闇の中から覗くもの
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太陽が中天から少し西に差し掛かる頃、ライは遥か前方を走る五十人強の一団を丘の上から見下ろしていた。
ジュウベイ達である。
イグニスを出立してから既に二刻近くの時間が経過していた。
カイルと共に何度かアールヴ大森林に訪れたことのあるライであったが、その道中の移動は馬車が主で、道について些か心許なかった。
なので、遠くからジュウベイの後をつけ、道案内代わりに利用しようと考えたのだ。
狼煙の方角にひたすら走ることも考えたが、火急の事態では一分一秒が命取りになることを、雷蔵は経験から知っていた。
結果として、同じ目的であるジュウベイの後を追うことが、一番の近道だとライは判断したのだった。
気付かれないように、街道から少し外れた草原を移動していたライの前で、先程イグニス方面からやって来た馬に乗った兵士がジュウベイ達に合流した。
その後の、一団全員が周囲を見渡した様子から、ライは自分の行動が露呈したのだと考えた。
兵士はカイルがライ失踪の事情説明の為に、ジュウベイに送った伝令だったのである。
「よしよし、静かにな」
サクヤの白い毛並みの愛馬を宥めながら、ライは身を潜める。
穏やかな気性の、良い牝馬であった。
この世界に来てから、ライが一人で手綱を握ったのは初めてであった。
カイルやリースの前に乗せてもらったことはあったが、本格的な乗馬を、まだカイルはライに教えていなかった。
だが、雷蔵として数多の戦場を馬に乗って駆けたライにとっては、今更習うことなどなかったのである。
雷蔵の乗馬の腕前は、人馬一体の妙技の域にまで達していた。
ライとして初めて、それも六年ぶりに馬に乗ったとしても、その技術は些かも損なわれていなかった。
「……」
しばらく息を殺していると、一団は先へと急ぐ旅を再開した。
今はライを探すことより、大森林へ進むことを優先したのである。
その後を、ライは慎重に跟けていった。
やがて日が暮れると、一団は途中の村に立ち寄って休息に入った。
イグニスから大森林まで、最低でも一日半はかかる。
何処かで休息を取る必要があり、ジュウベイ達はその村を今夜の宿と決めたようだった。
その村は、人と亜人が共存する小さな村で、イグニスと大森林のちょうど中間地点辺りに位置し、双方を行き来する者の多くが立ち寄る村だった。
草原の中にポツンと存在する静かな村で、特に特筆すべき所のない平凡な村だった。
アーサーボルト領にはこういった村が数多く存在する。
それは狼煙の中継地点としての役割を担っており、今回の大森林からの狼煙も、この村を含めた、いくつかの村を中継してイグニスに伝わっていた。
村には大きな宿屋が一軒あり、ライも何度か泊まったことがある。
ジュウベイ達はその宿屋に入っていった。
その様子を、ライは村から遠く離れた平原で見ていた。
(……)
馬を使って、かなりのハイペースでここまで来たが、おそらくまだ大森林まで半日はかかるだろうと、ライは読んだ。
(ここで少し休んで、夜中に出れば、明日の朝には森に着く……)
おそらく、ジュウベイはそうする、とライは考えた。
自らも仮眠を取るため、村から遠く離れた平原の窪地に腰を落ち着けた。
屋敷から持ってきた毛布を広げ寝床を作ると、同じく屋敷の台所からくすねてきた干し肉や果実で腹ごしらえをする。
馬にも水と食事を与えて休ませる。
雷蔵として全国各地を旅していたライにとって、こういった事は慣れたものだった。
屋敷から飛び出す前の僅かな時間で、旅や野宿に必要な物はすべて用意していた。
突発的な事態ではあるが、ライは冷静だった。
空腹や寝不足で、いざという時に万全な状態で戦えないなど、戦人としてあってはならないことだからである。
ましてや――
(……眠い。この身体で遠乗りは、やはりきついな)
六歳の子供の体力では、空腹や寝不足、どちらの事態に陥っても命取りになる。
「……」
ライはもう一度、村の確認だけをすると、寝床に横になり、すぐに眠りに就いた。
空には目映いばかりの星々が踊っていたが、ライはそれらに一切興味を惹かれることはなかった。
闇が一層深くなった真夜中――
(……)
眠りに就いてから数刻後、ライは静かに目を覚ました。
ゆっくりと手を動かし、側に置いてあった包丁を掴む。
食べ物をくすねる時に、一緒に手に入れた物だ。
(……)
息を殺し、慎重に辺りの気配を探る。
ライの警戒網に、引っかかる存在が一つあった。
「……」
ゆっくりと静かに、その気配の方向へ顔を向ける。
(これは……)
そこには一匹の獣がいた。
獣の方も、息を殺し、ライの事を窺っていた。
狙いを定めるように。
「……」
獣は、全身が漆黒の体毛で覆われていて、周囲の夜と同化している。
その為、姿形ははっきりしないが、闇の中で、その対の瞳だけが爛々と光っていた。
(山犬……か?)
目が闇に慣れても、いまいち獣の全体像ははっきりとしなかったが、ライの目からは、戦国時代にはまだ絶滅していなかったニホンオオカミに似ているように見えた。
そのサイズを除けば――だが。
そこにいた狼は、普通の狼の、十倍以上は大きかった。




