その腕前は神にも届く
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(空を飛ぶのも飽きたのう……)
雷蔵が魂魄になってから既に数時間が経っていた。
最初は空から見える見事な景色に心を奪われた。
馬よりも速く地上から離れていく自分を面白くも感じた。
やがて地球全体をその視界に収めると、こんな大きなものの中で儂は生きていたのか、と驚いた。
次に輝く星々を同じ目線で見ることができたときは、感無量であった。
しかし、突如として星々の間に現れた黒い穴に吸い込まれてからは闇しかなかった。
ふわふわとして浮かんでいる感覚はあったが、辺り一面闇に覆われていて、自分が進んでいるのか止まっているのかさえ雷蔵には判らなかった。
(このまま天には着かんのかもしれんのう)
これが死というものか、と雷蔵は思った。
(この人斬りが極楽に行けるなぞとは端から思ってなかったが、この闇が地獄というやつかもしれんの)
この闇の中で永遠に過ごす――確かにこれは雷蔵にとって地獄のような生き方だった。
仏に会えないにしても、地獄で鬼を斬ることぐらいは出来るだろうと、雷蔵は本気で考えていたからだ。
「せめて刀があれば、素振りぐらいは出来るんじゃがな……」
苦笑をもらすが、死して裸一貫で天に向かう雷蔵にはそれすら望めなかった。
「死しても刀一筋ですか。やはり貴方は面白い人ですね」
「――誰じゃ?」
突如聞こえた女の声に雷蔵は静かに汗をかいた。自分をして、何処に気配があるのか読めなかったからだ。
胡座を組んだその身体から一瞬にして剣気が迸る。
自然体こそ刀の極致の一つだが、この剣気を張り巡らせることも、同じく武の極致の一つであった。
「と、突然すみません。私はイリスと申します」
突如世界に光が溢れ、雷蔵の目の前に美しい女神が姿を現す。
その、この世ならざるあまりの美しさに雷蔵は度肝を抜かれたが、その動揺を一切態度には表さなかった。
光が溢れ、今度は白一色となった世界をイリスと目を合わせたまま素早く探る。
そして、自分の間合いに存在するのがイリスだけだと確認すると、雷蔵は一切の剣気を収めた。
「これはまっことめんこいおなごじゃ。あんたが仏様かい?」
自分に向けられていた重圧が一切なくなり、次の瞬間には温かく微笑みを向けてきた雷蔵にイリスは驚愕した。
(これは……本当に神に届く腕前ですね)
この世界の最高神であるイリスをして、雷蔵を読み切るのは不可能であった。
今の雷蔵の纏う空気には全てを包み込むような安心感がある。
しかし、先程雷蔵が発した剣気には、イリスをして斬られると思わせる確かなものがあった。
今ですら温かな雰囲気ではあるものの、こちらを最大限警戒しているような、そうでないような読み切れないものをイリスは感じていた。
(まるで水のように掴みどころがない――これが石動雷蔵。見事です。人の身でありながら、よくぞここまで……)
「仏様?」
「あ、も、申し訳ありません。そうですね。仏だと思っていただいてかまいません。よろしければイリスとお呼びください」
「いりす?」
「そうです。イリスです。仏……、正確には神ですが、この世界を管理しております」
「はあ、神さんか。本願寺を斬った儂に説教でもしにきたんですかのう?」
「ち、違います。貴方を私の世界に転生させることになったのでそのご挨拶に……」
「転生? 輪廻転生というやつですかの? なんじゃ、坊主の話では解脱すればその輪からも解き放たれると聞いとったが、儂はまだ解脱できてなかったのかのぉ……」
雷蔵はガクンと頭を垂れた。
「……やはり仏を斬らんと解脱には至れんということか」
この際斬っておくか、と言うような雰囲気で雷蔵はおもむろに立ち上がった。
ちなみに雷蔵は全裸である。
「ひ、ひいいい! ち、違います! 貴方は解脱には至りました! これには訳が――まずは話を聞いてください!」
「冗談じゃ」
かっかと笑って雷蔵は再び座った。
「自分が解脱に至ったのは知っておるよ。儂の感覚がそう言っとったからの。儂は儂を信じておるからのう」
「……」
このジジイに神罰を食らわしてやろうか、とイリスは本気で考えた。
「それで――あんたは儂に誰を斬ってほしいんじゃ?」