川に沿って下ったかと思うと脇の藪を指差す。そこには辛うじてわかる程度獣道があった。木々の陰で先は見えない、顔ほどの高さまで生えた雑草、地面は雨でぬかるんでおり、思わず躊躇うような酷い道に利業は意を決して踏み出す。


「桜花、だっけ?名前」


「はい、そうです!どうかしましたかお兄さん?」


目の前を歩く桜花は利業のために雑草を掻き分けてずんずん進む。雨をたっぷり蓄えた雑草が揺れるたび、雫が彼女にかかるのだが不思議なことに濡れた様子はない。


「ありがとう。桜花が俺たちの命を救ってくれたんだよな。しっかりとお礼を言っていなかった。それに今はお前がいてくれて心強い」


「えへへ、どうしたんですか。いいんですよ、私、神様ですから。それにお兄さんには一つだけお願いを聞いてもらう予定ですから」


「ああ、俺に出来ることなら何だってやるよ」


歩く中、振り続ける雨の音を背後に、せっかくなので利業は疑問を尋ねてみる。


「桜花は何であんな場所にいたんだ?」


「あー、それはですね。あの川沿いから少しだけ山に入ったところに古い神社があるんですよ。そこが私のお家というわけです。大昔に神主さんがいなくなってから誰もお参りに来る人もいなくなって、今では存在を知ってる人も少ないんじゃないでしょうか」


「やっぱり神様っていうのは大昔から生きてるのか?」


月ヶ瀬利業はメイドの主人、会社の社長という立場もあり、自らの才能と努力による自信を勝ち得ていたが、一方で学生から社会に出たばかりの若者であるという自覚は持っている礼節を弁える男だった。

桜花が例え見た目が女子高生の自称神様であったとしても。

桜花が例え呼び捨てで呼んでくれと本人が言っていたとしても。

もし、桜花が大昔より代々崇め奉れる由緒正しい神様であったりした場合には非礼を詫び態度を改めなければならない。


「さぁ、どうでしょう。でも、私は神様としては新参者だと思いますよ。私がこうしてこの町の神様になったのは3年前くらいからです」


しかし、案の定。桜花は見た目の通り、人間臭くて、あまりご利益の無さそうな神様だった。

一方で利業はだからこそ興味が惹かれる。

"四恩とは違い"利業は神様を特別信じている訳でも憎んでいる訳でもない。

それでも、もし神様がこの世にいるとしたら、それは全知全能などではなく目の前にいるような自分たちと変わらない存在だと思っていた。


「へぇ、その前は何をしてたんだ?」


「さぁ、どうなんでしょう」


「どうなんでしょう、っていい加減なもんだな」


「というか、お兄さんだって、自分がいつ産まれたのか、どうして産まれたか、なんて自分では覚えてないでしょうし、普段からそんな大層なこと考えないでしょう?私も同じなんです」


悩み多き思春期の少年少女達のように、ちょっと悟ったようなことを語る桜花。

しかし、そう言って振り向き様に見せた土地神様の表情は、どこか人間らしくなく、どこまでも人間愛に満ちていた。

利業は自分が生きてる間にはこんな顔をすることは出来ないと、そう思った。


「私が覚えているのは、この町にいる誰かを救わないといけない。それだけです」


「えらく、依怙贔屓な神様なんだな」


「えへへ、女子高生神様ですから。身勝手でも許される神様なんです」


急な斜面。滑り落ちないように慎重に歩いていると、利業の遠い視界の先に開けた空間が見えた。元の国道に戻るまではもう少しだけ時間がかかりそうだ。


「そう言えば私、お兄さんとお姉さんのお名前を聞いていませんでした」


「そうだった。俺の名前は月ヶ瀬利業、背中で寝てるのは月ヶ瀬四恩だ」


「そ、そうなんですか。と、ところで!あ、あああの、おっ、お二人はご結婚されているのですか!?」


桜花は声を裏返しながら、何故か顔を真っ赤にして動揺していた。

彼女が一体何を想像しているのかは分からないが、そんな桜花に利業は淡々と前以て用意していた台詞を告げる。


「違う。名前が同じなのは四恩とは兄妹だからだ」


「えー。さっきのお兄さんの様子って神様から見てもちょっと危ういと申しますか。兄妹としての一線を超えてそうと申しますか」


「なに、ませた事言ってんだか。俺たちは普通の兄妹だ」


「えー、えー。そうなのかなぁ」


勿論、利業と四恩は血など繋がっていないが、二人は対外的には少し変わった兄妹ということで押し通すことにしていた。

いかにも納得してないという様子で疑いの目を利業と四恩をむける桜花をなだめているうちに、それまで周囲を囲っていた木々がパタリと消えた。

目の前には見覚えのある光景。利業達はようやく元の国道に戻ることが出来た。


「思ったより早く戻ってこれたな………」


「えっへん。私の完璧なナビゲートのおかげですね」


「その通りだな。ありがとう」


桜花のいう通りだった。

目の前の神様がいなければ、そもそも利業の四恩は恐らく死んでいたし。

奇跡的に生還していたとしても、風邪で倒れた四恩を抱えたまま迷子になって途方に暮れてしまっただろう。


「いえいえ、神様ですから。さて、いつも通りなら、もうそろそろ車が通りかかる頃合いです。由縁さんはとても親切な方なのできつと町まで乗せて行ってくれるはずです」


「そんな事言われると、人の善意に乗っかっているみたいでいい気分ではないが。今はしのごの言ってる場合じゃないしな」


「あっ、ほら来ましたよ!!」


桜花が指差す方に目をやると確かに車のランプが確認できた。

あたりが真っ暗なだけあって、その灯りはとても目立つ。また、その運転がとても丁寧なのが伝わってくる。


「そしたら、私は一旦黙って姿を消しておきますね!じゃないと、お兄さんが"いない人"とお喋りをする危ない人になっちゃいますから。あっ、でも私は側にいますから忘れないで下さいね。お兄さんにはまだ助けてあげたお礼をしてもらわないといけないので!!」


「あ、ああ」


とりあえず姿を消す、という日常とかけ離れた言葉に童謡している利業の目の前で、桜花は文字通り、ふっと姿を消した。

まるで、今までの出来事が夢であったかのような幕間。徐々に近づいてくるエンジン音に利業は我に返って大きく手を振る。


「おーい!!ちょっと止まってくれ!!!」


近づいて来た車は年季の入った白のワゴン車だった。側面には月をもじった様なイラストと「民宿:廻愛(めぐりあい)」と草書で大きく描かれているのが目に入る。

それまで運転同様に丁寧に停車したワゴンから顔を出したのは利業と同い年くらいの若い女だった。


「どーしたの!?あんた、こんな山奥で」


上品に染めた薄茶色の髪の毛をセンターで分けた女性は、長袖のカットソーを被っただけのラフな格好だ。片手にもった煙草と無骨なワゴンの組み合わせが田舎のヤンキーのように見えなくもないが、先ほどの安全運転と彼女自身の顔つきから真面目な性格であることが分かる。


「先ほど向こうで事故に遭ったんです。相可まで乗せて行ってくれませんか」


「はぁ!?事故?大丈夫なの?いいから乗りな!」


茶髪の女性は慌てた様子で運転席から降りてくると、後部座席の扉を開ける。

恐らくこの人が桜花の言う牛庭由縁という人なんだろう。

その時に彼女は利業が背負う四恩の姿に気が付いたのだろう、勝気な表情を崩して利業に尋ねる。


「後ろのその子………どうしたの?事故って言ってたけど……まさか!?」


「いや、彼女も怪我はないんですが、風邪でも引いたのか熱が凄くて……」


「分かった。とにかく後ろに乗せてあげて」


女性の勧めるままに利業は四恩を座席に寝かせて、自身も後部座席に乗る。

彼女の車が大型のワゴン車で助かった。

利業は四恩の頭を膝に乗せると、運転席に戻った女性に声をかける。


「お待たせしました。よろしくお願いします」


「どうする?相可町にこの時間にやってる病院はないよ。隣のM市まで行けば確か救急病院があったと思う。ここから1時間くらいだけど、とりあえず、そっちに向かおうか」


「……………いえ。ありがとうございます。ただ、病院は結構です」


「え、ちょっと何言ってるの?行った方がいいよ、病院。あんた事故に遭ったって言ってたじゃない。そもそも事故なら警察にも」


「警察は!」


思わず出した利業の叫び声が女性の声を遮る。利業がしまったと思った時には手遅れだった。

女性はエンジンをかける手を止めて利業の方を怪訝な顔をして振り返る。


「警察には後で必ず俺の方から連絡を入れます。なので、今は彼女を休ませてあげたいんです」


「だったら尚のこと病院に」


「この辺りでホテルでも旅館でもどこでもいいんです!」


事故に遭ったにも関わらず警察を呼ぶな。病人がいるのに病院に行くな。

我ながら厳しい言い訳をしているという自覚が利業には勿論ある。

しかし、あの中古自動車店で見せた四恩の涙も、怯えた表情も、利業は見たくない。

品定めするように見つめる茶髪の女性の瞳と利業の目が合う。

車に打ち付ける雨音だけがこの場で雄弁に語る中、彼女が回答を出すのにかけた時間は長くなかった。


「分かった。訳ありってことなんだね。とりあえず相可まで連れてってあげる」


「っ!ありがとうございます」


「あんた、名前と年は?」


「月ヶ瀬利業です。………年は25歳」


「なんだ、やっぱり私と同い年じゃん。敬語なんて止めて、タメでいいよ。あと、電話番号も教えてね」


その女性は元どおりの男勝りの勝気な表情で告げる。




「私の名前は牛庭由縁。民宿「廻愛」のオーナーをやってる。今日はうちに泊まっていきな。訳ありの旅人さん」





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