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この町の神様は嘘をつく  作者: 駄犬
15/16

15話:牛庭文目は学校が嫌い



その日の夕飯はとても賑やかなものだった。


四恩の手を引いてドタドタと階段を降り、向かった食堂には既に綾織教授の姿があった。

畳に座り季節外れの甚平姿で鍋に具財を入れている姿は妙に絵になっている。


「お二人ともお待ちしておりましたよ。すぐに、由縁君達も来ますから席に座って乾杯の準備でもしましょう」


「お手伝いをお任せしてしまい、申し訳ありませんでした」


「いやいや、いいんだよ。四恩君も利業君もお客さんな訳だからね」


「そうそう、ゆっくりと座ってなよ。というか、先生もお客さんなんだけど」


呆れたように奥の台所から飲み物を持ってきた牛庭由縁と文目。文目がお盆にのせたグラスの数は5つ。


「アルコールもあるけどどうする?」


「二人はどうするんだ?」


「私は仕事中だっての。文目もいるしね。先生はどうするの?」


「私は昨夜に飲み明かしたので遠慮しようかと、利業君達が飲むならお付き合いしますよ」


「なら、遠慮させてもらおうかな。俺も付き合いでくらいしかお酒は飲まないしな。四恩もそれでいいか?」


ちなみに四恩は酒に強い。かつて利業の父親と母親はうちに来たばかりで畏まった四恩の心を開かせるという名目で、酔い潰してみようと画策をした。大量のアルコールを買い込んで第一回月ヶ瀬家宅飲み大会を開催したのだが、積み上がったの月ヶ瀬ファミリーの死体の山だった。

ただ、四恩本人は酔うという感覚がそもそも分からないらしく、お酒は好きでも嫌いでもないというのが本人談。


「はい、私もお仕事中ですので不要です」


「お前は俺と休暇中だろう」


「利業様、メイドの仕事に休みはないのです」


「……出発の時に俺の母から休暇を貰ったとか言ってたじゃないか」


「利業様、住み込みのメイドの仕事は言うなれば年俸制なのです。アフター7も休暇もありません。生活そのものが仕事なのです」


「その心意気は素晴らしいと思うんだが、年俸制じゃないだろ!?俺はちゃんと毎月お給料渡しているだろ!?」


叫ぶ利業にアルコールの代わりに持って来た麦茶を文目は慣れた手つきで黙々と注いでいく。薄く黝んだアルミのヤカンは所々に凹みがあり歴史を感じさせた。


「どうぞ」


「お、おう。ありがとう」


利業はそのまま乱暴に手渡されたコップを受け取る。冷たい。麦茶だけでなく、文目の態度はまるで昨夜のように冷たかった。

気のせいではないだろう。

もし、今の四恩とのやり取りで、また鬼畜で変態な主人だと勘違いさせてしまったのだとしたら、後でまたフォローが必要だ。


「ほらほら!お腹すいたし、早く乾杯するよ」


腕まくりを解いて向かいの席に着く由縁。

目の前の鍋からは早く食べてくれと言わんばかりに湯気が漏れ出ている。


「あの、由縁様。これはなんの乾杯なのでしょう。何か特別な日なのでしょうか?」


「いいの、細かいことは気にしない。うちは毎日乾杯なんだから!ほら、音頭は先生お願い。早く、早く」


慣れた様子で綾織教授は席を立つとグラスを前に出す。軽くした咳払いといい、その仕草は利業は自分がいた大学の教授を思い出した。


「では、月ヶ瀬利業くんと四恩さん。遠くから、こんな田舎までようこそ。何もない田舎町ですが、ゆっくりしていってください。私もこの町が大好きです」


「綾織先生もいっそ、この町に住んだらどうです?」


「だめだめ、文目。先生はうちの太いお客さんなんだから」


周りからの野次にも綾織教授は満足したように頷く。


「折角の鍋が出来ていますし、長い挨拶は嫌われてしまいますからね。それでは、私達、5人の出会いに乾杯」


「「「「乾杯ーーっ!!」」」」


各々に突き出したグラスがカチンといい音を立て、賑やかな食事の始まりを告げた。


「ほら、利業もお椀を貸して。ついであげるから」


おたまを使い、綾織教授の分の鍋を装った由縁から声をかけられる。しかし、差し出された由縁の手を遮って、横からお椀を取ったのは四恩だった。


「いえ、由縁様。これは私のお仕事です。お給料をいただいてる以上、譲れません」


メイドとしてのプライドか自分の箸を使って、すっすっと具材を積んでいく。

白菜、ネギ、エノキ、鶏肉と順に積んでいった四恩が豆腐の前で手が止まる。


「………はっ」


絹豆腐は慎重に降ろした四恩の箸捌きも虚しく、ほろほろと崩れさっていった。


「ほら、おたま使いなって。そんなに言われたら私だって四恩の仕事を奪ったりしないよ」


「ありがとうございます由縁様。私、由縁様のお世話になっていっぱなしです。どうぞ利業様が好きな、ネギとエノキを多めにしておきました」


「あ、ああ。ありがとう」


仕事を頑張ってくれるのはありがたいが、これは、母親についでもらう子供のようで少し恥ずかしい。


「あはは、驚いたけど四恩は本当にメイドさんなんだね」


「はい、私は月ヶ瀬家、利業様のメイドです。利業様が働けと言えば働き、死ねと言えば死に、脱げと言えば脱ぐ。それが仕事です」


「そんなこと俺は言ってないぞ」


「私の友達にも四恩みたいな、綺麗なメイドを雇ってるいけ好かない奴がいるんだけど。メイドさんと二人も知り合うなんて世の中って狭いなぁって」


「ふむ、この辺りのメイドさんといえば相鹿上(おうかがみ)家の(ぬい)さんですか」


「縫さん、優しくて、たまに勉強も教えてくれるし。私も大好きです」


メイドという言葉に目ざとく反応してくる綾織教授。

しかし、相鹿上といえば、この地域の名家だったはずだ。

利業はつい最近、耳にした名前に思わず箸を止めて顔を向ける。


「誰なんだ、その相鹿上って人は」


「相鹿上神社っていうのが、ここから少し先にあってね。この町の町長はずーっと相鹿上の人間がやってる。まぁ、そういうお家だよ」


そんな、利業と目を合わすこともなく、由縁は淡々と話を続ける。


「ちなみに今の宮司さんで、今の町長が一応、私の元同級生で友達の相鹿上(おうかがみ)有情(ゆうじょう)って男」


私は苦手だけど、と由縁は付け加えて、鍋の具材を乱暴に追加する。

まるで、苦しそうにひしめく野菜を無理矢理押し込めるように蓋をすると四恩はため息をつく。


「別に悪い奴じゃないんだけど、いかにもいいとこのご子息って感じで私は苦手なんだよね。人を見下しているっていうか、いつも余裕綽々っていうか。あ、そういうとこは利業に少し似てるかも」


しかし、利業と由縁の出会いは雨の中で事故現場だ。余裕綽々の人生を送ってそうとは散々な言われようだ。

その相鹿上という彼がどんな男かは知らないが、俺とは違う人間だと信じたい。

しかし、由縁の元同級生ということは利業と同じ25歳、最年少で相鹿上有情と男は町長になったということだ。並大抵のことではないだろう。


「私はそんなに苦手じゃないけどなぁ。それに、利業さんに似てカッコいいですし」


「利業様が………。そうでしょうか?」


「おい、主人が褒められたんだ。もっと喜んだらどうだ?」


四恩の一言は余計だが。少しだけ調子ついた利業だった。お茶を渡された時は少し角のある態度だと思った文目の態度も、どうやら気のせいだったに違いない。


「まぁ、狭いし古い町です。今この町にいる若者と呼べる人間は由縁君と文目君、乙姫君、それに有情君と縫さんしかいません。道ですれ違っただけでもすぐ分かりますよ」


そう言って麦茶を飲み干す教授はどこか嬉しそうだ。


「私と乙姫君も明日は相鹿上の方に行く予定です。この町の郷土資料はほとんど相鹿上家が所有してますからね。もし、予定がなければご一緒にどうです?」


「いえ、明日は少し予定があるので。また、別の日にお邪魔してもいいですか?」


この町にいる若い人間は牛庭、熊野、相鹿上の人間。直感的にだが、桜花の言う『救わなくてはいけない人』というのはこの中にいる気がしてならなかった。

大小を含めてよいなら、神様に救いを求めている人なんて世の中にはごまんといる。だけど、今回桜花が探している人は少し違うはずだ。


そういう意味では相鹿上家に利業は興味があったし、是非行ってみたかった。

しかし、明日は買い物に付き合うと桜花と約束してしまった。四恩にも服を買ってやらないといけない。


「というか、利業達は大丈夫なの?旅行の途中だったんでしょ。家に戻らなくていいの?」


少し心配そうに尋ねる由縁に利業が答えるより先に、四恩は大きなため息をついた。


「私もそう思うのですが、私の主人はどうやらもう暫くこの町でお世話になる予定だそうです」


「もともと目的のない旅だったしな。事故だろうが何だろうが縁あった町だ。よければ暫くお世話になりたいんだが、いいか?」


「おっけー!シーズンオフで部屋は余ってるからね、先生と一緒でお安くしとくよ」


「田舎町ですが、スキー場が近くにある都合で有名な温泉などあるで紹介しますよ」


よっしゃっと立ち上がって歓迎してくれる由縁と、嬉しそうに笑う綾織教授。

思わず胸が少し熱くなった利業の視界の隅に映ったのは、二人とは対照的に何かを決心したかのように「そうなんですか」と呟く牛場文目の姿だった。


「どれくらいの予定?」


「一ヶ月を目処に判断する予定だ」


「おぉ、結構長く泊まってくれるんだ。ならさ、特に目的もないって言ってたし、宿代代わりに住み込みのバイトをしない?………もし、良ければだけど」


「いや、そこまで世話になる訳には。それにバイトって言っても何をするんだ?」


「もし、よければなんだけどね。今、この宿は私と文目の二人で経営してる。だから、四恩には文目の代わりに店の手伝いをお願いしたいの」


気が付けば、由縁は真っ直ぐ見つめて利業を逃さない。


「そして、利業には文目に勉強を教えてあげて欲しい」


利業はそこ依頼に直ぐに応えることが出来なかった。

なぜなら、桜花の願い事を思い出してしまったから。



『この町のある人を救ってあげてくれませんか』



利業が見た牛場姉妹の目は揃いも揃って、神様がいたら今にも救いを求めて縋ってしまうような、そんな目をしていたからだ。








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