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この町の神様は嘘をつく  作者: 駄犬
12/16

12話:綾織教授はこの町が好き





時刻は6時、黄昏時。


黄昏時の語源は誰彼(だれソかれ)。薄暗い夕暮れ「そこにいるのは、誰だろう?」という気味である。

そんな昼と夜の移り変わりを大きな厄災の前ぶりと考えて「逢魔時(おうまがとき)」と言う地域もある。


しかし、この町の人間はコレを大禍時(おおまがとき)と言ったそうだ。大禍(たいか)、すなわちコレ転じて殃禍(おうか)相可(おうか)から変化したという訳である。

だとしたら、今のシチュエーションは出来過ぎかもしれない。


「この人は誰だ?」


目の前の二人組に聞こえないように小声で尋ねた利業に桜花は同じように小声で返す。

というか、この神様の声が聞こえるのは俺しかいないのだなら桜花まで小声で返す必要は全くないのだが。


「さっき言ってた通り、綾織先生です。東京の大学の偉い先生です。昔から、この町の伝承とか調べてるんです。町の人もみんな知ってますよ?おじいちゃんやおばあちゃんの畑仕事とかもよく手伝ってくれる、とってもいい人です!」


そう話す桜花、そこに先ほど落とした影の気配はない。

そして、どうやらこの人の素性はどうやら本当に大学教授らしい。


「綾織さんはーーーー」


「おっとーっ。私のことは敬意を込めて『教授』と呼んで下さい?君くらいの若い人にはそう呼ばれる方がしっくりきますしねぇ」


「教授、目の前の彼も呆れてるから止めてくれ」


そう一歩を前に出た女性は短い髪をサッと流してため息をついた。そんな芝居かかった仕草でさえも、とても似合っている。


「私は熊野。熊野(くまの)乙姫(おとひめ)と言う。そこの馬鹿教授じゃないが、出来れば熊野と呼んで欲しい。下の名前は好きじゃないんだ。当の私に比べてキラキラし過ぎている」


熊野乙姫と名乗る女性はそのまま手を差し出す。挨拶と共に握手を求められたのは初めての経験だ。舞台上の女優のような仕草に少したじろきながらも利業は握手に応じた。


「この子は、姫ちゃん。確か先生のゼミのに入ってる大学生です。で、確か今年で20歳になるはずです。名前も見た目も可愛いし、カッコいいですよねー!?」


利業のアイコンタクトに桜花はすかさず彼女のプロフィールを教える。その目には少女の憧れが宿っていた。間違いない熊野乙姫、同性にモテる女だ。

というか、熊野乙姫は利業より5歳も年下だった。

堂々とした仕草と大人びた話し方から、いいところ同い年くらいだと思っていた。


「よろしく、俺は月ヶ瀬利業」


「月ヶ瀬利業、か。私は自分の名前が嫌いだから、他人の名前が羨ましくってね。良ければ利業くんと下の方の名前で呼ばせてもらえないかな」


「構わない。俺は熊野と呼ばせてもらえばいいかな?」


「ああ、よろしく。利業くん」


握手も済ませ、距離を取る。ハスキーなのに清涼感のある彼女の声は心地が良かった。彼女の在り方がそうさせるのか、誰にでも敬語を使わないその話し方も不快ではなかった。


「ところで、お二人はこんなところで何をしていたんですか?」


「よく聞いてくれました!私の研究はこの近辺の歴史と伝承。特にこの殃禍谷は面白くてですねえ。元々、相可は神宮に繋がる唯一の道、街道として発展したのですが、鎌倉末期、検問を取り仕切る大名のおーーー」


「まぁ、所謂フィールドワークというやつだよ。私はこの元教授のゼミに入っててね。卒業論文に向けた一環として来てるんだ」


目を輝かせて語り始めた教授を軽く静止した熊野はやれやれとため息をついた。中々の苦労人の様だ。


「元教授っていうのは?」


「私は3年前に大学を辞めてるんですよ」


「なんでまた?」


「ふっふっふ!君は分からないかもしれないですが。大学教授なんていう仕事はね、収入だけで時間がないんですよ。私の研究に必要なのは小銭じゃなく自分で足を運ぶこと。だから辞めてやりました」


これぞ自由だ!と言わんばかりに両手を広げた教授に、絶賛自分探し中の利業は少しだけ感銘を受けた。受けてしまった。


「まぁ、生徒にモノを教えるというのは楽しかったので、そこだけ心残りですが。今でも乙姫君のような熱心な生徒は私の研究を手伝ってくれますしね」


ふっ、と笑って隣を見た教授に熊野は呆れたように笑うだけだった。

砕けた態度を取る熊野もきっと内心では教授に対して思うところがあるのだろう。一瞬のアイコンタクトにもそれだけの信頼があることに利業は気が付いた。


「まぁ、私も教授にはお世話になっているしね。この町は私の故郷でもあるから帰省も兼ねて、よく手伝っているんだ」


卒論のネタにもなるしね。熊野はそう付け加える。


「熊野はここに住んでるのか」


「ああ、私の実家はこの町さ。私が小さい頃、中学生くらいの頃から教授はここに良く来ていて、子供ながらに町の案内とかをしていたんだ。で、気が付いたら彼のゼミに入っていたという訳さ」


「ええ、乙姫君が私のいたゼミに入ったと聞いた時は驚いきましたよ。まぁ、丁度入れ違いで私は大学を辞めてしまっていたんですが。あっはっはっ!」


そう言うと教授は嬉しそうに笑うのだった。

目の前の師弟は利業が思っていたよりもずっと長い間柄らしかった。


「私も彼女にはお世話になっているんです。なにせ、熊野と言えばこの町の四代名家の一つですからね。彼女の口添えのおかげで私も色んな人からお話が聞けましたし」


「へぇ、そうなのか?」


「昔の話だよ。昔はこの付近の地主だったそうだが、今はちょっと庭の大きい普通の家さ」


「まあ、彼女はそんな風に言いますけど、普通の家で済ますには歴史がとても古いんですよ。相鹿上(おうかがみ)熊野(くまの)牛庭(うしば)犬淵(いぬぶち)の四代名家はこの相可町の風土記を語る上では外せないですからね」


四代名家。現代の日本では中々聞くことのないお堅い響の中に利業は聞いたことのある名前がある事に気が付いた。


「牛庭って、もしかして民宿の?」


「そうです。よくご存知ですね?牛庭由縁君と牛庭文目君。二人は四代名家、牛庭家の娘さんです」


「ここにいる間は俺もお世話になる予定です。昨日から泊めさせてもらっていて、とても親切にしてもらっているので助かっていますよ」


牛庭姉妹にはお世話になりっぱなしの利業だが、彼女達の意外な出自を知ってしまった。


四代名家。


しかし、利業が見た限り、あの民宿の建て構えは確かに歴史を感じさせる年季は入っているが「名家」という言葉とは少し異なるように見えた。その上、あの姉妹は両親が不在の中、二人で働いているようだった。

様子を伺うようにちらりと桜花の方を見てみるが、彼女は何も言わない。ただ、何かを考え込むようにジッと熊野と教授の顔を見つめるだけだった。


「由縁さんと文目くんのところか。教授もこっちにいる間は廻愛に泊まっているんだろ?」


「ええ、そうですね。いやぁ、昨夜は相鹿上のお爺さんとつい話し込んで、そのまま飲み明かしてしまったので廻愛には戻らなかったんですよ。それですれ違ってしまったんでしょうね」


なるほど。思い出してみれば昨夜、由縁は「利業の他に客は一人しかいない」と言っていた。おそらく、その一人が綾織教授なのだろう。


「夕飯の時間にはまだ時間がありますが、どうです、一緒に帰りませんか?ここから少し歩きますが、向こうに車を停めているんです」


「すみません、気持ちはありがたいんですけど。俺、自転車でここまで来てるので」


「そういえばそうでした」


教授はあぁ、と頷くと顔を少しだけしかめて空を仰いだ。


「バイク旅と言っていましたね。今朝、ここに放置されていた事故車と先程崖の下から見えていた警察を踏まえると何があったかおおよそ想像が出来ますが、良ければ話してもらえませんか?何かお手伝い出来るかもしれない」


「えっと、少し長くなりますが。俺は連れの四恩という女と一緒にーーーー」


さて、どこまで話そうか。


ありがたい申し出ではあった。

しかし、事故に関する問題のほとんどは解決しつつある。

荷物は回収したし、宿もある。警察にも説明したし、何より四恩の命が無事だった。

利業にとっての目下の課題は過ぎた事故から、桜花の願い事にシフトしつつある。


桜花が親しげに呼んだ二人組。

二人は桜花のことを知っているのだろうか。

二人なら桜花の願いを叶える助けになってくれるかもしれない。あるいはこの二人こそが桜花の言う助けてあげて欲しい人の可能性だってある。


「ーーーーーそして熱のある四恩を早く休ませてやろうと、急いでいた俺はこの曲がり角でハンドルを切るのが遅れてーーーー」


利業は四恩の存在について正直に話すことにした。

教授は廻愛に泊まるという、ならば四恩の事は隠しても仕方がない。

「月ヶ瀬四恩は戸籍上では死人である」

これに関わること以外は素直に話してよいだろう。


「ーーーー崖から落ち」


その言葉の先。「崖から落ちた所を桜花と名乗る神様救われた」そう告げる前に柔らかな手がそっと利業の口を塞いだ。

驚いて言葉を途切らせた利業が振り向く前に、その犯人は声を小さくして語りかける。


「お兄さん、追加のお願い事です。私の事は内緒にして下さい」


「ん?どうしたんだい利業くん?教授のせいで嫌な事でも思い出させてしまったなら、すまない。私も謝るよ」


「いや、気にしないでくれ。ちょっとそこら辺記憶が曖昧だったんだ。話を戻すと、崖から落ちそうになってガードレールぶつかって気絶してしまったんだ。俺も四恩も」


目の前の二人に怪しまれないためにも、利業は後ろにいるであろう神様の方を振り返る事は出来なかった。

もっとも、こんな時に振り返ったりしたら、「利業様はデリカシーがないです!」などと四恩さながらに怒られてしまいそうだ。

利業を制止した桜花の声はそんな寂しさを孕んでいた。


結局、目を覚まして助けを求めて相可町へ向かっている最中に由縁に拾われたという事にして、利業は二人に今までの事を話したのだった。
















「さーて、俺たちも帰るぞ」


一足先に宿に戻っている。そう告げて止めてあるという車まで向かった教授と熊野の影が十分小さくなるまで見届けた後、利業は桜花の方を振り返る。


「………はい」


しかし、小さく頷いた桜花はその場を動こうとしない。小さな沈黙の幕間。

賑やかな二人組が消えた渓谷には、川のせせらぎの音だけが雄弁に語る。


「どうしたんだ?なんて遠回りな事を聞くのは苦手なんだ。単刀直入に聞く。お前、あの二人と何かあったんだろ。それがお前の言うお願いなのか?」


「えへへ、どーなんでしょ?分からないんです」


十分な時間を溜めて答えた桜花の表情は夕焼けの影となって利業にははっきりと見えない。

でも、桜花は場違いにも微笑んでいるのは確かで、その笑顔は煙に巻くためのものではなく、純粋な人間愛。桜花は神様だと利業は改めて思い出す。


「本当ですよ。私はあの二人が何か悩みを抱えているとしても知りません。昨日言った通り、私は誰を助けたらいいのか分からないんです。それで、もし私が少し変に見えたのなら、その話とは別に少し寂しくなっちゃっただけです」


「そうか」


「お兄さんが悪いんですからね。神様だって寂しくなったりするんです。私は先生と姫ちゃんを知ってる、でも二人は私の事を知らない。だから、お兄さんが他の人と話してる時は姿を消すようにしていたのに」


「……悪かったな」


「えへへ、いえ、いいんです!今はお兄さんとお姉さんが話し相手になってくれますから。私の方こそごめんなさい、嫌な話しちゃいました」


「じゃ、お詫び代わりに四恩が元気になったら色々付き合ってやるよ。この町のお洒落なカフェだか、可愛い雑貨店だかを教えてくれ。今日は予想外に遅くなっちまったから軽く町を案内してもらって帰ろう」


「ほっ、本当ですか!?やったー!!約束ですよ!約束!指切りしましょう!」


「ほら、ぐるぐる飛び回るのはいいけど、置いてくぞ」



帰り道はまだまだ遠い。

突然現れた二人組みに案外早く桜花の願いを叶えられるかもしれないと思った。しかし、桜花の語る回答は、そんな利業の期待とは異なるもので。

この調子で桜花の願いを叶える事が出来るのだろうか。


利業は少しの間熟考するが、すぐに放棄する。

まぁ、もう少しこのままこの町で過ごすのは悪くない。











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