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或いは一方通行の死闘

いつもありがとうございます。


優しい方達がブックマーク登録と評価をしてくださったので、なんとか総合評価200pt越えを再び達成しました!

本当にありがとうございます!


累計PVも3万アクセスを超え、本当に感謝の言葉もありません。


このご恩をなんとか作品の質で返していけるよう頑張りますので、これからも、どうぞよろしくお願いします。

 

 重く、身体に響く鐘の音を聞きながら、エドワルドとソエルはどちらからともなく、高まった緊張を緩めた。

 命のやり取りの最中に、気を緩めることが出来る胆力をこの二人は持ち合わせていた。


「……」


 エドワルドは矢を番えたまま――


「……」


 ソエルは右手に短剣と構えたまま、静かに視線を交わす。



 やがて鐘が鳴り止み、ソエルの方は、それを合図としたかのように、短剣をダラリと下ろしてしまった。


「……君は誰だ?」


 エドワルドは矢を番えたまま、ソエルに声をかけた。

 インファイトの短剣と違い、アウトレンジの弓は構えを解いてしまうと、番うのがいくら速いとは言え、エドワルドの方が圧倒的に不利になってしまうので、これは必要な警戒だった。

 ソエルが、それを誘うために構えを解いた可能性も、当然あるのだから。


「ヴァルマーの手の者か?」


 宮中伯“シグタート・ヴァルマー”――王国内の亜人排斥派の急先鋒で、二十年前の全面戦争よりさらに昔から、このアーサーボルト領とは因縁のある相手だった。


「……」


 ソエルは何も答えない。

 だが、ソエルの部隊を創設した王国の有力者こそ、このシグタート・ヴァルマー卿であった。


「どうやってここへ? ネフィリムを通ってきたのか?」


 エドワルドは、ソエルが海を越えてきたことをまだ知らない。

 王国から来たのなら、南の防衛都市を通るルートしかないと思っている。


「……外から人の気配がする。他にも仲間がいるんだな?」


 外から誰かが近づいてくる気配を、エドワルドもソエルも感じていた。


「……」


 だが、ソエルは何も答えない。


「……」


 そして、エドワルドも静かにその時を待った。


「……」


「……」


 外の気配がいよいよ窓の辺りに近づいてきたとき、雨音を切り裂く鋭い音がしたかと思うと、人の微かな呻き声と、ドサリと何かが地面に倒れる音がした。

 ソエルの様子を見に来た兵士が、射殺いころされたのだ。


「残念だが、待っていても助けは来ない。彼らはここで死ぬ」


 そして、〈五月雨雪月花〉が始まった。





 家の外から、ヒュンヒュンと、無数の鋭い風切り音が木霊している。


「……」


 だがソエルは、それらの雑音に一切耳を傾けなかった。

 エドワルドが、仲間の反撃を待っていたように、彼女も、ただ待っていた。


「……」


 自らの反撃の準備が調うのを。


 そして――その準備が調ったという合図が、彼女の右手首に届いた。





 エドワルドもソエルも、互いの動きに警戒しながらも、リラックスしていた。

 達人同士の死合いが一瞬で決まるように、彼らもまた一瞬のその刻を待っていたのだ。

 エドワルドは矢を番えたまま、ソエルは短剣を下ろしたままで。


「……」


 すうっと――リラックスしたまま、先に動いたのはソエルだった。


 殺気もなく、力を溜める予備動作もなく、彼女は気の抜けたような感じで、右手の短剣をエドワルドに投げた。

 投げたというよりは、投げ渡したかのようなゆっくりとした速度で、短剣はエドワルドに飛んでいった。


(――どういうつもりだ?)


 エドワルドには、ソエルの意図が読めなかった。

 確かに、このままでは身体のどこかに当たりそうだが、それ以前に余裕で躱せてしまう。


(これは攻撃なのか?)


 もしかすると降参するということか、それとも他に何かあるのかと、エドワルドは一瞬考えてしまった。



 虚を――衝かれてしまった。



「――」


 ソエルが動いた。

 声も、息も漏らさず、そこに生まれた刹那の意識の隙間を衝いて、目の前の敵へと疾走した。


「――!」


 エドワルドは反応が僅かに遅れた。

 だが、焦らなかった。

 確かに虚を衝かれたが、彼はそれに充分対処出来ると、次の瞬間には落ち着いていた。


 エドワルドとソエルの距離はまだ離れていたし、エドワルドは矢を番えたままなのだ。

 その指を弦から離すだけで、矢はソエルに向かって飛んでいく。

 しかも、少女はこちらに一直線に走ってくる――エドワルドにとって、矢を外すわけがない状況だった。


 一つ邪魔があるとすれば、ゆっくりと飛んでくる短剣だったが、エドワルドは僅かに身体を前方に傾けるだけでそれが躱わせることを見切っていた。

 そして、その程度の動作では、矢を射ることに些かも影響がないことも解っていた。


 全ての状況の線の先が、自分の勝ちに繋がっていると、エドワルドは確信した。



(なら、いったい少女はどんな線を掴もうとしているんだ?)



 そんな疑問が浮かんだエドワルドの目の前で、ソエルは自分が信じる勝利の線を掴もうと、手を伸ばした。





 ここから先の瞬息しゅんそくかんを、エドワルドとソエルはコマ送りの静止画のように感じた。





 エドワルドが、短剣を躱そうと身体を前に傾けるのと同時に、ソエルは何も持っていない右腕を、今度は鋭くエドワルドに向けて振るった。


 エドワルドの優れた目は、その手に何もないことが見えていた。

 隠し持っていた武器があるわけでもなく、ソエルがただ手を振っただけだ、ということが見えていた。


 だが、優れた視力が何かを捉えた。

 丸い何かが、無数の赤い何かが自分に飛んでくるのを、エドワルドは確かに見た。


 それが――先程の攻防で自分の矢が傷つけた、彼女の右腕から流れ落ちた血液だと気付いた瞬間、エドワルドは左目を閉じた。


 ソエルの狙いが、自分の視力を奪うことだと気付いたからだ。

 片目を閉じることによって、両方の目の視界を同時に失うことを避けたのだ。


 開けたままの右目で、ソエルに狙いをつけたまま、エドワルドは指を離そうとした。


 それより一瞬速く、エドワルドの右目にソエルの血液が到達した。

 それと同時に、トンという僅かな物音が、エドワルドの背後から聞こえた。

 ソエルが緩やかに投げた短剣が、エドワルドの背後の壁に刺さった音だった。


 エドワルドの指が弓の弦から離れ、放たれた矢はソエルに向かって飛んでいった。


 だが、目に血液が入った僅かな痛み、そして、既に躱したものと、意識から外していた短剣が発した微かな物音――このほんの僅かな二つの邪魔が、エドワルドの矢に微かな誤差を生んだ。



 その誤差の間を、ソエルは文字通り紙一重で走り抜けた。



 自分の放った矢が、ソエルの銀の髪を僅かに掠めただけなのを見届けると、エドワルドは痛みが走る右目を閉じ、血液の被害を閉じて防いだ、左目を開ける。


 その左目が最初に見たのは、自分の弓の下姫反に刺さったままだった短剣に、左手をかけたソエルだった。

 まだ鐘が鳴る前の、枕と虚実を使って投げたあの短剣だ。


 ソエルは、短剣を最小の動作で引き抜くと、疾走の勢いも乗せた最大の力を込めてエドワルドの腹部目掛けて刺し込んだ。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 エドワルドは声を張り上げた。

 冷静沈着な彼にしては珍しいことだった。

 それ程――声を出して踏ん張らなければならない程、ソエルの短剣は死の気配と共に、エドワルドの腹部に迫ってきた。


 その切っ先が、エドワルドの腹部に爪の先ほど突き刺さった瞬間、雄叫びと踏ん張りによって、腕が千切れんばかりの速度で跳ね上げられた弓が、ソエルの左手を下からすくい上げた。


 左手の短剣は、エドワルドのお腹に僅かな傷をつけただけで、それ以上進む前に、打ち払われてしまった。


 弓に下からすくい上げられ、ソエルの手から飛んでいってしまった。


 そう、左手に握っていた短剣は、ソエルから離れた。


 だがそれは、彼女が手から離したからだ。


 自分の意思で、離したからだ。



 ソエルは疾走の勢いと、弓に左手をすくい上げられる衝撃を利用し、エドワルドの背後へと回り込むように飛び上がり、右手を思い切り伸ばした。


 エドワルドの背後の壁に刺さったもう一つの短剣へと。





 短剣を下げたのは、腕から流れる血液を右腕の先に集めるため――


 殺気を込めずに短剣を投げたのは、虚を衝くため――


 短剣をゆっくり投げたのは、狙ったその場所に刺すためだった。




 何故なら、短剣が刺さったその場所のすぐ横には、エドワルドの頸動脈があるのだから。




 短剣に手が届いた瞬間、ソエルは限界まで己の身体を捻り、エドワルドの首に向けて斬りかかった。


 エドワルドはそれに呼応するように、ソエルの左手を払うために、右下から右上に跳ね上げた弓を、その勢いのまま、自分の左内側、つまり背後に向けて、捻り巻き込むように打ち払った。


「――」


「――」


 二人が織り成す竜巻の、その渦の中心で、両者の視線が交差した。


 エドワルドはソエルの力に驚愕していた。

 その顔には、自らの命の危機に直面している恐怖から、大量の汗が浮かんでいた。


 だが、それとは正反対に、ソエルの顔は涼しげだった。

 そこには汗はもちろん、何の感情も浮かんでないように、エドワルドには見えた。



 やがて、渦の終わりで両者はぶつかり合い、エドワルドは頬を斬られ、ソエルは窓の方へと打ち飛ばされた。



「はあ、はあ、はあ、はあ」


 エドワルドは、死の緊張からは解き放たれたが、酷く消耗していた。

 必死に呼吸を整えようとするが、心臓は早鐘のように鳴っていた。

 だが、その視線は油断なくソエルを見ていた。


「はあ、はあ、んく、はあ、はあ」


 エドワルドが、ゆっくりと背中の矢筒に手を伸ばす。


 この少女は、間違いなく自分より命のやり取りを経験していると、エドワルドは今の攻防で思い知った。


 その発想が、胆力が、経験が、段違いだと思い知った。


(こんな子供がいるのか……)


 エドワルドに浮かんだのは恐怖だった。



 それは奇しくも、カイル・アーサーボルトが、自分の息子に感じてしまいそうになった恐怖と同質のものだった。



 その恐怖の源は、しかし、もうエドワルドを見ていなかった。


 ソエルは、打ち飛ばされた近くに落ちていた、先程左手から離した短剣を拾うと、右手の短剣と共に腰にしまい、窓に手をかけた。


 そして、エドワルドを振り返り――


「では、また明日」


 と言うと、そのまま軽やかに窓の外へと飛び出した。


 慌ててエドワルドが窓に駆け寄ると、そこには幾つもの盾の殻があった。

 まるで亀の甲羅のようなそれには、夥しい数の矢が刺さっていたが、そのどれもが、盾を壊すまでには至っていないようだった。


 その殻の一つに、少女は吸い込まれるように入っていった。


 そして、その殻を先頭に、幾つもの亀の甲羅は森の奥へと姿を消した。


 それを見て、エドワルドは再び恐怖を感じた。


「まさか……、ここまでが……、私が弓で窓の方に弾き飛ばしたことも、この撤退のタイミングも、全て彼女の計算通りなのか?」


 そんなことは有り得ないと、頭では解っていたが、少女が見せた攻防の巧みさと、あまりの撤退のタイミングの良さに、エドワルドの心のどこかに、そんな思いが浮かんだ。





 こうして、二人の最初の死闘は終わりを迎えた。


 その内の一人が、あっさりとその幕を引いたからだ。


 もしかしたら、死闘だと思っていたのは、その内の一人だけなのかもしれない。


まさかの4000字越え。


【注意事項】

この物語の主人公はライ・アーサーボルトです。

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