大局
いつもありがとうございます。
一日一話更新、ついに途切れてしまいました。
拙作を楽しみにしてくださっている皆様、力不足で申し訳ありません。
こんな私ですが、もしよろしければ、これからもよろしくお願いします。
頭の中で、戦が始まる時の様子を思い浮かべると、そこには声というものが必要不可欠な要素として存在することに気付く。
味方を鼓舞する将の声、それに応える叫び声、敵に向かいながら発する雄叫び――そういった、いくつもの声と共に戦が始まると、多くの者はイメージするはずだ。
もちろん、エルフと鬼の戦士達もそう思っていた。
確かに、奇襲などの声を出さない戦の始まりもある。
しかし、今回は当然、声が開戦の切っ掛けを作ると、エルフと鬼は思っていた。
何故ならば、互いの相手が目の前にいるのだから。
これから殺し合うべき相手が、そこに存在するのだから。
自身を奮い立たせるためにも、腹から声を出す必要があるとエルフと鬼は思っていた。
だがしかし、そんなエルフと鬼の思いに反して、今回の戦はどちらも無言のまま始まった。
いや、いつが始まりなのか、エルフと鬼が判断が出来なかったと言った方が正しい。
彼らの敵は、ただ静かにゆっくりとこちらに迫ってくるだけなのだから。
王国の兵士達は、二十人単位の巨大な盾の甲羅を作り、じわりじわりと森に向かって歩いてきていた。
その無数の甲羅のどれかに、ソエルは身を隠していた。
「……」
彼女は無言で、事の成り行きを傍観していた。
この進軍方法は、ソエルが考えたわけではない。
彼女はただ、用事を伝えただけで、後のことは兵士に任せていた。
任せていたとは、随分信頼しているような言い方だが、実際はどうでも良かったのだ。
ここで何人死のうが、生きようが、ソエルにはどうでも良かった。
どんな状況になろうとも、彼女の目的は果たせるのだから。
エルフの長の子供を攫うという目的ではなく、亜人を斬るという目的の方だけだが。
そんなソエルの心が何となく分かるからこそ、兵士は一人一人が死に物狂いで、活路を見出そうとする。
死にたくないからこそ、全員が考え、全員で実行する――ソエルの部隊はこうして少しずつ、戦いの中で磨かれていくのだった。
やがて、その甲羅の一つが、エルフの射程内にゆっくりと入ってきた。
樹の上に陣取るエルフの弓の射程は、敵の兵士の弓の射程より僅かに長いので、敵はまだ大きな動きを見せていない。
だが、もう既にそこは殺し合う距離なのだ。
エドワルドは、その盾の甲羅に向かって、牽制の一射を放った。
その矢が盾に刺さる、カツンという音が、今回の戦いが始まる合図となった。
――カツン、と間の抜けた音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、兵士達は一斉に走り出した。
「……」
誰一人として声を発しないが、彼らはかなりの速度で森へと走っていった。
「……」
盾の殻の中心で、ソエルもその流れに静かに合わせた。
既に、異変に気付いたエルフからの矢が、昨日の雨の様に降り注いでいた。
カツンカツンカツンという数え切れない音に混じって、時々くぐもった声も聞こえる。
盾と盾の隙間から入った矢に当たった兵士の声だ。
それは森に近づけば近づくほど、その数を多くしていった。
いかに頑丈な盾の甲羅でも、それが無数の盾の集合である限り、隙間は必ず出来る。
ましてや今兵士達は走っているのだ。
先程のゆっくりとした進軍より、確実にその隙間は大きくなり、その数も多くなっている。
そしてエルフには、その隙間を正確に射抜ける弓の腕があった。
その結果が、この悲鳴の数の増加だった。
だが、兵士達にはそうしなければならない理由があった。
それは、エルフがその射程内に入ったら一斉に行動するためであった。
〝ゆっくり隙間を減らして進めば、犠牲は少ないかも知れない。でも、それじゃあ勢いが足りなくなるし、盾を開けた瞬間狙い撃ちされる。だから、君たちは死を覚悟して走るしかない。そうやって、狙いを定めにくくしつつ、一気に行動する。その先に、活路は必ず開ける〟
それは、出発前に数人の兵士に対し、作戦立案者の青年が言った言葉だった。
兵士達はその作戦に活路を見出したのだ。
すなわち――
「放てぇー!」
その声を合図に、盾の甲羅の中から何かが入った皮の袋がいくつも投げられた。
それが、巨木の上のエルフ達の足下の高さまで来ると、今度は盾の中から火矢が放たれた。
それはエルフではなく、皮袋に向かって飛んでいき、矢が当たった次の瞬間――その袋が炎の渦を巻き上げた。
油がたっぷり詰まった袋が弾け、引火した油が一斉に飛散したのだった。
――この作戦に。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
背が高い樹の上にいたエルフ達には大きな被害はなかったが、投擲された皮袋が届く程度の高さの樹に陣取っていたエルフ達は、その炎の雨をまともに浴びてしまった。
ドサドサドサと、炎に焼かれた痛みと衝撃に我を見失った無数のエルフが、樹の上から落ちてくる。
そんな地獄の様な光景に、エドワルドは辛苦の表情を、その面に刻んでいた。
だが、兵士達の攻撃はそれだけではなかった。
炎の渦が、その一瞬の勢力を弱めると、今度は地上から大量の煙が噴き上がってきたのだ。
エルフと鬼が炎に気を取られている間に、森との距離をさらに詰め、今度は地上に向けて干し草が大量に詰まった布袋をいくつも投げ、それを火矢と油を用いて一気燃やし上げたのだった。
その煙は、瞬く間に広がり、目と喉をやられたエルフは、樹から降りるしかなかった。
一方の鬼も、突然眼の前で干し草が燃え上がり、視界を塞がれてしまった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
その煙を雄叫びと共に突き破って、盾を持った兵士達が突っ込んできた。
エルフと鬼の視界を奪う二重構えの作戦――ここまでが、作戦立案者のあの青年が兵士に授けた策であった。
だが、皮袋の油はともかく、布袋の干し草の作戦は、雨に濡れた地面ではその効力を十分に発揮出来ない可能性があった。
だから、ソエルは再度の襲撃を、雨が上がったばかりの日中ではなく、夜まで延ばしたのだ。
ソエルが意図的にそうしたということに気付いてる者は、ここには一人としていなかったが、後日青年だけはその思惑に思い至った。
同時に、自分の作戦にはなかった兵士達の無言の進軍の事を聞いて、青年は嬉しそうに笑った。
相手のタイミングを外すための行動だと、青年は気付いたのだ。
少しずつではあるが、兵士達が自分で考え出していると、青年は後に妹に語る。
こうして彼は、ソエルへの崇拝と、部隊の完成への想いを強くしていくことになるのだが、それは一先ず後の話だ。
ともかく、こうして彼らはついに、森の中で激突することになる。




