あっ、大体その通りになります
いつもありがとうございます。
何とか、この話で、七月中は一日一話投稿が達成出来ました。
これも、いつも読んでくださっている皆様のおかげです。
一日のPV数を見る度に、次の話を書く活力になります。
本当にいつもありがとうございます。
これから先、この投稿ペースが守れるかは分かりませんが、なるべく維持出来るように頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
「でもさー、その時、姫様が近くにいなかったらどうするの? 仮にいたとしても、あの姫様が素直に退却するとは思えないんだけど……」
王都のある場所で、青年と少女は静かに言葉を交わしている。
「場合によるだろうな」
「場合?」
「ソエル様が必要だと感じたら、あの方は退却なさるさ」
「ホントに? いつもみたいに暴走して、敵の真っ只中で暴れるだけじぁないの?」
「……お前には何度も言っているが、ソエル様は考えなしに暴れているわけではない。その中には、ソエル様なりのお考えがあるのだ。……確かに亜人を前にしたソエル様は我慢が利かない所もあるが、決して愚かではない。その必要を認めれば、私の作戦通りに動いてくださり、充分な戦果と共にお戻りになられる」」
「……アニキ、それ前も言ってなかった? セイレーンの時に。あの時もそんなこと言ってたけど、結局は部隊の半数以上が死んで帰ってきたじゃん」
少女は、青年が盲目的にソエルを信じていることに、かなり呆れ果てた顔をしていた。
「以前の失敗は私の立てた作戦が充分ではなかったのだ。まさかセイレーンにあんな切り札があるとは……」
セイレーンとは、王国北部の沿岸に住む亜人で、上半身が人で、下半身が鳥の姿をした種族である。
「……まあ、確かにあれはアタシも予想外だったけど、その前に姫様が暴走したのが悪かったんじゃないの?」
「違うな。それは間違っているぞ、妹よ。ソエル様があのタイミングで斬り込まなければ、セイレーン達はもっと効果的な所で、あの切り札を切ってきたはずだ。ソエル様の御慧眼があればこそ、あの程度の被害で済んだのだ」
「だけどさー、姫様がいきなり突っ込むもんだから、兵士達は数人しかついて行けなかったらしいじゃん。姫様がちゃんと指揮してれば、切り札を使われることもなかったんじゃないの?」
「それはついて行けなかった兵士達が悪いのだ。ソエル様がわざわざ指揮をお執りになられなくても、ソエル様の意図を予測し、自らの意思で先んじて行動する――ソエル様の部隊に配属されたのなら、最低限そうなってもらわなければ困る」
「そんなの無茶苦茶じゃん。まだ統制もとれてないんだよ? 姫様以外は誰が上で誰が下かも判らない――そんな状態で戦わせて、自主性も何もあったもんじゃないでしょ? いくら犠牲を払っても足りないよ?」
「犠牲は厭わないと、閣下からも許可をいただいている。上下の区別をつけないのも、自然と優れた者が上に上がってくるのを期待してだ。既に数人、めぼしい者が上がってきている」
その数人こそ、先程青年が「矢が縦横から放たれる状況になったら退却しろ」と伝えたという者たちだった。
「その数人のために、どれだけの命が散っていったか本当に解ってるの? それに、犠牲の中には亜人じゃなくて、姫様に殺された兵士もいるって聞いたけど?」
「部隊の初陣でのことを言っているのなら、あれはソエル様の意図が読めなかった馬鹿が暴走したからだ。あそこでソエル様が馬鹿をお斬りになったからこそ、はっきりと彼らはソエル様のことを意識することが出来たともいえる。恐らくソエル様の中では、そこまで計算された行動だったのだろうと私は思っている」
「……ただ単に、頭に血が上って、敵味方の識別が出来なかっただけじゃないの?」
「そう周りに見えていたのなら、それこそソエル様の計算通りだろうな。そういう得体の知れない存在だと、兵士達はさぞかし恐れおののいたことだろうな」
クックックと、青年は笑った。
「……亜人の解剖をすることも兵士に恐怖を与えるため?」
ソエルが、本格的な襲撃の前に行う“こだわり”のことを、少女が問う。
「あれは演出も兼ねた学習だよ。亜人の、その種族ごとの身体の構造を解体して調べているのさ。どこをどう斬れば良いのか、をな。そうして全てをお調べになられてから、殺戮を開始する。身体の構造を知っているからこそ効率的に殺し尽くせる――実に合理的なお考えではないか!」
興が乗ったかのように、青年は哄笑した。
「……嬉しそうだね」
顔には出さなかったが、少女はそんな目の前の兄に嫌悪感を覚えた。
「ああ、もちろんだ。論理的思考力を兼ね備えた生粋の亜人斬りに、戦場で磨き上げられた生え抜きの兵士達――まさに亜人を殺し尽くすに相応しい部隊ではないか!」
青年は、愉快な感情が抑えられない、という様子だった。
(こういうときのアニキは、あんまり好きじゃないな……)
普段の、少女が慕っている兄は、亜人とソエルが関わると変わってしまう。
だから少女は、ソエルの事が好きではなかった。
「アニキ……、“蠱毒の部隊”でも作るつもり?」
「蠱毒? 確か、いくつもの虫を壺に入れ、互いに食い合わせ、残った虫だけを用いる呪術だったか? ……そうだな。敵と殺し合わせ、優れた兵士だけが生き残っていく、という意味では、似ているかもしれないな」
儀式自体もそうだが、もう一つ――そこに残った一匹の虫から抽出した毒のことも“蠱毒”という。
少女は暗に、その毒とソエルを絡めていた。
兄を含めた周りの人間に、亜人排斥という呪いをかけている、毒姫の部隊を作るつもりか、と皮肉ったのだ。
だが、そんな少女の内心に、酷薄な笑みを浮かべた青年は気付かない。
「――そうして完成した部隊をソエル様が率い、私がその補佐をする。その時こそ、この世界から亜人という異物を排除出来るのだ!」
「……」
少女は、その瞳に少しの悲しみを乗せ、青年を見ていた。
「お前は私を、ソエル様の敬虔な信者だと思っているだろう?」
ひとしきり愉快な気持ちを味わった後、興が醒めた青年が少女に問うた。
「……まあね。正直、アタシはヴァルマー様やアニキほど、姫様に期待はしてないよ」
むしろ嫌いだと、少女は思っていた。
だが、目の前の青年も、その主である宮中伯もソエルを高く評価していた。
それが、少女にはたまらなく嫌だった。
「お前にもいずれ分かるさ。あの方の素晴らしさがな」
「“素晴らしい”なんて、ちんけな言葉ー」
「そうとしか言いようがないからな。仕方ないさ」
「……じゃあさー、本当に最悪の事態に陥っても、その素晴らしい姫様なら切り抜けられるのかな?」
「どういうことだ?」
「たしかさー、盾の他にも高所からの攻撃を防ぐ作戦を提案してたよね?」
「ああ、高所からの攻撃など、防ぐ方法はいくらでも思いつくからな。その内のいくつかは伝えてある」
「例えば森に火を放つとか?」
「そうだな。誰でも思いつく簡単なものだが、最も効果的な方法でもある。そこから発生する煙も、高所からの攻撃を阻害するのに役立つしな」
「雨だったら使えないよね」
「一応、火付けのための油も渡してあるが、雨や、雨が上がってしばらくは高い効果が見込めないだろうな」
「援軍の可能性は? たしか、アーサーボルト領って狼煙の整備が行き届いていたよね?」
「ああ。それだけじゃなく、襲撃に対してどういう対策をするか、事細かに決まっているらしい。アールブ大森林が襲われたとしたら、まずは一番近くのキズミ山脈から援軍が来るはずだ」
「早くて半日ぐらい?」
「そうだな。ちなみにイグニスからだと、最低でも一日半はかかるはずだ」
「そっかー……」
「おい、さっきからいったい何だ? 何が言いたい?」
「うーん……、例えばさ――」
そして少女は話し始めた。
適当に、簡単に思いついた、兄を皮肉るためだけの、戯れの、最悪の状況を――。
「大雨――まあ嵐で良いや。嵐の夜に奇襲をかけて、適当なところで退却するの。当然その時点で、相手には警戒されるよね? そうこうしている内に、丁度朝日が昇るぐらいに嵐が過ぎ去って狼煙が上がる――昼ぐらいには鬼達の援軍が来るとするよね? 雨上がりで火が使えない中、そこで軽く一戦交えて、また退却するの。次の日の朝か昼にはイグニスからの援軍も到着して、そこにはかの有名な〈疾風迅雷〉の姿も見える。さて、こんな最悪な状況で、あの素晴らしい姫様は、目的を果たすことが出来るでしょうかー?」
先程までの、自身の兄に抱いた嫌な気持ちを拭い去るように、少女はことさら戯けて、問いを投げた。
「……」
青年は意外にも、少女のその問いに対して一考した。
だが、やがてうんざりしたように息を吐いた。
「……有り得んな。まずそもそも、あの聡明なソエル様がそんな事態に陥るはずがない。最悪を想定することは、作戦を立てる者にとって必要なことではあるが、その最悪とは、あくまで論理的に起こりえる範囲でのことだ。地震や津波を考慮して作戦を立てる必要などない。少なくとも私なら、そんな可能性は排除して作戦を立てる」
「地震が起こった時の撤退方法とか、一応想定しといても良いんじゃないの?」
「時間の無駄だ。必要ない」
「うーん、でもこれって充分起こり得る範囲のことじゃない?」
「断じて有り得ん。まず嵐になるかも知れない天候で船は出さん」
「分からないよー。あの姫様だもん。一言言えば、周りは船を出すしかないよ?」
「……だからと言って、夜に奇襲は有り得ん。犠牲が出るだけだ」
「犠牲は厭わないんじゃなかったの?」
「無駄死にと、犠牲は違うものだ」
「そんな過酷な状況を乗り越えてこその、蠱毒の部隊じゃない?」
「勝手に変な部隊名を付けるな。どうせなら、先代の亜人斬りが率いた隊と同じく〈撃滅〉と呼べ」
「嫌。なんか安直だし、あそこまで練度高くないでしょ」
「いずれはそうなる」
「じゃあ、そうなってから呼ぶわ。それまでは〈蠱毒〉ね」
「……はあ、勝手にしろ」
青年は呆れていた。
「……百歩譲って嵐の夜に奇襲し、退却したとして、奇跡のような確率で雨も上がって、狼煙も上げられたとしよう。それでわざわざ援軍を待つ必要がどこにある? エルフに対して十分な数の兵士を持たせているのだ。火など使わずとも、援軍が到着する前であれば、正攻法で十分圧倒出来る」
「あの姫様なら、鬼と戦ってみたいから、とかで待ちそうじゃない?」
「……」
少し有り得るかもしれないと、青年は思った。
思ってしまった。
「……じゃあ、鬼と一戦交えた後に、イグニスの援軍が到着するのを待つのは〈疾風迅雷〉と戦ってみたいからか? 奴が来るわけなかろう。こういう事態に陥った時、あの領主は如何なる事態にも対処出来るようにイグニスに残るはずだ。念には念を入れて、囮も放っているしな」
「ああ、そういえば、ヴァルマー様の子飼いの罪人をアーサーボルト領に送り込んだんだっけ?」
「ただの罪人ではない。閣下が昔から汚れ仕事をさせてきた手練れの男達だ。罪人として、牢とは名ばかりの大きな屋敷に住まわせているほどのな」
「〈疾風迅雷〉の子供を誘拐させるためにだっけ? それこそ無理なんじゃない?」
「可能性は低いが、あの男達なら不可能ではない。外道には外道のやり方があるからな。まあ、だが失敗するだろうがな。あの男達の目的は、あくまで陽動だ。騒ぎを大森林以外でも起こして、〈疾風迅雷〉の意識を領内全ての警戒に向かわせるためのな」
「警戒を煽るために、わざわざ“竜の貴族”にも、その罪人達のことを気付かせたんだよね?」
「ああ、こちらの予想通り、〈爆炎〉は〈疾風迅雷〉に手紙を送った。すべては閣下の手の中だ」
「ホント手が込んでる」
「全面戦争以来の、新たな戦争の始まりだからな。あらゆる手を尽くすさ」
「そのあらゆる手は、姫様の戯れで無駄に終わる、と」
「馬鹿な事を言うな。お前の有り得ない予想が全てその通りになったとしても、ソエル様は必ず目的を果たされる。だからこそ、ソエル様は素晴らしいのだ!」
(しまった! またアニキの変な所を刺激しちゃった!)
徐々に興奮し始めて青年を抑えるために、少女は慌ててこう言った。
「無理無理、絶対無理! 自分で言っといて何だけど、その状況で、エルフの長の子供を攫ってくるなんて絶対不可能だって!」




