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根絶やしの弟

いつもありがとうございます。


よろしくお願いします。

 

「ヴィクトリアは眠っているのか?」


 仲間達との会合の後、エドワルドはルシールと共に二人の寝室を訪れた。

 子供部屋の窓が破壊されたので、子供達をこちらに移したのだ。


「ええ、アランドルもヴィクトリアが心配でさっきまで起きていたのだけれど、今は眠ってしまったわ」


 そこには苦しそうに眠るヴィクトリアと、泣き腫らした目で眠るアランドルがいた。


「……」


 二人の頭を、エドワルドがそっと撫でる。


「あんな大声を出して、必死でアランドルを守ろうとしていたんだ。無理もない」


 エドワルドは、子供部屋に飛び込んだ時のヴィクトリアの必死の表情を思い出した。


「そうね……。この子のあんな様子、始めて見たわ。身体が弱いのに、アランドルのために無理をしたのね。強い子だわ……」


 ルシールも夫の横から、ヴィクトリアの頬を撫でた。


「ああ」


 しばらくそうしていた二人だが、やがてエドワルドが言いずらそうに口を開いた。


「……戦えない者は森の入口近くの集落に移すことになったんだが、この様子ではヴィクトリアは難しそうだな」


「ええ、今は安静にした方が良いと思うわ」


(……それもあるが、今のヴィクトリアでは、何かあったとき、足手まといになる。長の立場では、自分の娘のためとは言え、仲間達の危険を高めるわけにはいかない)


「そうだな。アランドルだけ避難させて、ヴィクトリアはこのままここで様子を見よう。すまないが、頼めるかルシール?」


「ええ、もちろんよ。……アランドルはこのまま寝ている間に避難させましょう。起きたらきっと離れたくないと駄々をこねるから」


「そうだな。隣のサファイに一緒に避難してくれるように頼んでおこう」


「ええ、そうね。わたしが話しておくわ。あなたは里のために働いてきて」


「わかった。許してくれ……、ヴィクトリア、アランドル」


 こうして、ヴィクトリアはそのまま自宅へ残ることになった。





 夜の帳が上がる少し前に、嵐は完全に森を去った。


 朝日と共に、森の入口付近からイグニスとキズミ山脈に向けて狼煙が上がる。

 それぞれの方向にある中継地点の村から、伝達の狼煙が上がったのを見届けたエドワルドは、今度は正反対の海側の森の入口へと移動した。

 そして、着いてすぐに入口付近の巨木に登り、上から海を監視している仲間に「どうだ?」と声をかけた。


「今のところ、異常なしです。奴らが船に逃げ帰ってから今まで、大きな動きはまったくありません」


 先程の会合の際、こちらから攻め込まないことを不満そうにしていた若いエルフが言った。


 二人の視線の先――緩やかな丘を三つほど超えた先に大海原が広がっており、そこに普段見慣れない大きな船が停泊している様子が、はっきりと見えた。


「大きいし、数も多いな。八隻か……」


 その帆柱の上には、こちらと同じく偵察のための兵士の姿が見えた。


(おかしい……。静かすぎる。いくら大森林が広くて、樹が大きいとはいえ、奴らからも狼煙が見えたはずだ。何故動かない?)


 エドワルドの懸念であった、援軍到着前の襲撃は、今のところ無さそうだった。


「奴ら、どうやってあの流れの激しい海を越えてきたんでしょう? 普通だったら、難破しているところですよ」


「判らん。だが、八隻の船団が同時に海を渡ってきたということは、海を渡れる技術が王国内で完成したと見ていい。ヴァルマーめ、一体どんな方法を使ったんだ……?」


「ヴァルマー? 宮中伯のシグタート・ヴァルマーですか?」


「ああ。まだ君が生まれる前にあった全面戦争で、私たちが唯一仕留め損ねた、亜人斬りの弟だった男だ」


「亜人斬りの弟……? 宮中伯が?」


「……いろいろあったのさ。いろいろな……」


 エドワルドの沈痛な面持ちに、若いエルフはそれ以上深くは訊けなくなってしまった。


「あ、あの、何故ヴァルマーの仕業だと?」


 重い空気を消そうと、若いエルフが言った。


「……あの船の帆に書かれた紋章だよ」


 そう言われ、若いエルフがその優れた視力でよく見ると、白い帆に円を幾つも重ねたような、幾何学的に描かれた紋様があった。


「あれがヴァルマー家の紋章だ」


「……わざわざ自分の存在を僕たちに伝えてるんですか? 何故そんな愚かなことを? 他の貴族が宮中伯を陥れるために、あの紋章を掲げているのでは?」


「それはないだろう。並の貴族であれば、まずあれ程大きな船を八隻も用意出来ない。それに、彼を陥れることなど誰にも出来ないさ」


「どうしてです?」


「アーサーボルト領にいると、分からないが、今の王国に彼に逆らえる者などいないからだ。私はそれを、七年前の前国王の葬儀の時に、思い知ったよ」


「アーサーボルト卿や、領内の亜人の代表と共に参列した葬儀ですね」


「ああ……。その葬儀の席で、彼はアーサーボルト卿や私たちを前に、いや、葬儀に参列した現国王や全ての貴族を前に、こう言い放ったのさ――“これから二十年以内に、亜人どもを必ず根絶やしにしてやる”とね」


「なっ! そんなまさか……」


「本当のことだ。そう言い放った彼を、誰も咎めようとはしなかった。今の国王さえもね。……既に王国は彼の手のひらの中にあったんだ。混乱を懸念したアーサーボルト卿の命で、領内の亜人の中でも、葬儀に参列した族長以下数名の者にしか知らされていないが、ヴァルマーには隠す必要がないのさ。そして、彼を陥れて得をする程の力を持った貴族もいない――少なくとも七年前はそうだった。それに――」


 そこでエドワルドは一層強く、ヴァルマーの紋章を睨みつけた


「そもそも他の誰かが亜人を襲って、喜ぶことはあっても、それがヴァルマーを煩わせることにはならないのさ」


 そう言ったエドワルドの横顔を、若いエルフはただ茫然と見ていた。



「さて、私はそろそろ他の状況を確認するため、家に戻る。何か動きがあったらすぐに鏑矢かぶらやで知らせてくれ」


「――わ、分かりました。船の周囲にいる仲間達にも伝えておきます」


「頼む。ああ、それとクラド、今私が話したことはもうしばらく内緒にしておいてくれ。この状況が落ち着くまでは、余計な混乱は避けたいからな」


「分かりました」


 クラドと呼ばれた若いエルフは頷いた。


「すまん。この危機が去ったら、必ず皆には伝えるから、それまではよろしく頼む」


 そう言って、エドワルドは気を降りていった。



 やがて、太陽が真上に差し掛かる頃、森の西の方からキズミ山脈の鬼達の到着を知らせる連絡が入った。

 出向かえの準備をしていたエドワルドの家に、その鬼の男はやってきた。


「エドワルド、久しい」


 ジュウベイより二回りは大きな巨躯を持つ、鬼族の副族長――ゴンザだ。


「一体、何、あった」


「また……戦争が始まりそうです」



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