空から降り注ぐ母なる生命の源
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そろそろ一日一話投稿が大変になってきて、その大変さに笑ってしまうんですが、皆様からのPV数やブックマーク登録、評価などを励みに何とか頑張っております。
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この時代のテクシスリウス王国において、主となる連絡手段は手紙である。
手紙と言っても、郵便事業制度が確立されているわけではない。
旅をしている商隊等を通じて、何かのついでに送り先に届けてもらう程度である。
一応、手紙や荷物の配達を生業とする者もいるのだが、料金が高額で、それらを利用できるのは、貴族などの富裕層に限られている。
先日、カイルの元に旧友から届いた手紙もこれで、配達人のことは“飛脚”と呼ばれている。
鳥を使う方法もあるが、まだノウハウがそこまで確立されていないので成功率が低い上に、基本的に二点間のやり取りしかできないこと等の問題もあり、個人が道楽として試みている程度で、商売としては成り立っていない。
そんな情報伝達レベルの世界で、伝達速度を重視するときに用いられるのが“狼煙”である。
草や薪を狼の糞を加えて燃やし、そこから高く上がる煙を利用した、遠方に情報を伝える手段である。
伝えられる情報量は少ないが、金属の炎色反応を利用し、赤色や黄色等、簡単な色であれば煙に付加でき、煙の間隔等も利用すると、ある程度のことは伝えることは出来る。
いくつかの村を経由する等、アーサーボルト領の様に、きちんと通信網が整備されていれば、数百キロ先まで情報を伝えることもでき、この時代においては手紙と並んで、よく利用される連絡手段である。
その狼煙が、中でも外敵との交戦を知らせる赤色の狼煙が、北西の方角――エルフの暮らす“アールヴ大森林”の方から立ち上っていた。
ライはその知らせを、サクヤが寝ている客室で聞いた。
同じくその知らせを聞いたジュウベイは、カイルと対応を協議するため、すでに部屋を後にしていた。
「……」
ライは、少しだけ腫れの引いたサクヤの頬を撫でた。
夜中に一度目を覚ましたサクヤだったが、側にいたジュウベイにライの無事だけ確認すると、安堵の表情を見せ、再び眠りについていた。
その寝顔には、痛みからくる熱で出た汗が浮かんでいたが、表情自体は、ライの無事が確認できたからか、穏やかなものだった。
「……」
その顔にライは優しく手を添えていた。
一方のカイル達は、昨日のこともあり、今回の事態を重く見ていた。
「赤の狼煙、上がった。もう、交戦している?」
黄色の狼煙は外敵の発見や捕縛を、赤色の狼煙は外敵との交戦――それも援軍を必要とする事態を意味する。
「おそらくは……。昨日まで嵐だったので、正確には判りませんが、もう敵は森の中に入ったと見た方が良いでしょう」
外敵――カイル達の間では、それは王国本土からの侵略を意味していた。
というより、今カイル達が住んでいる世界には、他に敵となり得る存在がいなかった。
まがりなりにも、カイル達の住んでいる大陸は、一つの国家によって統一されているのである。
「どうやって? 陸、入れない。海、船、渡れない」
世界が分かれた時、大陸と一緒に周囲の海も隆起した。
そこからは大量の海水が常に降り注いでおり、これを海の大瀑布“エクスダス”と呼んだ。
アーサーボルト領に限らず、テクシスリウス王国全土の海は、エクスダスから降り注ぐ大量の海水によって、潮の流れがかなり激しく入り乱れており、限られた海域でしか船を出せない。
それ以外の海域に船を出せば、まだ動力が風か人の手しかない、この時代の船は立ち所に難破してしまう。
そして、王国と辺境領の間を貫くラートオン海峡を渡る唯一の航路は、ビフレスト海道を通るルートのみだった。
ビフレスト海道は辺境領の南に位置しており、巨人族が住む防衛都市“ネフィリム”に繋がっている。
防衛都市の名が表すとおり、ネフィリムは王国からの侵攻を防ぐ砦の役割を持っていて、都市環境もそのような目的に沿って整備されている。
人の三倍程の大きさと膂力を持つ、巨人族が治める都市ということもあり、二十年前の全面戦争の折にも、王国側からの侵入を一切許さなかった難攻不落の防衛拠点である。
ネフィリムは関所の役割も兼ねていて、許可を持たない者はアーサーボルト領には入れない。
入領する際は、目的や滞在期間などの詳細を明らかにせねばならず、万が一正当な理由なく出国が遅れた場合には、辺境領の法に則って身柄を拘束することが出来る。
これらの法律は、全面戦争終結の折にカイル達と王国の協議によって決められ、この二十年間破られたことはなかった。
「わかりません……」
昨日の男達のように数人なら、身分や書類を偽って侵入出来るが、大森林に攻め入れるだけの戦力を持った人数が、通れる訳がなかった。
商隊を偽ったとしても、積み荷は当然検められ、必要以上の武器等があればその場で王国本土に送り返される。
長い時間をかけて、数人ずつに分かれて入領し、後に合流するという方法も不可能ではないが、それでも精々二、三十人が限度である。
それ以上の人数であれば、不必要な長期滞在は認められていないので、高い確率で先に入領している者は拘束されるだろう。
この程度の人数なら、大森林のエルフ達だけで充分対処出来る。
エドワルドを始め、彼らの多くは全面戦争を戦い抜いた戦士なのだ。
相手がどんな精鋭であっても、その人数なら援軍を必要とする事態にはなっていないと、共に戦ったカイル達は考えていた。
「とりあえず、正確な情報が判らない以上、求められた通り援軍は送ります」
正確な情報を掴んでいないとは言え、かねてからの取り決めにより、赤の狼煙が上がった場合はすぐに援軍を派遣することになっている。
「そうだ、な」
カイルの言葉にジュウベイは力強く頷いた。
昨日の今日で、また敵が攻めてきたことに、ジュウベイは激しい憤りを感じていた。
「おそらく、ゴンザ、もう、動いている」
ゴンザとは、鬼族の副族長で、ジュウベイがいない間の里の責任者でもあった。
アールヴ大森林へは、イグニスからより、キズミ山脈からの方が遥かに近い。
赤の狼煙が上がった場合は、その場所に近い種族が助けに行くことになっている。
取り決めでは、イグニスとキズミ、両方に狼煙を上げているはずであった。
「ええ。僕もそう思います」
カイルは、かつて共に戦ったゴンザの有能さと決断の早さを理解していた。
ゴンザならば、安心して任せられると解っていた。
だが――
「ですが、昨日の事もあります。ここは万全を期したい。ジュウベイ殿、申し訳ありませんが、兵を率いて大森林に向かっていただきたい」
「承知した」
ジュウベイは即答した。
「僕は各方面に連絡を取って、領内の現状を正確に把握します。他に不測の事態があれば対処しなけらばなりませんから」
「ああ」
ジュウベイのカイルへの評価は“間違えない男”であった。
何か問題があったときは、正しい情報を知ろうし、それを掴むまでは、慎重に動く。
曖昧な状態で、曖昧な決断を出さないのだ。
必要な情報を知り、必要なところでしか、無茶をしない。
ジュウベイはそんなカイルに、全幅の信頼を置いていた。
父親としては未熟だが、領主としては非常に優秀なカイルだった。
「念の為、こちらからもキズミ山脈に狼煙を上げておきます。しかし……」
「どうした?」
「……いえ、あまり曖昧なことは言いたくないのですが、嫌な予感がするなと思いまして……」
「……そうだな」
カイルとジュウベイは、昨日今日と立て続けに起こった事態に、嫌な気配を感じていた。
お互い言葉には出さなかったが、エルフの友とその子供達のことが脳裏に浮かんでいた。




