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故に女神は彼に密かな願いを託す

読んでくださってありごとうございます。

 

「それで――あんたは儂に誰を斬ってほしいんじゃ?」


 好々爺とした笑みを引っ込め、雷蔵は凪のような目でイリスを見た。

 全てを見透かしているような、そんな瞳だった。


「ぶ、不躾になんですが!? これでも私は神ですよ! 私がそんなことを貴方に頼むはずないでしょう?」


「なんじゃ? 違うのか?」


「ご挨拶に来ただけです! 今まで生きていた世界から違う世界に転生させるなど滅多にないことなので簡単にご説明差し上げようかと……」


 滅多にないことではあるが、時に有用な人材を生前とは異なる世界に転生させることは過去にも幾度かあった。

 転生した者は救世主や英雄と呼ばれることが多かったが、中に志半ばで人知れず死んでいった者もいた。

 しかし、それすらも後世にある程度の影響を与えている。

 歴史に転換点にはそういった者が現れやすい。

 “神の手”と呼ばれる調整が入るのだ。

 もちろん、そこで生きている者達には知る由もないことだが。

 しかし、その全てが異世界の発展のために必要な人材だからであって、雷蔵のような理由で異世界に飛ばされる人間は初めてであった。


「まあ、ええか。それで?」


「それで、とは?」


「何を説明してくれるんじゃ?」


「え、ああ、そうですね。貴方生まれ変わる世界なんですが“イリス”と呼ばれる世界になります」


「いりす? 神さんと同じ名前じゃな?」


「そうです。私が創った世界なので」


 えへへ、とイリスは照れたように頭をかいた。


「なら、儂の生きてた世界の神は“日本”というのかの? 天照大神とか釈迦如来とかではなく」


「貴方が生まれたのは日本ですが、生きていた世界は“アース”と言います。創った神の名は違いますが、名前はそこに住んでいる者が名付けるものなので、私の世界も私自身もいずれは名前が変わるかもしれません」


「そうか。確かに大きい丸じゃったからな。あーすは広いということか。南蛮や伴天連ではまた神の呼び名も違うじゃろうしな」


「はい。貴方が見た丸も――正確には球ですが、あれがアースです。他にもいくつかごらんになりましたよね?」


「ああ。黄色や赤、水色や白、炎みたいな球もあったな。輪っかの中にある球もあった。あれが天にあった星々だとすると、儂が住んでたあーすも星なんじゃな?」


「そうです! 違う世界から見ると、貴方が住んでいたアースも空に輝く星々の一つということになります。そして、その一つずつが全てが違う世界になります。最も殆どの星には生き物が存在しませんが……」


「何故じゃ?」


「ええと、簡単に言いますと世界は一つだけでは生きていけないんです。多くの星が互いに助け合って、やっと一つの星で生物が生きられるというか……」


「うーむ、まあ全ての生き物は支え合って生きているということかの? 人でも星でもそれは同じということか」


「え、ええ」


 雷蔵との会話の中で、イリスは彼の意外な頭の良さに驚いていた。

 たとえ事実とはいえ、こんなことを聞かされてもあの世界の文化レベルではまだ理解が及ばないと思っていたからだ。

 しかし、イリスの心配をよそに、雷蔵はそれを受け入れていった。


 雷蔵は柔軟な思考力と、


「では、儂は違う星に行くということかの?」


 ――論理的な思考力を兼ね備えた人斬りであった。


「そうです。ただイリスという世界は貴方が住んでいた世界とは、そこに生きている人たちもだいぶ違います。初めは戸惑うと思いますが――」


「皆まで言わんでもええ。わかり申した」


 この女神は尋ねれば何でも教えてくれるかもしれんが、それではせっかく生まれ変わるのに楽しみが減ってしまう、と雷蔵は考えていたからだ。

 先が判らぬからこそ人生は面白い。


「うん? そういえば、生まれ変わったら儂は全てを忘れておるのかの?」


「それは大丈夫です。解脱に至った魂は転生しても記憶は消えません」


 というより、解脱に至った者は死んだ後に神として新たな世界の管理者になるのが慣例だ。

 解脱に至った者としても、雷蔵は規格外なのだ。


「なるほど。委細承知いたした。この石動雷蔵、謹んで転生を承りまする」


 そう言って雷蔵は頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 そもそも断られても困るのだが、と思いながらもイリスは応えた。

 ただ雷蔵には一つだけどうしても知りたいことがあった。


「ちなみにじゃが、その世界に刀はあるのかの?」


「ええ、ありますよ」


 雷蔵の刀好きにイリスは苦笑した。





 それからは、イリスに着くまではもう少し時間がかかるということなので、雷蔵たちは他愛のない話で時間を潰した。

 雷蔵の過去の話をイリスが知りたがったので、それをいくつか話していたのだ。

 それが一段落したころ、白一色だった光の世界に徐々に溶け出るように闇の色が混じりだした。


「もうすぐ着きますね」


 雷蔵の過去の話を楽しんだイリスが名残惜しそうに前方に目を向けた。

 辺りはゆっくりと星々が溢れる闇の世界に戻り、前方に一際大きな青い星が姿を現した。


「あれがイリスです」


「綺麗じゃな。あーすもあんな色をしておった」


「そうですね。星としては殆ど違いを感じないかもしれません」


「これから儂はどうなるんじゃ?」


「とある夫婦の赤ん坊として産まれてもらいます。そこからどう生きるかは貴方次第です」


「とある夫婦……か」


 雷蔵はまた全てを見透かしているような目でイリスを見た。


「……」


 イリスは何も答えなかった。

 いよいよ星が近づいてきた。

 日本のような島国ではなく、一際大きな大陸の上で二人は止まった。


「……では、今から貴方を転生させます。目を閉じていただけますか?」


「……」


 雷蔵が無言で応じると。イリスは雷蔵の顔の前に手を翳した。

 そこから暖かな光が溢れ出し、雷蔵の身体が足下から徐々に光へと変わっていく。


「さようなら。短い時間でしたが、貴方と話せて良かったです」


「儂もじゃ、神さん。別嬪さんと話せて楽しかったよ。じゃがな――」


 雷蔵は目を閉じたまま、にやりと笑った。



「あんた、やっぱり――儂に誰かを斬らせたいんじゃないかね?」




 その言葉を最後に光の粒となった雷蔵は、イリスの星に吸い込まれるように落ちていった。


「……貴方はやはり恐ろしい人ですね」


 光となった雷蔵の魂魄を見つめながら、イリスはそう呟いた。


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