亜獣
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亜人が、人の亜種としての存在であるように、獣にも、その獣に似た亜種が存在する。
今、ライの目の前に姿を現した巨大な狼もその一つだ。
この生物を、イリスでは“豺”と呼んでいる。
狼によく似た、狼でないもの。
獣によく似た、獣でないもの――獣の亜種、これらを総じて“亜獣”と呼ぶ。
「……」
亜獣をこれ程の間近で見るのは、ライにとって初めてであった。
リースとの勉強の中で、亜獣について少しは学習したが、実際にライが亜獣を目にしたのは、これが二度目であった。
一度目は、カイルと共にキズミ山脈に向かう途中に遠くからその姿を見た“猩”と呼ばれる、猿に似た亜獣であった。
亜獣は基本的に巨大な獣である。
猩も、猿と比べ、その何倍も大きく、さすがの雷蔵も度肝を抜かれた。
これは斬れると判断すると、その動揺も収まったが。
だが、その時もここまでは近くなかった。
目と鼻の先、ほんの数メートル先に豺がいる。
この距離は、命のやり取りをする距離である。
(間近で見ると、やはり迫力があるな)
野生の獣を前にすると、人は自然と緊張を強いられる。
言葉の通じない、獰猛な獣に、恐怖を抱くからだ。
それはライ――雷蔵も若い頃は同じであった。
旅の途中で狼や熊と遭遇し、命懸けで戦った経験もある。
ある程度の経験と年齢を重ねた後は、今夜のご馳走にしか見えなくなったが。
そう――今の雷蔵に、獣に対する恐怖はなかった。
なぜなら、目の前の未知の獣でも、“斬れる”と判ってしまうのだから。
(だが、それはあくまで、俺が子供ではなかったら、だ)
六歳児の体力と筋力では、豺に対抗できないのは明白であった。
(獣は人の何倍も厄介だ)
生物として、その基礎能力がすでに違いすぎる。
それに対抗するために、人は道具や技術を使う。
ライには技術がある。
だが、手元にある武器は、包丁と寸鉄のみ。
これだけでも、人相手であるならば、遅れを取ることはまずない。
だが――
(この現状で、初見の、しかもこれだけ大きい獣相手に何処まで戦える?)
ライの胸の内には、疑問があった。
(……)
しかし、恐怖はなかった。
ライの頭脳は、豺に勝つ方法だけを求めて働き、ライの全神経は目の前の生き物を殺すことだけを考えていた。
〝仏に逢うては仏を斬り、祖に逢うては祖を斬り、羅漢に逢うては羅漢を斬り、父母に逢うては父母を斬り、親眷に逢うては親眷を斬る〟
かつての感覚が、ライの中に戻りつつあった。
人斬りと獣が、闇の中で対峙している。




