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夜明け前

いつもありがとうございます。


よろしくお願いします。

 

 ソエルの唐突の幕引きから我に返ったエドワルドは、家族の無事を確認すると、素早く事態の把握に入った。


 まず、十人の仲間に声をかけ、ソエル達の後を追わせた。

 次に、里の被害を知るため、残った仲間をいくつかの班に分け、森の見回りを命じた。


 しばらくして、その仲間達からいくつかの情報がもたらされた。


 まず、ソエルの後を追った仲間から、退却したソエル達の人数は百人近くいたこと、海に停泊した船団に戻っていったこと、その船団の数は八隻――その全てが大型の帆船で、そこにはさらに百人近い兵士の姿が確認できたこと等、敵の情報が手に入った。


 次に、班に分かれた仲間からは、九人の里の住人が無残な姿で発見されたこと、その中には一月半前に妊娠を祝ったエルフと人の夫婦もいたこと、そしてその傍にはまだはっきりとした形を成していない胎児らしき姿も確認できたこと等、耳を塞ぎたくなる情報が伝えられた。



 その報告をエドワルドは、自身の家の広間で聞いていた。

 そこには他にも、里の主立った者達が集まっていた。

 その表情は、皆一様に重かった。

 想像以上の事態に直面したからだ。


「……」


 だが、エドワルドだけは違った。

 彼は殺された仲間達に黙祷を捧げていたのだ。

 静かに、この場でただ一人だけ。


 それは――


「……おそらく、私が対峙したあの少女が、今代こんだいの亜人斬りだ」


 この場で彼だけが、新たな戦いの始まりを知っていたから。


「――」


 エドワルドが“亜人斬り”という言葉を口にした直後、その場の誰もが鬼気迫る表情を見せた。

 それほどエルフにとって、いや、亜人にとって、その存在は特別なものだった。



【亜人斬り】

 亜人を斬るためだけに作られたかのような存在。

 遙か昔、大陸が分かれたのと時を同じくして、その存在が始めて確認された。

 突如、自然発生的に現れたその存在は、亜人を殺し尽くすことを唯一の目的とし、そこにいるだけで争いの火種となる禍々しい者として、歴史に残っている。

 テクシスリウスの建国以来、歴史の中に幾度もその姿を現し、大きな争いの火種になることもあれば、存在が確認されてすぐに、亜人によって殺されることもあった。


 その共通点は三つ――人であるということ、その性別が女性であるということ、そして、亜人を斬るということに病的なまでに偏執していること。

 それ以外の、身体的特徴や生まれ等は、各々の亜人斬りによって異なるが、その多くが卓越した戦闘技術と頭脳を持ち、二十年前の全面戦争の折りにも、その力をまざまざと見せつけ、アーサーボルト領の者達を大いに苦しめた。



 〝“亜人斬り”を見た亜人は、どんな手を使っても、その存在を殺さなければならない。見逃すことも逃げ出すことも許されない。殺さなければ、全ての亜人が殺される〟

 ――とさえ、言われる存在。



 ただ一つ亜人にとって救いがあるとすれば、彼女らは一つの時代に一人しか存在できないということ。

 理由は判らないが、前の亜人斬りが死なない限り、次の亜人斬りは生まれない。

 なおかつ、前の亜人斬りが死んでから十年は新しい亜人斬りは生まれない。

 少なくとも、今までのテクシスリウスの歴史の中ではそうだった。


「……エドワルド、確かなのか?」


 年嵩のエルフが尋ねた。


「あくまで、おそらくという推測の域を出ないことだ。だが、私があの少女に感じた恐怖は、あの戦争の時の亜人斬りに感じた恐怖と同じものだった」


 そう言うエドワルドの頬には、血止めの布が当てられていた。

 ソエルが最後につけた傷の治療のためだった。


(エドワルドに傷を負わせるほどの手練れの少女――ヴィクトリアとそんなに歳も変わらないようだと言っていたが、まさか亜人斬りとはな……)


 年嵩のエルフもまた、かつて見た亜人斬りの姿を思い出していた。


(一見、散る前の花のような儚さを持った美しい女だったが、エルフを前にしたときの、あの嬉しそうな悪魔のような微笑みは忘れられん)



 亜人斬りが厄介なのは、その存在が亜人斬りなのかどうか、普通では判別出来ないところにある。

 大きな戦に姿を現す亜人斬りは判りやすいが、ひっそりと世間の影で暗躍する亜人斬りなど、歴史の表舞台に姿を現さなかった者もいる。

 長らく亜人斬りの存在が確認されなかった時代もあるが、そういう時代は、人知れずその時代の亜人斬りが死んだからだろうとされている。


 では、そんな亜人斬りを一体どうやって特定するのか――


「とにかく、まずはアーサーボルト卿に連絡しなければ……」


 それは、アーサーボルトの血統を持つ者だけが、その存在を確認出来る。


 両者の血が呼び合うそうだ。


 亜人の護り手としての力を持つ“アーサーボルト”と、亜人を斬るためだけの存在“亜人斬り”――人と亜人はこれを“宿敵”と呼ぶ。



「雨も小降りとなり、風も少し弱まってきています。この分なら夜明けと共に狼煙を上げられるでしょう」


 気候を読むのに長けたエルフが言った。


「一過性の嵐で助かったということか……。夜が明け次第、イグニスとキズミに連絡を送る。外敵との交戦を知らせる赤色の狼煙を上げよ」


 エドワルドの言葉に、一人のエルフが頷いた。


「女、子供や戦えない者はどうする? 森からキズミ辺りに移すか?」

 先程の年嵩のエルフがまた口を開いた。


「……方法は判らないが、海からの上陸が可能になったということは、領内の他の場所でも争いが起きている可能性がある。街道の途中に、他の敵が姿を隠している可能性もな。今のこの状態では、森の比較的安全な場所に留めておいた方が良いだろう」


「分かった。海から一番離れた森の入口辺りの集落に移しておく。あそこなら外に逃げることも、逆に外からの敵から、中に逃げることも出来るからな」


「頼む」


「それで、これからどうします? 海の奴らにこちらから攻め込みますか?」


 今まで黙っていた若いエルフがエドワルドに問うた。


「いや、相手の数が多すぎる。こちらから攻めるより、地の利を生かして森で迎え撃った方が賢明だろう。領内の他の状況が判らない今、援軍が来ない可能性だってあるのだから、しばらくは防衛に徹する」


「……分かりました」


 若いエルフは何故か少し不満そうだった。


「まずは、敵への警戒を密にしつつ、守りの準備を調えろ! 戦えない者は避難させ、夜明けと共に狼煙を上げろ!」


「おう!」


 エドワルドの号令に、その場のエルフ達が応え、各々が自分の役割を全うするため動き出した。


 ここに、エルフ達の徹底抗戦が決まった。



「あなた……」


 一段落したエドワルドに、妻のルシールが遠慮がちに声をかけた。

 その妻の蒼白な顔を見て、エドワルドは何か良くないことが起きていることを悟った。


「どうした?」


「ヴィクトリアが、倒れたの……」


 悪いことは、こうして重なっていく。



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