すべては少女の中にある
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ソエルは左右の剣を持ち替えた。
骨を入れ直したとはいえ、脱臼した左肩は万全な状態ではないからだ。
左手に中程で折れた剣を持ち、万全な右手に折れていない剣を手にした。
(さて、どうしようかしら?)
今の自分では、目の前の鬼には勝てないことが解っても、ソエルは落ち着いていた。
というより、何も感じていなかった。
死が迫る恐怖も、強者を前にした喜びも、彼女にはなかった。
ただ、これは少し手こずりそうだと思っただけだ。
(……家の中に、本当にいるのかしら?)
ソエルは、ゴンザに気を配りながら、エドワルドの家を観察する。
昨日、自分が飛び込んで割った窓は木材で補修されていて、中の様子は判らない。
(あの部屋が子供部屋だったけど、あそこにいるとは思えないわね)
他の窓も観察するが、日除けの布が掛かっていて、中の様子は窺い知れない。
(いないという確信が持てれば、ここは逃げの一手を打つのだけれど……)
こればかりは、何とも言えなかった。
ただ、ゴンザはエドワルドの家を背にし、そこを護っている。
(もしかしたら、近くの他の家にいるかもしれないのよね)
周辺の気配を探ってみるが、今のソエルの力では、家の中で息を潜めている者の気配までは読めない。
さりげなく、他の家に意識を向けている演技をしてみせるが、ゴンザは微動だにしない。
(……というより、自分の子供だけを避難させないなんて有り得るのかしら?)
ヴィクトリアの身体の状態を知らないソエルには、それは可能性が低いことであった。
(何らかの事情で動けないとか? それとも……私を誘き寄せる餌かしら?)
ソエルにとって、前者の可能性はほとんど考えられないが、後者の可能性なら少しは有り得るような気がした。
だが、それにしても――
(自分の子供を餌にするかしら?)
ソエルは他者の気持ちに関心はなかったが、それでもその可能性は低いような気がしていた。
(……困ったわ。それにしても……攻めてこないわね)
ソエルがいろいろと考えを巡らせている間、ゴンザは一切動かなかった。
「……」
ただ静かに、ソエルを正眼していただけだった。
「来ないのかしら?」
「……」
ソエルの問いにも、ゴンザは何も答えない。
「自分からは攻めないのかしら?」
「……」
ゴンザは何も答えない。
ソエルは知らないが、これはゴンザなりの武士道に則った行いであった。
自分から積極的に他者の命を奪いに行くのは、ゴンザの武士道では善くない行為であった。
〈侍〉というのは、必要以上に相手を傷つけず、泰然自若として、常に余裕を持って戦いに挑むもの、という考えがゴンザの中にはあった。
後の先こそ強者の剣、待ちの剣こそ己の武士道――それがゴンザであった。
もっとも、本物の侍であったとされる“レベッカ”自身にはそういうこだわりはなかったと言われている。
永き刻を経て、“レベッカ”が体現した武士道と、鬼の気質が混ざり合って、その時代の〈侍〉独自の武士道が生まれていた。
だが、そんなことを、ソエルが当然知るはずはない。
「答えないなら、それでも良いわ。そういえば、その家の中にエルフの子供はいるのかしら?」
「……」
ゴンザは答えない。
「いるのね?」
「……」
ゴンザは答えない。
「わかったわ。なら訊き方を変えましょう」
そう言って、ソエルは動いた。
ゴンザと充分な距離を保ったまま、ソエルはまず剣を仕舞った。
そして、腰を屈め、手近に転がっていた手頃な大きさの石を拾い始めた。
一つ、二つ、三つ、四つと石は増え、持てない石は一カ所に集め、地面に置いていた。
(……一体、何の、つもりだ?)
ゴンザは、ソエルのこの突然の奇行に、顔には出さなかったが訝しんでいた。
その意図が読めなかった。
(まさか、石で、攻撃して、くるのか?)
有り得ないと、ゴンザは思った。
だが――
「これぐらいかしら?」
そのまさかだった。
「――フッ!」
充分な数の石が集まったところで、ソエルはその一つを凄まじい速度でゴンザに投げてきた。
子供の体格で投げた石とはいえ、そこは亜人斬り――その石は充分な威力を持って、ゴンザに向かって飛んできた。
当たれば、確かに少しはダメージがあるだろう。
当たれば、だが。
「……」
ゴンザは軽く刀を動かしただけで、それを弾いた。
彼にとって、そんなものは攻撃ですらなかった。
だが、それを見てもソエルは、投石を止めなかった。
左右に素速く動きながら、幾つもの石をゴンザに投げていく。
ゴンザはそれを、その場に留まったまま弾いていく。
その攻防は数十回続いた。
刀で弾く必要があるものは弾き、少し身体を動かせば避けられるものは避け、狙いの逸れたものはそのままにしておく――そういう攻防が数十回続いた。
やがて石が無くなり、ソエルはまた石を集め始めた。
「どういう、つもり、だ?」
たまらず、ゴンザが問いかけを発した。
「あら? 話してくれる気になったの?」
そう言いながらも、ソエルは石を集めるのを止めない。
「それが、狙い、か?」
自分を会話の舞台に引きずり出すのが狙いかと、ゴンザは問う。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。あるいは、イグニスからの援軍が来るまでの時間稼ぎかもしれないわね? 辺境伯が来るのなら、ご挨拶しないといけないから」
そう言った少女は、相変わらず無表情で、声にも抑揚が全くなかった。
「……そうか」
確かに、こうしている間にも時間が進んでいると、ゴンザは思った。
夜の天辺は既に過ぎ、あとは朝日が昇るまでの数時間を待つだけだった。
本当にそれが狙いなら、このお遊びに付き合うのも良いだろうと、ゴンザは思った。
正直ゴンザの中では先程の初撃で、既に勝負はついていると思っていた。
彼は、亜人斬りかも知れないとはいえ、既に結果の見えている勝負で、幼い子供を斬ることに、少し抵抗があったのだ。
(斬らずに、済む、なら、それでいい)
ゴンザという〈侍〉は、優しかった。
石を集めたら、それを投げ、無くなればまた集め、さらに投げる――そんなことを何度か繰り返している内に、その辺りの石はほとんど無くなってしまった。
いくら森とはいえ、石が無尽蔵にあるわけではない。
今ソエルの足下にある十数個で、この辺りの手頃な大きさの石は最後だった。
反対に、ゴンザの周りにはかなりの数の石が転がっていたが、さすがにソエルもそれを拾いに来るようなことはなかった。
そして、また単調な攻防が繰り返されることとなった。
「……」
ゴンザを翻弄するように、左右に素速く動きながら、ソエルが石を投げつける。
ゴンザはそれを、ある時は弾き、ある時は避け、ある時は逸れたのを見送った。
――ガシャンと、いきなりゴンザの背後で音がした。
予期せぬ突然の音に、ゴンザが慌てて振り返ると、エドワルドの家の窓硝子が一枚割れていた。
「――」
そこで始めて、ゴンザはソエルの意図を理解した。
(これを、狙って、いたのか!)
ゴンザが急いで視線を戻すと、既にソエルの攻撃は終わっていた。
ソエルの足下にあった残りの石全てが、エドワルドの家の、全ての窓目掛けて投げられていた。
「――!」
ゴンザは素速く動き、窓を割ろうとしていた石を防ぐ。
ゴンザが反射的に防いだ石はたった一つ――つまり、護られたのは一つの窓だけ。
無意識に、反射的に、その窓だけを護ってしまった。
そこは、ヴィクトリアが寝ている部屋の窓だった。
「見つけたわ。ありがとう、教えてくれて」
他の窓がいっせいに割れる騒音に混じって、その声はゴンザのすぐ上から聞こえてきた。
ゴンザが声に視線を向けると、既にソエルは、宙を舞ってゴンザに斬りかかってきていた。
それと同時に、折れた剣がゴンザの下腹部目掛けて飛んできていた。
ソエルが仕掛けた、二重の攻撃だった。
上から迫るソエルの渾身の振り下ろしと、下から迫る折れた剣の飛来を見て――しかしゴンザは慌てなかった。
素速く無駄のない一刀で、折れた剣を叩き落とすと、返す刀で上空のソエル目掛けて斬り上げた。
「――くっ!」
その神速の縦の燕返しを、ソエルは何とか防ぐ。
だが、彼女の軽い身体は空高く弾き飛ばされ、エドワルドの家の屋根の上に落ちた。
ゴンザは油断無く上空を警戒しながら、屋根の上のソエルの姿を確認しようと窓から離れる。
だが――
(……? いない?)
そこにソエルの姿はなかった。
ただ音もなく、鐘楼に吊された鐘が、風を受けて僅かに揺れているだけだった。
「――!?」
ハッと、何かに気付いたゴンザが、自分が石から守った窓をぶち破って、家の中に転がり込んだ。
だが、時既に遅し――部屋の中にはソエルの攻撃によって昏倒したルシールと、ベットの上で剣を突きつけられたヴィクトリアの姿があった。
(不……覚!)
自身の失態を悔いるように、ゴンザは刀を折れんばかりの力で握りしめた。
「先程の質問に答えてあげるわ。ここまでが私の狙いよ」
そう言ったソエルだったが、その顔と声に、感情は一切込められていなかった。
自分の策が上手く嵌まったことに対する喜びなど、彼女には微塵もなさそうだった。
しかし、ここまでの全ては、確かにソエルの思い描いた通りになっていた。
石を使って、その家の中にゴンザが護るべき対象がいるのかどうかを暴き出し、尚且つその部屋の場所まで割り出した。
攻撃する振りをして、ゴンザの力を利用し屋根まで上がり、鐘楼の鐘の隙間から家の中に飛び込んだ。
あとは、先程の部屋まで行き、扉の外から様子を窺い、可能なら中を制圧するだけだった。
石が窓を割った段階で、ゴンザが動かなければ、ソエルは逃走するつもりであった。
部屋の中にいるのが、ゴンザ並の手練れであれば、こちらも逃走するつもりであった。
中に子供の姿がなかった場合も同様に彼女は逃走を選択するはずだった。
しかし、そのどれもがソエルに逃走の選択をさせない結果になった。
彼女は賭けに勝ったのだ。
(……この、頭脳の、冴え。この、子供、只者では、ない)
ゴンザは、今更ながら、自分の愚かさに気付いた。
いくら少女とはいえ、いくら不確定だったとはいえ、自分の初撃で命を奪えなかった彼女に対して、もっと警戒するべきだったのだ。
その初撃で、もう勝負がついたなどと、思ってはいけなかったのだ。
武士道など、優しさなど、見せてはいけなかったのだ。
〝亜人斬りを見た亜人は、どんな手を使っても、その存在を殺さなければならない。見逃すことも逃げ出すことも許されない。殺さなければ、全ての亜人が殺される〟
そう言われる所以を、ゴンザは今、身に染みて感じていた。
(これが、亜人斬り、か)
全面戦争時、まだ〈侍〉と呼ばれる前のゴンザが、ついぞ刃を交えることのなかった亜人斬りとの、これが初の邂逅であった。
その初対決は、実力では〈侍〉が勝ち、勝負では〈亜人斬り〉が勝つ結果となった。
「さて、ではまずは馬を一頭用意してもらえるかしら?」
左腕に抱えたヴィクトリアに剣を突きつけたまま、〈亜人斬り〉は〈侍〉に言った。
【次回か、そのまた次回ぐらい予告】
亜人斬りに攫われた幼馴染みを助けに、ついに人斬りが戦場にその姿を現す!
今代の亜人斬りと次代のアーサーボルトの戦いは、どういう結末を迎えるのか!
というわけで、やっと主人公登場の目処が立ちました。
なるべく早く投稿出来ればと思っていますので、申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください。




