24、サブカル語りの二番目。
そういやこの前、劇画【サンクチュアリ(聖域)】の話を少しだけしましたよね。
実際この劇画、大好きなんですけど突っ込みどころも満載なんです。
☆☆☆
大体、主人公の二人はイケメンで超優秀な頭脳の持ち主でスポーツ万能、喧嘩も強いと来ちゃあ、そりゃあ少女漫画の恋人役もびっくりさ、の設定ですからね。
そこに美人で若くて(※しかも生娘という設定)何故か自らが捜査を行っちゃう警察副所長(※警視)がヒロイン役だし。
兄貴分の渡海にしても、頭は悪いが腕っぷしと度胸が強い武闘派なんだけど、見た目はエグ○イルに輪をかけたような、まあどっちかというと松田優作をもっと美化したような容姿のイケメンヤクザだし。
主人公の片方のヤクザの組員なんか、なんちゅうか本中華、90年代風のおしゃれ軍団みたいな優男っぽい連中なんだけど、なぜかみんな“使える”連中ばかりなんですな。
それに、話の内容もステレオタイプな政治ネタを組み合わせていて、結構流れ的には民○党的な考えの人にシンパシーを与えてしまったのではないかと思うぐらい妄想的。
でも、僕はとても面白くて熱い劇画だと今でも思ってます。
だって、エンターテイメントなんだから事実じゃなくたっていいんです。余程のことじゃなければ。
それを“事実”だと訴えかけてしまうような某グルメ漫画のようなんじゃだめなんです。良い悪いとか善とか悪とかは別として。
これはフィクションです。
そう断りを入れているべくの、ある意味べつの覚悟がエンタメには必要なんですね。
ただ人間である限り、人間的リアルだけは注入しないと、これは愚の骨頂。
昨今のサブカル作品に多いのが、どちらかと言うとその要素が欠落しているということなのでは?
☆☆☆
これは僕の持論というか、独自解析なんですけど。
その作者というか製作者というか、その人たちがその物語の世界観設定をする上で、主人公たちがメインで動き回る舞台の定義がどこにあるか、を決めることが先ず挙げられると思います。
分かり易く言えば、ガンダム系なら世界観設定は現実が【地獄】。
だから、その【地獄】の状況でどう生き延びるか? またはどう変えてゆくか? みたいなのがテーマというか目的になりますよね。
対比で言えば、昨今の異世界ものなどは、
【地獄】→【天国】
【地獄】→【地獄】
なんて感じが多いのかと思います。
☆☆☆
つまり、前に話した【サンクチュアリ(聖域)】にしても【オルフェンズ】にしても、
『どこに感情移入ポイントを作るのか?』
なんだと思うんです。
この前僕は【エヴァンゲリオン】は全く感情移入できなかったと書きましたが、あの物語が大ヒットしたという事はそれだけ感情移入できる人も大勢いたのだから、そういうマーケティングもあるのだという事です。
☆☆☆
人の考え方は千差万別で、感覚も思考も一定ではないのだからそれは当たり前です。
僕は最近特に、こう思うようになりました。
「人は相対的に成長する。というか、成長する人間の隣には成長しない人間ができる」
というふうに。
この間書いた、マクロ的な視点(※人類をひとくくりに宇宙人目線で見たらという憶測視点)で言えば、
『行け行けゴーゴー人間がいれば、それに対してルサンチマン人間が必ず発生する』
というのが少なからず法則として見えてくると思います。
何年か前に僕は腸内細菌の本を読んだ際に、
「善玉菌だけが腸内にいても善玉菌としての機能を発しない。悪玉菌が同じ腸内に存在しなければならない」
というのを知りました。
そのとき、
「ああ、人間も同じ。これが自然の法則なのかなあ」
なんて思ったんです。
ミクロ視点(※一人ひとりの個人目線)で見ると解けないことも、こうやってマクロ視点で見ると、なんだか世の中のあらゆることが必然に思えてきてしまうんですよね。
あれ?
なんで話がズレてんの?
☆☆☆
というか、感情移入の話なんですけど。
その感情移入ポイントも、時代背景というかそういうのでガラリと変わるもんなんですよね。
良い悪い、ではなくて、相対的なものなんです。
自分はどこにいるのか。それが問題なんです。
☆☆☆




