のらり
いつもありがとうございます。
何とか滑り込みで、本日中に更新出来ました。
よろしくお願いします。
(かなり、大きい)
エルフほどの視力を有してない鬼のゴンザからすると、丘を超える度に近づいてくる、その船の大きさに少々圧倒される思いがあった。
テクシスリウス王国では、その特殊な海の事情もあって、長期航海を目的とした大きい船は、これまで作られて来なかった。
沿岸や、限られた狭い海域でしか航海しない船には大きさはあまり必要ではなかった。
せいぜい、マストを二本備えた、中程度の大きさの船があれば、王国内で困ることはなかったのだ。
王国唯一の長い航海を要求されるラートオン海峡にしても、その大きさの船であれば、十分渡れる距離と物流量なので、造船技術はそれ以上の発展を見せなかった。
過去には、激しい潮の流れに立ち向かうために、安定を求めて大きい船を造ったこともあったが、予想とは逆に、大きい船では激しい潮の流れの影響を諸に受け、すぐに難破してしまった。
逆に小型で軽い船の方が、潮の流れに巻き込まれても木の葉のように受け流し、生存の確率が上がることが判ってからは、船の大型化は完全に止まってしまった。
「これは……かなりの大きさですね」
ゴンザの隣にいた、エドワルドが言った。
そう――今ゴンザ達の前にある船は、王国の船の常識を覆す程の大きさを持っていた。
小さめの船首楼と大きい二層の船尾楼を持ち、五本の帆柱を備えた、雷蔵が生きていた《アース》と呼ばれる世界では、ガレオン船と呼ばれることになる大型帆船がそこにあった。
そこに今、二人のエルフと二人の鬼が、馬に乗って向かっていた。
エルフはエドワルドと、会合の時に一番発言をしていた年嵩のエルフ――レハンド。
鬼の方はゴンザと、二十歳を超えたばかりの若輩――トシ。
そんな彼ら四人が、船へと徐々に近づいていく。
既に甲板の上では、彼らに気付いた兵士達が弓を構えて、四人を狙っていた。
そんな兵士の間を割って、ソエルが姿を現した。
「エルフと鬼が何か用かしら?」
少女らしい透きとおった高い声だったが、そこに感情の抑揚というものは一切感じられなかった。
「君と話がしたかった。君はこの船団をまとめる者だろう?」
「貴方は昨日戦ったエルフね。貴方がエルフの長?」
「そうだ。君は彼ら全員の長だね?」
「貴方は鬼の長? エルフを助けに来たの?」
ソエルはエドワルドを無視して、ゴンザに問いかけた。
「……」
ゴンザは答えなかった。
その態度が、今はエドワルドと話す時間だと、少女に訴えかけていた。
「……質問は何だったかしら?」
それがソエルに伝わったのか、彼女はエドワルドに向かって言った。
「君がこの船団をまとめているのか?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわね」
「どういうことだ?」
「彼らは私に与えたれた部隊。でも、私はまとめていないわ」
「他にまとめる者がいるという意味かい?」
「違うわ。私はただ、自分がしたいこと、してほしいことを、彼らに伝えるだけ。彼らは自分達で考えてそれを実行する。これをまとめてるとは言わないでしょ?」
「そうだな。でも、君がこの部隊の中心だと言うことは分かった」
「そう。それで?」
「ヴァルマーの手の者だね?」
その言葉を受け、ソエルは帆を振り向いた。
「確かにあれはヴァルマー卿の紋章ね」
「違うと?」
「さあ、どうかしら?」
「君は亜人斬りかい?」
のらりくらりと掴み所のないソエルに、エドワルドが鋭く言葉で斬り込んだ。
「違うわ」
そこでソエルの顔は笑みを作った。
口角は上がっているが、目が笑っていない――喜の感情が、見る者に全く伝わらない異様な微笑みだった。
「私はエルフを狩る者よ」
「……なるほど。君に私たちが狩れるかな?」
「あら? 狩れるわよ? 昨夜証明したでしょう? 九人……いえ、お腹の中にいた赤ん坊も入れたら十人かしら? もうそれだけのエルフを狩ってしまったわ」
「――」
「そんなに怖い顔しないで。すぐに貴方も狩ってあげるわ。ついでに、その家族もね。二人、子供がいるでしょう? 男の子と女の子」
「何でそれを知っている、とでも驚けば満足かな? 昨日私たちが戦った部屋は子供部屋だった。ベットの数や置いてある物で、それぐらいの推察は出来るさ」
「何を言っているの? そんなことはどうでも良いの。ただ、貴方の娘にご挨拶がしたいだけ。昨夜は怖がらせてしまったから、謝ろうと思って」
「……残念だが、娘はもう森にいない」
「そうなの? ここから一番遠い森の端にでも、隠しているかと思ったのに」
「残念だが、戦えない者は、今はもうキズミ山脈に向かっている」
エドワルドは一切の動揺を見せなかったが、今言ったことは嘘だった。
戦えない者は、未だに森の端の集落にいる。
キズミ山脈から援軍が来た以上、キズミ方面はある程度安心だと思ったが、街道に伏せて、ゴンザ達の目を逃れた部隊がいるかもしれないという可能性を捨てきれなかったのだ。
「それは失敗ね。その道中に兵を伏せてあるの。森から出てくる者達だけを狙う――エルフを狩る者たちを」
ソエルのこれは嘘だった。
海を渡ってきたのは、この場の部隊で全てだ。
「そうなのかい? それはまずいね。一体どうやって? 他にも船があったのかい?」
「船も無数にあるし、港も無数にあるのよ? すごいでしょ?」
「港が無数? どういうことだい?」
「少しは自分で考えたら?」
「――。そうだね」
エドワルドは、こちらを馬鹿にするようなソエルの発言にも、顔色を一切変えなかった。
港が無数にある――ソエルのこの言葉には二つの意味が隠されていた。
一つは、王国本土やアーサーボルト領のほぼ全ての沿岸海域の海底には、ほとんど浅瀬という場所が存在しないということ。
海の大瀑布“エクスダス”が生み出す、激しく特殊な潮の流れによって削られ、本来浅瀬になるはずの陸地のすぐ傍まで、ある程度の水深が保たれている。
だからこそ、ある程度の水深が要求されるソエル達の大型帆船でも、こんなに切り立った岸壁寸前で停泊出来るのだ。
それはつまり、無数の場所から上陸出来るということを示唆している。
もう一つは、錨を打っているとはいえ、潮の流れが激しいはずのこの海域に、八隻もの船が互いにぶつからずに停泊出来ているという事実に対する答えだったが、それをエドワルド達が知るのは少し先のことになる。
「それより、今頃、娘は殺されているかもしれないわね?」
「彼らの護衛には、エルフと鬼の戦士がついている。心配は要らないさ」
「相手の数も把握していないくせに、よく言えるわ。自分の家で匿っていた方が、まだ良かったんじゃないかしら?」
「君たちがいつ攻めてくるかも判らない場所の方が安全とは、とても思えないね」
「そうかしら? 奇襲ならともかく、警戒されている今の森の中を、あそこまで行くのは相当骨が折れると思うのだけど?」
「試してみるかい?」
「そうね。明日の昼にでも試してみようかしら。イグニスからの援軍もその頃には到着しているのでしょう? 辺境伯はいないでしょうけど」
「何故そう思うんだい?」
「さあ? 何故かしら? ああ、そういえば――」
そこでソエルは改めてエドワルドの顔をまじまじと見た。
「辺境伯で思い出したのだけど、私、貴方の顔を昔見たわ」
他者に興味を持てないソエルにしては有り得ないことだった。
「その時に、貴方をいつか斬れと言われたから、覚えていたのね」
他者に興味はないが、それが標的であるならば少しは記憶しているソエルだった。
「七年前の王の葬儀にいたでしょう? 私もあの場にいたのよ。まだ三歳だったけど、あの場にいた全ての亜人をいつか斬れと言われたから、何となく全員の顔は覚えているの」
「君もあの場にいたのか?」
「ええ。そういえば、あの時はご挨拶出来なかったわね。はじめまして――」
そして少女は、空虚な笑みをさらに深くした。
「ソエル・テクシスリウスよ」




