ライ・アーサーボルトとして
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本当にありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
自分の新しい名はどうやら“ライ”というらしいと雷蔵が気付いたのは、母であるリースの乳を吸っていたときであった。
いつの間にか眠ってしまっていた雷蔵が目を覚まし、空腹から「おぎゃあ!(腹が減った!)」と一泣きすると、すぐにそばにいた母親が乳を吸わせてくれたのだ。
『おはよう。私の可愛いライ』
相変わらず話す言葉の意味は解らなかったが、自分を見つめる優しい表情と、耳に残った“ライ”という単語で、母親が何と言っているのか察することができた。
(千草も雷太丸が産まれたときはこんな顔をしておったのう)
今は亡き幼馴染みの妻と、一人息子を想い、雷蔵は人知れず郷愁の念を覚えた。
(しかし“らい”か……。またそう呼ばれるとはのう)
自分を「らいちゃん、らいちゃん」と慕ってくれた幼き日の千草との思い出が胸にこみ上げてきた。
(まあ、第二の人生じゃ。これからよろしくお頼み申すぞ、母上)
満腹になり、げぷっと口から息を吐くと雷蔵はまたも眠りへと誘われた。
次に下腹部の気持ち悪さに目を覚ました雷蔵は「おぎゃ!(すまん!)おぎゃああ!(漏らしてしもうた!)」 とまた泣いた。
『あらあら、今度はおトイレかしら?』と、隣で寝ていたリースが嬉しそうに雷蔵のおしめを取り替えはじめる。
(これは……いささか恥ずかしいのう)
生前も、幸運にも呆けることなく死を迎えた雷蔵には、物心ついた後では初めての下の世話であった。
それが終わり、すっきりした雷蔵はまたも眠りについた。
産まれたばかりの雷蔵の生活はしばらくこれのくり返しであった。
夢うつつの中で雷蔵は幾人かの声を聞いた。
『よく眠る子だね』
『ええ。寝る子は育つって言うし、この子は大きな子になりそう』
『君に似てるかな?』
『目元はあなたに似ているわ』
『ライ様ー、わたしはアリスですよー』
『おい、アリス。そんなに近づくとまた怖がられて泣かれるぞ』
『う、うるさいなぁ。チビッ子は黙ってて!』
『な、なんだとぉ!』
『この度はおめでとうございます。アーサーボルト卿』
『ありがとうございます。そちらも二人目が来月辺りにお産まれるとお聞きしましたが?』
『はい。今から楽しみで仕方ありません』
『誠、めでたい』
『ありがとうございます』
『こちらも、身籠もっているのが、わかった』
『なんと!? では、息子とは幼馴染みですな?』
『エルフも、産まれると、聞いた』
『はい。願わくば、子供達が我らのように友とならんことを』
『そうだな。名前は、なんという?』
『ライと言います。古い言葉で稲妻を表すそうです』
『……』
『ジュウベイ殿?』
『……ライ、良い名だ』
『ありがとうございます』
雷蔵が少しずつ長く起きられるようになってくると、やっと父と母の名前を知ることができた。
(どうやら、父はかいる、母はりーすというらしいな。そして時々顔を見せる蛇女はありす。ありすと一緒に顔を見せる小人の男はりんどか)
イリスでホビットと呼ばれる小さな亜人のリンドを初めて見たときも、雷蔵は「ほぎゃあ!(なんじゃ!)ほぎゃああ!(子鬼か!)」と泣いた。
カイルとリースが寝静まった深夜、雷蔵は月明かりに目を開けた。
隣で仲良く寝ている新しい父と母を見て、雷蔵は前世の両親に想いを馳せた。
厳しく精練とした侍の父と、静かで優しい母――雷蔵が人斬りと呼ばれようと、死ぬまで自分を愛してくれた両親。その二人の面影が、このまだ年若い夫婦に重なる。
(父上、母上、雷蔵はこの夫婦の元で“らい”として新たな人生を歩んでいきます。本当にありがとうございました)
思えばこの夜が雷蔵がライとして生きてゆくと決めた最初の夜であった。
(……臨済録に出会ったとき、斬ろうかどうか迷ってしまい、誠に申し訳ございませんでした!)
ちなみにその時雷蔵は七日七晩悩みに悩み、千草に一喝されてやっと懊悩から解き放たれたのであった。
雷蔵の両親が死んだのはそれから約三十年後、初孫の顔を見てすぐの春のことであった。