青年と少女の手のひら
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【アールブ弓式術】
アールヴ大森林に暮らすエルフが生み出し、長い年月をかけ、今尚磨き上げ続けている弓の戦闘術。
弓を射る技術だけでなく、弓と矢を使った至近距離での格闘術や、弓を用いた戦術など、その教えは、弓に関する一つの技術体系となっている。
今、森を襲った兵士達に降り注いでいる矢の雨も、その防衛戦術の一つから繰り出されているものだ。
既に決して少なくない数が、その矢の犠牲となっている。
唐突に場面が転換し、舞台は大森林から王都へと移る。
夜の闇の中、蝋燭の薄暗い灯りだけが頼りの書斎の様な場所で、青年と少女が向かい合って座っていた。
「でもさー、樹の上で若い男女が暮らしてるって時点で、これ罠じゃん」
その内の一人――ソエルとそう歳が変わらないような少女が言った。
栗色の長い髪を持ち、つり上がった蒼い瞳がきつそうな印象を与えるが、美しい少女だった。
その手には、エルフについて書かれた本があり、ちょうどエルフの風習についてのページが開かれていた。
「絶対ここに奇襲なんてかけたら、樹の上に連絡取られて矢の雨だよー。アニキもそう思うでしょ?」
少女の向かいで、静かに別の本を読んでいた青年が顔を上げた。
年齢は、二十歳前後といったところで、少女と同じ栗色の短い髪と、つり上がった蒼い瞳を持つ、怜悧な雰囲気を持った青年だった。
「ああ。だからソエル様には夜や朝方には奇襲を仕掛けないように伝えてある。海側からの上陸だけで十分虚を衝けるから、樹の上に住んでいる者達が下に降りる、昼間に攻めるようにとな」
この青年こそ、ソエルの部隊を設立した有力者の部下にして、今回のアールブ大森林への侵攻作戦を立案した者だった。
「あの姫様がアニキの忠告を聞くとは思えないんだけど……」
ソエルの部隊が発足してからの、この一年の事を思い出し、少女はうんざりした顔で青年を見やる。
「もちろん、それも考慮に入れて作戦を立てているさ」
「じゃあさー、最悪な事態を想定して、夜中に奇襲をかけてたらどうするの?」
「兵士達にはいつも使っている物に比べて、かなり分厚い盾を渡している。高所から放たれた威力のある矢でも、なかなか貫通出来ないことを、実験で立証した盾をな」
「それで頭上からの攻撃を防ぐ、と……。でもそうすると、横ががら空きになるよね? どうせこの罠、二段構えでしょ?」
舞台は再び森へと移る。
突発的、局所的な矢の豪雨から、いち早く立ち直った兵士は、頭上に、傘のように盾を差していた。
今回の対エルフ戦を想定した、特注の盾だった。
この時代の《イリス》の盾は、少量の鉄と木材を組み合わせた物が一般的だが、今回彼らが使っている物は、鉄の部分が通常より多く、木材もそれに合わせて厚く切り出されている。
これにより、矢が貫通出来ない程の、高い防御力を有する物となった。
その大きさも、盾を前に出し、身体を少し屈めると、全身が盾の影に隠れる程で、遮蔽力も高い。
全てが鉄で出来た盾もこの時代にはあったが、重量と費用がネックとなり、作られているのは、せいぜい身体の一部分だけが守れる程度の小さい物だけだった。
今回の様な身体全てを覆える程の大きな物は作られていない。
それだけの大きさの鉄の盾を作ったとしても、重量のせいで、費用対効果がかなり低いものとなる。
それらを考慮すると、彼らが持っている盾は、重量と費用、そして防御力と遮蔽力の面で、最適な物と言えた。
「これなら――」
その盾に確かな手応えを感じた多くの兵士が、突然の反撃の動揺から我に返った。
しかし、そんな僅かな気の緩みを狙ったかのように、今度は横合いから――バンと雨戸を開け放ち、新たな射手達が民家の窓から姿を現した。
縦横からの矢の猛威に、兵士達はさらにその数を減らしていった。
舞台はまた王都へ。
「当然そうだろうな。妹よ、そうなった時、お前ならどうする?」
「兵士達を一つにまとめて、亀の甲羅みたいに盾を展開させて、退却するかな」
「そうだな。もしそうなった時は、まずは退却して、体勢を立て直すのが最善だろう」
「アニキのことだから、その辺りのことは一応兵士達にも伝えているんでしょ?」
「ああ、この一年で目に留まった幾人かには伝えてある。奇襲をする、しないに関係なく、矢が縦横から放たれる状況になった時は、ソエル様を守る殻になり、退却しろとな」
「でもさー、その時、姫様が近くにいなかったらどうするの? 仮にいたとしても、あの姫様が素直に退却するとは思えないんだけど……」
所変わって大森林では、いくつかの亀の甲羅が出来始めていた。
主立った者が声を上げ、仲間同士を集め、隙間なく盾を展開していく。
やがて完成したその亀達が、ゆっくりと這うようにエドワルドの家へと移動していく。
その家の中では、死闘が繰り広げられていた。




