13話:綾織教授はメイド服が好き
「おかえりなさいませ、利業様」
出かけた時は打って変わって、息も絶え絶えに自転車を押して宿に戻った利業を玄関で迎えたのは箒を持った月ヶ瀬四恩だった。
美しい姿で頭を下げるその姿は普段、屋敷で利業を迎える自慢のメイドだ。しかし、いつにも増して目を惹く彼女の服装はウェストリボンがオシャレなネイビーカラーの花柄のワンピースに黒のカーディガン。
木造建築と箒が恐ろしく似合わない気合いの入った服装だった。
「それに、桜花様も」
あの夜に桜花の力で救われた月ヶ瀬四恩は利業と同様に桜花の姿が見える。
「四恩、そんなに出歩いて体調はもういいのか?」
「そうですよ。お姉さん、無理しない方がいいですよ?」
「はい、もう問題ありません。いつまでも横になっていても暇でしたので、月ヶ瀬のメイドとして由縁様と文目様のお手伝いをしていました」
「本当に体調は治ったんだな?嘘はつくなよ。お前は前科持ちだからな」
「はい、承知しております。利業様」
しかし、利業の頭には四恩の言葉の半分も頭に入っていなかった。その原因は今の彼女の服装にある。
この旅の始まり、四恩の私服らしい私服姿を初めて見て、心の中で幾度と感動をしていた利業だが、彼女が着ていたのは動きやすいデニムとシャツがほとんどだった。
四恩らしい合理的な旅に相応しい格好だった。その上、利業の母親と買い行ったというその服は、当然全てセンスが良く四恩に似合っていた。
しかし、今の服はーーーー
「………ところで、四恩。その服はどうしたんだ?」
「あっ、この服ですか。服は昨夜のうちに洗濯していただいていたのですが、由縁様が『女なら同じ服を2日連続で着るな』と申されまして。ご厚意に甘えて、勝手ながら服をお借りしてしまいました。申し訳ありません」
「………いや、凄く似合っている。凄くいい」
利業の好みにストライクだった。
オフィスカジュアルな落ち着いた格好の方が、四恩の性格と容姿に合わすには王道だろう。あぁ、俺は四恩にこういう格好をして欲しかったんだ。と、利業は感動に天を仰いだ。
「ありがとうございます。そんなにお褒めになられると少しばかり恥ずかしいですが」
「うんうん、お兄さんのいう通りです。お姉さんすっごい似合ってますよ!!」
「ほ、本当でしょうか?由縁様が用意して下さったのですが」
焦ったように裾を握る四恩。
主人たる利業の感想より、同性の桜花の感想の方に照れているようなのは少しだけ悔しいが、これはチャンスだ。
これを機に四恩がお洒落に目覚めれて普通の女の子っぽくなってくれれば、四恩も少しだけ変わるはずだ。
そして、加えて俺の趣味を伝えておけば、旅から帰った後、毎日に楽しみが増える。正に一石二鳥。
「いやいや、似合ってる!少しだけ大人っぽくて、きれいめな感じ非常に俺好みだ!」
「は、はい。………えーと、ありがとうございます」
「あ、そうだ!明日、お兄さんと一緒にオシャレなカフェ巡りとかする約束をしたんですけど、お姉さんも一緒にウィンドショッピングしましょう!!」
「そんな約束じゃなかった気がするが。そうだ、そうだ!屋敷に戻ったらメイド服じゃなくて、そういう服も着るといい。なんなら追加の給料をあげてもいい」
「え?」
「ん?」
「ちょっと待ってください。お姉さんって普段、メイド服なんですか?」
そのまま桜花と二人掛かりで誉め殺して四恩にお洒落に目覚めさせる予定が、気が付いたら桜花の周囲の空気の温度が数度ほど下がっている。
「お兄さん、それはちょっと………。そういうプレイがあるのは知ってますが。ウブなJK的には、そういうコアな話まで暴露されると、きっついといいますか」
「いやいやいやいや。メイド服についても俺の母親の悪ノリが原因というか、でも気に入って着ているのは四恩だ、な?」
四恩が月ヶ瀬のメイドということを話してしまった故に油断して口を滑らせてしまった利業だが、嘘は言ってない。相変わらず桜花の視線は真冬の鉄棒の様に冷え切ってしまっているが、助けを求めて利業は四恩に目をやった。
「お二人でカフェ巡りとは、私が寝ている間に随分と桜花様と仲良くなられたんですね」
しかし、振り返った先でもっと冷たい絶対零度の瞳が利業を射抜いてきた。
おかしい、さっきまで四恩の美しさに感動して褒めていただけなのに。
「私の記憶が確かなら利業様は確か自分探しの旅の最中だったと思うのですが?それが答えなのでしょうか。でしたら、旅を続ける必要もありませんね」
「い、いや、別にやましい理由があって誘ったとかではなくて、会話の流れでな。そ、それに、四恩を仲間外れにするつもりなかった。当然、一緒に誘う予定だった」
冬眠中に無理やり起こされた蛇の様な億劫さで、おそるおそる弁解する利業に氷の妖精のお姫様は判決を下す。
「冗談ですよ」
「そ、そうか」
「それから、褒めて下さってありがとうございます。利業様からあまりそのように外見を褒められたことがなかったので、少し驚きましたが嬉しかったです」
利業以外の他人にはあまり冗談を言わない四恩だが利業相手に言う冗談はやたら切れ味が鋭い。そんなところも四恩は完璧なメイドだと以前言ったが、少しばかり撤回する必要があるかもしれない。表情を崩した四恩に利業は一先ず胸を撫で下ろす。
「それじゃあ、お姉さんも一緒に明日はお出かけしましょう」
「はい、是非ともご一緒させて下さい」
嬉しそうに四恩に抱きつく桜花、二人の姿は側から見たら仲の良い姉妹のようだ。四恩の顔も数年前からは想像出来ないくらいに柔らかい。
加えてどういう仕組みなのか、跳ねる度にひらひらと舞う桜花のスカートが少しだけ危うい。そんないつまでも眺めていたい光景を見つめていると、ふと浮かんだ疑問を利業は半ば無意識に訪ねていた。
「服といえば、なんで桜花は制服なんだ?」
瞬間、ぴょんぴょんと跳ねていた桜花と微笑んでいた四恩の表情が固まった。まるでフラッシュモブでも始まろうかという変わり身の早さだ。
「ひぇっ!わ、私もメイド服になれっていうんですか!?」
「利業様、当たり前ですが世の中の多くの女性はメイド服を着ていないのです」
「誰もそんな事言ってないだろ!!!!!!いい加減にしろ!!!!!」
どれだけ、メイド服の件を引っ張るつもりだ。
「利業様がメイド服フェチなのは奥様から聞いて存じていますが、その内なるリビドーは他の方には隠していた方が良いかと」
「聞き捨てならないことをサラッと言っているが、そういうことではなくて、なんで神様の桜花がわざわざ制服なんて着ているかという純粋な疑問だ」
利業のイメージする女性の神様はいわゆる羽衣をまとった日本神話の挿絵の神様だ。膝上まで上げた制服姿も一部の人からすれば神々しいと言えるかもしれないが、そんな方法で信仰を稼ぐ神様は嫌だ。
「地元愛ですよ、地元愛。この制服はこの町の高校の制服です。私は土地神ですから、地元愛が強いんです!ここの制服は紺のブレザーに胸元の赤いリボンタイが可愛いって人気なんですよ」
この限界集落寸前に見える小さな町に高校なんてあったのか、と驚くとともに、神様が制服を着ている理由のショボさに利業は少しだけ悲しくなった。
「じゃ、別に色んな服の姿になろうと思えばなれるのか」
「うーん、やったことないですけど、多分やろうと思えば出来るんじゃないですか?………メイド服は着ませんよ」
「…………いや。それはいいって」
内心、どんな風に衣装チェンジするのか少しだけ気になったが興味がないふりをすることにする。
機会があったら適当なジュースを餌に一人ファッションショーでも開いてもらおう。勿論、メイド服も含めて。
「おやおやおや!?なにやら賑やかですね!!」
賑やかな歓談に花を咲かしていたところ、聞き覚えのある男の声が聞こえた。
玄関から顔を覗かせていた痩せ型の男、ニヒルな笑みを浮かべて、こちらにやって来たのは綾織教授だった。
「メイド服がどうとか随分と楽しそうな声が聞こえてきたので、思わず表に出てしまいました」
「えぇ、こちらのド変態な男性がメイド服を世界中の女性に着せるのだと、大声で叫んでおりまして。まだ日が高いうちからお騒がせして申し訳ありません」
全責任を主人に押し付けて、慎ましやかに頭を下げるメイドの鑑っぷりに涙が溢れそうになる。
「ほう、利業君は崇高な趣味を持っているようですね。いやいや、私も民俗学を嗜む者として習俗、民族衣装にも一過言あるんですよ。つまり、私も私もメイド服は大好きです」
いい笑顔で言い切った正体不明の男に四恩が本気で引いているのが分かった。
(利業様、誰ですかこの不審者は?利業様のお名前もご存知のようですけど)
(その人は綾織さんっと言って元大学の教授先生だ。民族学の研究をしていてフィールドワークの一環で、この宿に泊まっているらしい)
(…………はぁ)
(ちなみに、この人とはさっき殃禍谷で会った。四恩の事も話している。面倒だから兄妹とも言ってない。メイドの連れがいると言っているから、いつも通りにしていろ)
小声で伝えた事実に少しだけ身の危険を感じた四恩が恨めしそうにこちらを見たが華麗に無視を決め込む。
「改めて紹介します。こっちが連れの四恩です」
「挨拶遅れました。利業様の家でメイドを務めております。月ヶ瀬四恩と申します」
「丁寧にありがとうございます。私は綾織、数年前まで大学で民俗学の研究をしていました。どうか教授と呼んで下さい。利業君達と一緒で、この巡愛に暫くお世話になる予定です」
そう言って差し伸べらた握手に四恩は恐る恐るといった様子で応じる。四恩は人付き合いが苦手だ。しかし、そんな様子にも綾織教授は満足したように頷き、こちらを振り返り本題を伝えた。
「そうそう、楽しそうなお話をしていたので、ついついテンションが高くなってしまいましたが、私は伝言を預かっていたのでした。『自転車を漕いで汗をかいているだろうし、ご飯が近いから先にお風呂に入りなさい』、由縁君からです」
「な、なんか母親みたいですね」
「そこが、ここのいいところなんですよ」
私も怒られてばっかりです、そう苦笑する綾織教授はすでに涼しげな甚平姿だ。いかにも無精という風体の教授のことだ。車で戻った教授と由縁の間にどんな会話があったか、簡単に想像出来た。
「昔から、あの子はずっと母親の役目を果たそうとして。少しだけ頑張り過ぎてるんでしょうね。あっはっは」
「それはーーー」
「さっ、戻りましょう。怒られてしまいますよ。四恩さんも」
尋ねようとした利業の言葉を遮って綾織教授はロビーに戻っていく。
その後ろ姿を見ていると、先ほどまで消えていた神様が歓声を上げる。
「やったー!お風呂ですよ!今日は昼から外を走り回ったので汗もかいたし、お姉さん、お姉さんも一緒にお風呂に入りましょうよー」
「は、はい。私も昨日からお風呂に入っていないので、一緒にいただくことにします」
「というか、桜花は後ろに乗ってただけで、走り回ったのは俺だろ……。あと、お前って風呂入れるのか?」
「酷い!私だって女の子なんだから、お風呂くらい入りますよ!!絶対に覗かないで下さいね!!」
そんな罰当たりな事はしない。というか桜花か本気で姿を消してしまったら利業は桜花を見つけることは出来ないのだから、その忠告は無意味だった。
とはいいつつ、半分姿が見えない神様がどういう風にお風呂に入るのかは好奇心をそそられる。
「後でどんな風に桜花が風呂に入ったのか教えてくれ」
そう小声で四恩に伝えたところ。ありったけの殺意のようなものを込めて利業が殴られたのは言うまでもない。




