一撃
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〈侍〉という存在は、鬼にとって特別な存在であった。
遥か昔、鬼という種族が人に滅ぼされかけた時代があった。
その角を生やした異形と、種としての強さを恐れたある国が、鬼を滅ぼそうとその里へと攻め込んできたのだ。
亜人全体に言える事だが、彼らは総じて繁殖力が低い。
それに比べ、人は高い繁殖力を有している。
古来より、亜人は人に数で負ける。
故に、亜人は他の種族と同盟を結んだり、姿を隠したりし、単一の種族では人と争わないようにしてきた。
しかし、この時の鬼達は、自分達だけで人の国と戦わなければならなかった。
いくら個々の能力が高くても、圧倒的な人の数の前では、鬼達は無力だった。
最初こそ善戦した鬼達だったが、その旗色は徐々に悪くなっていった。
追い詰められ、やがて全てを賭けた最後の決戦が開始されようとした時、鬼の前に一人の侍が現れた。
その名は“レベッカ”――人であり、そして女でもあった彼女の存在が、絶滅の危機に瀕した鬼を救った。
そのことから、彼女は特別な存在として、“侍”という存在と共に、鬼の中で語り継がれていった。
伝承は時代と共に形を変え、レベッカは鬼の守護神となり、〈侍〉は種族の中で最強の鬼だけが冠することの出来る称号となった。
そしてこの時代――鬼の中で〈侍〉を名乗れるのは、族長のジュウベイではなく、副族長のゴンザであった。
「……」
ソエルが、夜の森の中を進んでいる。
巨木が月の光を遮り、時間の経過も相俟って、夜の闇はさらにその深みを増していた。
先程まで、背後から聞こえていた争いの喧騒は、今では微かに耳朶に触れる程度であった。
「……」
周囲に人影はなく、鬱蒼とした森の中でソエルはただ一人であった。
しかし、その前方から、隠そうともしない殺気が伝わってきていた。
とても巨大で濃密な空気が、少しずつソエルを包み込んでいった。
(どうやら当たりのようね)
ソエルはその空気から、目的の場所にエルフの子供がいるであろうことを察した。
ソエルが今、優先している目的は、エルフの族長の子供を奪取することであった。
本来であれば、亜人を斬ることを優先するのだが、この自分の行動が、更なる戦乱を招くことが分かっているので、今はこちらを優先していた。
ちまちまと殺すより、大きな戦で全てを滅する方が、彼女の好みであった。
(それともあるいは罠か……)
昼間の会話から、ある程度の的を絞っていたソエルではあったが、まさかそのまま家に残すとは正直思っていなかった。
一番可能性が高いのは、森のさらに奥――海から一番離れた場所だろうと思っていた。
ソエルの中では、それ以外の場所はあくまで通過点で、外から様子を見て気配を感じないようだったら、先に進もうと考えていた。
(ここで私を迎え撃って、その隙に森の外に戦えない者を避難させるつもりかもしれないわね)
一応、その動きを牽制するために、居もしない伏兵の存在を明らかにしたが、おそらく通用しないだろうと、ソエルは思っていた。
ただ、彼らはまだ辺境領内全ての情報を掴んではいないので、迂闊には動かないだろうとも思っていた。
(その辺りは賭けになるけれど、決して分の悪い賭けではないわ)
正直、森の外に逃げられてしまっては、ソエルに打つ手はない。
(まあ、その時は森の全て亜人を斬って、良しとしましょうか)
だが、そんなことは彼女にとって、どちらでも良かった。
やがて、樹ばかりだった森の景色が少し変わってきていた。
大木に寄り添うように建てられた家が集まった、一つの集落がその姿を現したのだ。
「……」
辺りの気配を探りながら、しかし悠然と、ソエルは集落の中を進んでいく。
やがて前方に、一際大きな樹と、その根元に建てられた、周りより少し大きな家が見えてきた。
よく見ると、屋根の上には小さな鐘楼があり、昨日の鐘があそこから鳴らされたことが分かる。
間違いなく、昨夜ソエルが戦った家であった。
その家の前――少し開けた広場のような場所に、その鬼は立っていた。
浅黒く、巌のようにゴツゴツした肌。
盛り上がった筋肉と、見上げるように大きな体躯。
短く刈り込まれた髪の間から聳え立つ、鋭い一角。
〈侍〉ゴンザであった。
「……」
ソエルがゆっくりとその前に歩み出た。
「……」
「……」
お互いが、その姿を認め合った。
「貴方は昼間の鬼ね」
「……」
ゴンザは何も答えず、ゆっくりと腰の刀を抜いた。
その腰に大小はなく、ゴンザの刀はその一刀だけであった。
「問答は、無用。構えない、なら、こちらから、行く」
「……」
その凄まじい剣気を浴びて、ソエルも言葉を使うのを止め、腰に佩いた二振りの剣を抜いた。
昨日の短剣ではなく、ソエルの体格にあった普通より少し小ぶりの剣であった。
「……」
「……」
両者の剣気が高まり合い、肌に纏わり付くような殺気が辺りに充満していく。
「我は、鬼の〈侍〉、ゴンザ。いざ、尋常に――」
「勝負とでも言えば良いのかしら?」
鬼の名乗りを遮って、先に動いたのはソエルであった。
凄まじい速度で、ゴンザに迫っていく。
(竜と並び称される鬼が、どれ程のものか試させてもらうわ)
自身の身長より倍以上高いゴンザに対して、ソエルが選択したのは徹底的な下段への攻撃。
小さい身体をさらに低くし、ゴンザの足下へと疾走するソエル――しかし、そこへ、ゴンザの研ぎ澄まされた一刀が振り下ろされた。
スウッと、その一刀は静かに下りてきた。
そこには荒々しさなど微塵もなく、ただ真っ直ぐと振り下ろされた一刀だった。
「――!」
だが、ソエルにはそれが、逃れようのない死を纏っていることがはっきりと解った。
その静謐な一刀が自身の頭を割る寸前に、ソエルは何とか首を右に反らした。
それに引かれるように身体も右に倒れる。
しかし、そのままでは左肩口から両断されてしまうので、ソエルは本能的に右手の剣を肩に当てた。
直後、左肩に今まで味わったこともない圧倒的な衝撃が走った。
「――!」
右に避けようとしたソエルの身体が、左方向へと錐揉み回転しながら飛んでいく。
左肩を支点、ゴンザの一刀を力点として、そちらに引っ張られたのだ。
「――かはっ!」
凄まじい衝撃に、受け身も取れずにソエルは地面に叩きつけられた。
「くっ!」
すぐに体勢を整えるが、ソエルの右の剣はゴンザの一撃により折れてしまっていた。
幸い、そのおかげでソエルの身体に斬られた箇所はなかったが、左肩はどうやら脱臼しているようだった。
「くうっ!」
ソエルは下唇を噛みながら、左腕を引っ張って無理矢理外れた肩を入れる。
「……」
ゴンザはその間、追撃もせず、ただ静かにソエルを見下ろしていた。
「ふう……」
痛みを堪えながら、ソエルも立ち上がり、ゴンザを見る。
(まいったわね……)
ソエルの表情は、端から見る限りはまだ余裕があった。
(これは勝てないわ……)
だが、その内心では、既に勝負がついていることを悟っていた。
これ程の一撃を放てるから、ゴンザは〈侍〉を名乗れるのだ。
活動報告に【裏話】が書いてあります。
もし良かったらご一読ください。




