行き着く先と行き着いた先
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「ああ。“輪廻転生”――」
(――!?)
カイルが唐突に口にした言葉に、ライは自分の正体がついに露見したのかと焦りを感じた。
もっとも、その内面の焦りを顔には一切出さなかったが。
「それが、ライの中に眠っている力の正体だ」
「……」
沈黙は金、雄弁は銀ということを経験から知っているライは、ただ黙ってカイルの言葉を聞いていた。
「イグニスの遺した言葉で、代々の当主だけが教えられるものがある。父から子へと、言葉だけで伝えられること――口伝というんだけど、その言葉を今ライに教えよう。ただしこれは誰にも……母さんやアイにさえ、教えてはいけないよ」
そこでカイルは一際篤実な表情でライを見つめた。
「“我らの意志と力は世代を超えて、次の者へと受け継がれる。これを輪廻転生という。その行き着く先に、いつかアーサーボルトの全ての力を持つ者が生まれる。その者こそ、永き戦いに終止符を打ち、人と亜人に調和をもたらす者となる”」
そこで、カイルは一度言葉を切った。
「……お父さんは、それがライのことなんじゃないかと思っている」
「……」
ライは黙して何も応えなかった。
「ライが男達と争った現場と死体を見たんだけど、普通の六歳の子があんなことが出来るなんて、父さんには信じられなかった。……でも、それがアーサーボルトの力を持って輪廻転生した子供だとしたら、もしかしたら、ああいうことも出来るんじゃないかと――」
「ふう……」
ライが部屋を去るのを見送ったカイルは、自身の椅子に腰を落とすと、緊張から逃れるように息を吐いた。
輪廻転生の話をしてから、ライの反応が明らかに悪くなったのを見て、カイルはライとの話を切り上げることにした。
(しっかりしているけど、まだ子供なんだ。一度にいろいろと話しすぎたかもしれないな……。それにもう夜も遅い)
いつの間にか、窓の外は静かになっていた。
風はまだ強かったが、その風が雲を流したのか、空には星がはっきりと瞬いていた。
(……果たしてこれで良かったのだろうか? 自分が大きな使命を背負っているかも知れないなんて、子供に話すべきではなかったかもしれない……)
それは、ライが経験した恐ろしい体験を、別の衝撃で打ち消してしまおうというカイルの配慮の結果であったが、それが正しかったのかどうか、カイルには判断が付かなかった。
この二十年間領主を務めてきたカイルであったが、父親としてはまだ六年目であった。
ライが手がかからなかったこともあり、子育てについて真剣に苦悩するのは、今回のことが初めてであった。
カイルの両親や祖父が先の戦争で――まだカイルが、初陣を飾ったとはいえ、幼いときに亡くなったこともあり、彼には助言をもらえる身内の人間がいなかった。
父の背中も、その時までしか見ていないので、子供への接し方というのも、未だに手探りの状態であった。
つまり、カイルは父親として未熟だったのである。
問題がかなり特殊だったこともあり、その苦悩は計り知れないものがあった。
(ライは今夜眠れないだろうな……)
カイルは、敢えてライに殺人のことを詳しく訊かなかった。
自身の経験から、嫌でもしばらくはそれが頭から離れないことは知っていたので、少しでも違うことを意識させれればと考えていたからだが、それとは別に、ただ単純に訊けなかったのだ。
(……もしかしたら、あの子なら眠れるかもしれないな)
ライの様子が、カイルにはとても落ち着いて見えた。
初めて人を殺したというのに、ライには動揺というものが一切無いと、カイルは思ってしまった。
詳しく知ってしまうと、息子に恐怖を感じるかもしれないと思って、カイルには訊けなかったのだ。
それが正しかったのかどうかは、カイルには判らない。
くり返しになるが、彼はまだ父親として未熟なのだから。
〝お前には才能がある〟
(父さんは僕こそが“調和をもたらす者”だったら良いと思っていたみたいだけど、僕はライがそうであってほしい)
カイルから見ても、ライの才能は自分よりさらに優れたものであったし、何より――
(そうであれば、納得出来る)
ライに恐怖を抱かなくても済む。
人は得体の知れないものにこそ恐れを抱くのだから。
〝王国がだいぶきな臭くなってきた。父さんがたとえ死んだとしても――〟
(僕が父さんにアーサーボルトの話を聞いたのは、戦争が起こる二年前ぐらいだったな……)
〝父さんの意志と力は、アーサーボルトの血の中に輪廻転生する〟
(正直、あの時からずっと“輪廻転生”については半信半疑だったけど、今はライがそうであってほしいと、心から願うよ……、父さん……)
カイルとの話を終えたライは自分の部屋で横になっていた。
先程の父親との会話のことをずっと考えていたのだ。
(まさかこの世界で“輪廻転生”という言葉を耳にするとは思わなかったな)
ライの認識では“輪廻転生”とは、ただ生まれ変わるということだった。
だが、カイルから聞いた言葉の意味は少し違った。
(死後も意志や力が継承されるということは、アーサーボルトに生まれた者はその定めから逃れられないということか……)
それではまるで呪いではないか、とライは思った。
事実、歴代のアーサーボルト家の当主の中には、一人だけそれを嫌って出奔した者もいた。
その事は、逐電した者の弟が当主に就くとき、歴史の影に隠されてしまったので、カイルさえも知らないことだが。
(これでは“輪廻転生”ではなく“生死流転”ではないか……。俺は確かに解脱に至ったのに……。まったく……笑えんな……)
そう思いつつも、ライの顔には、その皮肉に対する笑みが浮かんでいた。
(亜人を護るということは、亜人の為に力を振るうということ)
誰かを護るということは、雷蔵の中では、その敵を斬るということであった。
我ながら、つくづく戦に縁があるな、とライはさらに笑みを深めた。
(だが――)
その笑みが、不意にライの顔から消えた。
(亜人の為に、か……。俺は自分の為にしか、刀を振るってこなかった。今更誰かの為に刀が振るえるのか?)
サクヤのことにしたって、ライの中では自分の為に敵を斬ったに過ぎない。
結果として周りがどう思うかはさておき、ライの中では、自身の平穏を脅かす者を排除したに過ぎないのだ。
(誰かの為に刀を振るうなど、そんな、まるで侍の様な生き方が出来るのか?)
その自問にライは、出来ないだろうな、と自答した。
何故なら――
(俺の中に湧き上がるものなんてなかったのだから……)
襲われるサクヤを前にしても、ライは自分以外の――アーサーボルトの血に由来する力など何も感じていなかった。
(人斬りは所詮、死んでも人斬りか……)
この世界で初めて人を斬って、ライが実感した、それが真実であった。
その翌日、嵐が過ぎ去り、一転晴れ渡った空で朝を迎えたとき、火急を知らせる赤い狼煙が北西の方角から立ち上った。




