純一で混じり気がない存在
いつもありがとうございます。
今回からしばらく残虐な描写が続くと思います。
苦手な方は注意してください。
よろしくお願いします。
ソエル・テクシスリウスは、亜人を斬るためだけに生まれてきた。
そういう目的で作られ、そういう目的で育てられた。
そして十年――彼女が斬った亜人は既に三百人を超えていた。
雨の中、隣の人間の顔がはっきりしないほどの暗い森の中に、かなりの数の兵士が潜んでいた。
皆一様に、王国の兵士に支給される革鎧に身を包み、静かに辺りを警戒していた。
ソエルと共に、海からこの島に上陸した兵士達であった。
普通の船では渡れないはずの、海を越えてきた兵士達であった。
「姫様?」
エルフの村の外れに家に、ソエルが入ってから既に五分が経過していた。
遅いことを訝しんだ兵の一人が、入口から声をかけた。
他の兵は、静かに時を待っていたが、彼だけが動いた。
他の兵が一切動かないので、彼だけが動けてしまった。
彼は今回の遠征で、美しい姫の部隊に配属される事を喜んだ新参の兵士であった。
「――!」
その目が捉えた光景を、彼はその後一生忘れることが出来なかった。
血溜まりの中に、ソエルはいた。
綺麗な銀の髪や、雪の様に白い肌を返り血によって赤く染め、そこにいた。
周りには、バラバラになったエルフと人の身体の部位が、混じり合って散乱していた。
そんな中、彼女は女の胴体らしきモノの側にしゃがんでいた。
掻っ捌かれた女の下腹部から、ソエルは丸い肉の袋の様なモノを取り出し、まさに今、ナイフを使って肉の袋の中を検めようとしているところだった。
ナイフに切っ先が袋に刺さった瞬間、そこから大量の水の様なモノが噴き出し、ソエルの身体に降り注ぐ。
しかし、ソエルはそれに構わず、袋の中から何かを取り出した。
それは、小さな肉片だった。
くの字の形をした、小さな肉片だった。
まだ、どんな形になるのかすら、はっきりしないほどの、人の生まれる前の姿だった。
エルフと人の夫婦の妊娠が発覚し、村でささやかなお祝いの宴を催したのは、一月半前の事だった。
「……」
ソエルは胎児をしばらく眺めていたが、やがて興味がなくなったのか、ソレをゆっくりと握りつぶした。
プシュグチュと音を立て、まだ必要な固さを持ち得ない骨や筋肉が圧縮されていく。
「う――うぐっ!」
そこで、入口にいた兵士は嘔吐してしまった。
ソエルはゆっくりと入口に視線を移し、そして言った。
「あら、兵士、どうしたの?」
ソエルは他者を、その役割か種族でしか呼ばない。
父親は王、母親は王妃、兄妹は兄と妹、宮中伯は宮中伯、辺境伯は辺境伯、医者は医者、兵士は兵士、エルフはエルフ、鬼は鬼と呼ぶ。
自分以外の存在を名前で呼ぶことはない。
というより、名前を覚えるということが出来ない。
そこまでの興味を、他者に持てないからだ。
「そんな所で戻してないで、先に進みましょう」
ソエルはフフフと笑っていった。
「――!」
ソエルの顔には笑みが浮かんでいたが、兵士はそれを見てあまりの恐怖に身を竦ませてしまった。
ソエルの顔には、確かに喜や楽に類する感情からの微笑みが形作られていたが、その瞳や声には一切の感情の揺れがなかった。
(り、理解できない。何だ? コレは何だ? 本当に俺と同じ人間なのか?)
彼女を直視出来ずに、俯いてしまった兵士の隣を抜けて、ソエルは外へ出た。
そんな彼女を、多くの兵が畏怖と共に見ていた。
恐怖と共に見ていた。
他の兵は知っていたのだ。
彼女がどんな存在であるかを。
一年前に発足されたばかりのこの部隊で、既に何度か共に戦ったことのある兵達だけは、知っていたのだ。
彼女の存在を。
この兵士は、ソエルの為だけの兵士。
この部隊は、ソエルの為だけの部隊。
先程の、新参者は何も知らなかった。
この“ソエル・テクシスリウス”という存在について何も知らなかったのだ。
彼女の身を心配するなど、不敬以外の何物でもない。
少女だからと侮るなど、無能以外の何物でもない。
美しいと見取れるなど、愚か以外の何物でもない。
同じ人間だと考えるなど、無理解以外の何物でもない。
彼女は特別。
彼女は隔絶。
彼女は生粋。
ソエル・テクシスリウスは、ただ亜人を斬る為だけに作られた――純粋な亜人斬り。
そんな彼女が率いるこの部隊――今はまだ、一部の者しか知らない秘密裏に組織された部隊だが、彼らは後にこう呼ばれることになる。
二十年前の全面戦争の切っ掛けにもなった、先代の亜人斬りが率いた部隊に肖って、こう呼ばれることになる。
〈撃滅部隊〉と――。
「……」
そんな彼らを。ソエルは見ていた。
身体に付着した血液や肉片を雨で流しながら、何の感情の起伏もなく、ただ見ていた。
そんな彼女が、やがてゆっくりと森の奥に向かって歩き出す。
ソエルに続いて、兵士達も歩き出す。
大森林の奥へと。




