今はまだ、どちらも未熟
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ソエル・テクシスリウスの率いる部隊は、後に〈撃滅部隊〉と呼ばれ、王国全土の亜人を恐怖の底に叩き落とす精鋭部隊となるのだが、現時点の彼らはただの兵士の集まりに過ぎなかった。
生粋の、一匹の亜人斬りとして育てられたソエルに、味方を指揮するという“個”に不要な“全”の能力は備わっておらず、この部隊には統率というものが欠けていた。
発足から一年、王国本土で何度か亜人の村を襲い経験を積んだ彼らではあったが、ソエルは一度として指揮というものをしていない。
ソエルはただ、先頭に立って亜人を斬るだけだった。
彼女がしたのは、せいぜい「あの村を今度攻めます」程度の意思を伝えることだけで、必要な準備や作戦は兵士達に丸投げだった。
いや、ソエルには兵士達に全てを任せているという認識もなかった。
元々他人に興味を示さない彼女だったが、とある男から一方的に押しつけられたこの部隊にもまったく興味がなかったのだ。
彼女は一人でもその村を攻めたし、おそらく一人でも村の亜人を殺しきることが出来ただろう。
ただ、目的だけを伝えれば、食料などの心配をせず亜人を斬ることに集中出来るので利用している――そんな程度の認識だった。
それでも、部隊が常駐している、王都にいる間は良かった。
この隊の発起人でもある宮中の有力者やその部下が、必要な準備や作戦を一手に取り仕切り、兵達はその言いなりに動くだけで良かった。
今回の、不可能と言われていた海からの上陸作戦に置いても、その有力者の力があったからこそ成功したのだ。
しかし、ひとたび戦場に出るとそうはいかない。
有力者の部下で、今回の作戦立案者の男から、大まかな作戦内容は聞いていたが、この部隊の長であるソエルがまずその通りには動かないのだから、付き従う兵士達が混乱するのは当然の結果であった。
かと言って、兵士達が勝手に動くことは出来ない。
そういう行動の自由を彼らは有力者から与えられていなかったし、この部隊の初陣で緊張からそういう行動をした兵士は、敵味方の区別を意識しない彼らの姫に斬り殺された。
彼らに許されていることは、戦場に赴くまでの亜人斬りの世話と、戦場での姫の盾になること、そして降りかかる火の粉を払う程度の自衛だけだった。
彼らは苦肉の策として、ソエルを中心に、邪魔にならないように村を囲むことだけしか出来なかった。
この時点の〈撃滅部隊〉の兵士達は、ただの無価値な肉の壁の集まりであり、それ以上は何も期待されていない替えがきく部品の一つでしかないのだから。
そんな彼らであったが、亜人斬りと一年も行動を共にすると、ソレが亜人を斬るときに一つのこだわりがあることに気付いた。
ソエルは最初、静かに、誰にも気付かれないように、慎重に亜人を殺す。
そしてじっくりと解剖する。
何体も何体も、彼女が満足するまでこれが繰り返される。
ある程度の人数を殺すと、それまでの静けさから一転、火の点いたように亜人を片っ端から斬りまくる。
この段になって、初めて兵士達は戦いに参加する。
姫が取りこぼした亜人や、助けが必要だとは思わないが、彼女が囲まれないように囮となって敵を引きつけるのが彼らの役目だった。
それまでは静かに、敵に見つからないように息を殺して身を潜めるだけだった。
そんな兵士達の視界の中で、生首をぶら下げたソエルが民家の一つから出てきた。
「……」
静かに、全身の返り血を、雨で洗い流していたソエルだったが、何かを感じたのか、突然、先の暗闇に身体を向けた。
「……へえ、貴女は私を見つけられるのね」
ソエルのその呟きは、誰の耳にも届かなかった。
兵士達が認識出来たのは、いきなりソエルが走り出し、少し先にあった、一際大きな大木の根に寄り添って建てられた民家の窓を破って、その中に飛び込んでいったということだけだった。
その派手な行動が、いつもの戦いの始まる合図だと、多くの兵士達は思った。
だが、部隊発足から生き存えている兵士の数人は――
(あれ? いつもより時間が短いんじゃないか?)
という違和感を覚えた。
事実、いつものソエルなら、あと数人はバラすつもりであった。
ヴィクトリアに気付かれなければ。
こういった、少しの差異に気付ける者が、後に〈撃滅部隊〉を支える人材に成っていくのだが、それはまだかなり先の話である。
そんな彼らの耳に、いや、この嵐の夜の中に、エルフを反攻に転じさせる、大きな鐘の音が響き渡るまで、あと二十秒あった。
子供二人を脇に抱え部屋を飛び出したルシールが向かったのは、外ではなく上――屋根裏部屋だった。
正確な状況が判明していない状態で、外に出るのは危険だとルシールは判断した。
そしてもう一つ、今何よりも優先するのは子供達の命ではなく、この危機を森の全ての住人に知らせることだからである。
普段は物置として使われている屋根裏部屋だが、緊急時にはある目的を持った部屋へと変わる。
即ち、急迫を知らせる鐘の音を鳴らす部屋へと。
「――!」
屋根裏部屋に着いたルシールは子供達を下ろすと、部屋の中央にある、上から垂れ下がった荒縄の元に駆けた。
その縄の先には、大きな鐘があった。
天井を正方形にくり抜き、鐘の音が遠くまで響く簡易的な鐘楼のように、屋根の一部が高く上げられていた。
「ふっ!」
ルシールは荒縄の元まで辿り着くと、力の限りそれを引いた。
ゴーン! ゴーン! ゴーン! ゴーン! と、身体に響く重苦しい低音が、辺りに深く鳴り響き、アールヴ大森林中に浸透した。
その鐘の音に瞬時に反応出来たのは森の住人達だけだった。
彼らはその鐘の音が何を意味するか知っていた。
冠婚葬祭の時など、事前に鳴らされる事が通知されていないのにその鐘の音が聞こえるという事は森にとっての凶報でしかない。
その音が三度で止まれば火事等の災害、それが鳴り止まず四度、五度、六度と続けばそれは外敵の襲撃を意味する。
一度目の鐘で、起きている者は反応し、二度目の鐘で、子供以外の寝ている者は起きた。
三度目の鐘で、皆は耳を澄まし、四度目の鐘で、森の住人は動き出した。
まず、蝋燭を灯していた家はそれを消し、五度、六度、と鐘が鳴る頃には、森の家の全ての雨戸は閉ざされ、扉も全て施錠された。
一方、兵士達はこの事態に全く反応出来なかった。
嵐の中、うるさい風の音を上から押さえつけるように鐘の音がなったかと思うと、いくつかの家から漏れていた灯りが一斉になくなり、辺りは闇に包まれた。
バタンバタンと家の中の住人が、雨戸を閉めた音を聞いていたが、誰も反応出来なかった。
「……」
未だにソエルは飛び込んだ家から出てこない。
指揮する者がいない部隊は、誰一人としてその場を動けなかった。
兵士の誰もが、どうする、と辺りの同僚と顔を見合わせていた。
やがて数人の兵士が、ソエルの様子を確認しようと腰を上げて、エドワルドの家へと近づいていった。
闇に紛れ、辺りを警戒しながら、慎重に進んでいく。
途中、兵士達は民家の影に隠れ、もう一度念入りに辺りの確認をする。
「……」
嵐の夜はその激しさをさらに増しており、灯りの消えた周囲には寒気を覚えるような張り詰めた空気が漂っていた。
既にあんなに激しく鳴って鐘の音は鳴りを潜め、今は頭の中に余韻が残っているだけになった。
唯一ソエルが飛び込んだ部屋の窓からは灯りが漏れていた。
中ではまだソエルとエドワルドが戦っているようで、僅かに見える二人の影が激しく揺らめいていた。
周囲の確認を終えた数人の兵士は、灯りを求める羽虫のようにその窓へと近づいていった。
「……」
周囲の他の兵士達は、辺りを警戒しながら、固唾を呑んでその様子を見守っていた。
数人の兵士がいよいよ窓の近くまで接近し、窓から漏れた灯りが照らす範囲の輪に足を踏み入れた瞬間――天から降り注ぐように飛来した矢によって、彼らは全員命を失した。
そして、それに呼応する様に、周囲で様子を窺っていた兵士達にも、雨に紛れて、死をもたらす弓の矢が天から降り注いだ。
2015/07/26 22時
前話の冒頭を少しだけ変更しました。
よろしくお願いします。




