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いつもありがとうございます。


この話で、少しイリス大陸のことが明らかになっています。

解りにくい所がございましたら、感想などでお教えください。


よろしくお願いします。

 

「……本当にあったこと?」


「そうだ」


「“だいちがわれた”と、歌っていたと思うのですが……」


「ああ。割れて、世界が二つに分かれたんだ」


「ええと……」


 突然の突拍子もない話の展開に、さすがのライも困惑している。


(何だ、この展開は……)


 既に当初の、叱責を受けるという心構えは、ライの心から消えていた。


「そうだな。順を追って話そう。本当はもうすぐ通うことになる学習院で教わることなんだが――この国は一千年以上前に割れてしまった大陸の、その片割れなんだ」


 テクシスリウス王国の民は六歳になった次の春から十年間、学習院に通うことが義務付けられている。

 学習院といっても、貴族や良家の子弟だけでなく、庶民や亜人の子供も通うことが出来る。

 現代日本の小、中学校が一緒になったものを、この世界では学校ではなく“学習院”と呼んでいるのだ。


「今でこそ、僕たちが住んでいる大陸にはテクシスリウス王国しかないが、それまでは、大小様々ないくつもの国があり、世界はもっと広大な大地を誇っていた」


 カイルはそこで席を立つと、書斎の本棚から、なにやら一冊の本を取り出し、再び席に座った。

 そして、その本をライが見やすいように二人の間にあった机の上に置いた。


「これが、今の世界だ」


 その表紙をめくり、一番最初に現れたのは地図だった。

 大きな“テクシスリウス王国”と書かれた大陸の隣に、小さな“アーサーボルト辺境領”と書かれた島があった。

 かなり正確に測量されたものらしく、山や川や森の位置、それぞれの街や村の名前など、多くの情報を読み取ることが出来た。


「ここが僕たちの住むイグニス、こっちはキズミ山脈、ここがアールヴ大森林だ」


 カイルがそう言って地図を指差していくのを、ライは驚きの表情で見ていた。

 雷蔵が生きた時代に、こんな精巧な地図は存在しなかったからだ。


 雷蔵が知っている地図と言えば、旅行用の、目の前の地図に比べたら子供の落書きのような、簡略化された物であったし、そもそも地図を必要とすることもなかった。

 宿場町を目的地として街道を歩けば、日本全国何所へでも行ける、そんな時代だったのだ。

 大名の国ごとに測量した地図などはあったかも知れないが、合戦から合戦を渡り歩いていた雷蔵にはそんな物を目にする機会はなく、またさして興味もなかった。

 何度も旅をしていく内、大体の大名国の位置関係が把握出来てからは、地図などさらに必要がなくなり、雷蔵の頭の中にあるもので十分過ぎるほどだったのだ。


(不覚……。この世界の地図が、これ程の物だと知っていれば、何よりも先に見ておったものを……)


 雷蔵の生きた時代、地図の価値を理解している者など、雷蔵自身を含め、庶民の間には皆無であった。

 だからこそ雷蔵は、ライとして生まれてから六年間、地図に一切の興味を持たなかった。


 伊能忠敬が“大日本沿海輿地全図”を完成させるのは、まだ二百年以上先のことであり、“伊能図”の価値を庶民が理解するのはさらに先のことなのだから。


「……? 父さん、これは?」


 そう言って、ライが指差したのは、王国の東端“王都ルーファス”と書かれた都市の背後に存在する空白地帯だった。

 壁の様に、そこで地図を強引に終わらせているような空白の中には“ハルピュイア”と書かれていた。


「そここそが、大陸が、いや、世界そのものが二つに分かれた分割点カットポイント、イリスの涙が落ちたとされる場所“ハルピュイア”だ」


「ハルピュイア……。世界が分かれたって……、一体どういうこと?」


 ライは混乱していた。

 カイルの話が、雷蔵として培ってきた常識から、あまりにもかけ離れていたからだ。

 これならば、何も知らぬ六歳児の方がまだ理解し易いだろう、とライは思っていた。


「そうだな……」


 そこでカイルは再び席を立ち、もう一冊本を持ってきた。

 地図の載った本とよく似た装丁の本だった。


「この二冊の本がかつてのイリス大陸だとしよう」


 カイルは、地図の本を閉じ、二冊の本を隣り合わせに並べて、机の上に置いた。


「こっちが、今僕たちが住んでいるテクシスリウス王国――」とカイルが地図の本を示す。


「そしてこっちが、その片割れになるもう一つの大陸――」と今度は持ってきた本を示す。


「ここが分割点ハルピュイアだとして――」と二冊の本の間を示す。


「ここで世界が分かれたんだ」


 そう言って、カイルは持ってきた方の本を上に持ち上げた。

 テクシスリウス王国は机に、もう片方の大陸は空中にずれた。


「……えっと、一つだった世界が割れて、片方は空に浮かんだってこと?」


 ライはその常識外れの出来事が信じられなかった。


「いや、空に浮かんではいない。遥か上空にあって、見上げてもその終わりは霞んでしか見えないけど、一応地続きではあるんだ。木が育つように、地面が上に伸びたって感じかな。ハルピュイアは、山よりも高い垂直の壁みたいになっている。鳥や竜でさえ登ることの出来ない高さのね。ああ、竜というのは――」


「……」


 ライは、カイルのことを意識から外し、六年前、女神と共に見た《イリス》のことを思い返していた。


(確か……星全体は綺麗な球の形をしていた)


 実際、その目で確認したライは、《イリス》と呼ばれる惑星が球体であることを知っている。


(遠くて細部まで確認できた訳ではないが、星はずれていなかったように思う。だとしたら、一部が盛り上がってるだけかもしれんな。……城下町から城を見上げるようなものか?)


 雷蔵はかつて攻め落とした米子城を思った。


(城下がテクシスリウス、石垣がハルピュイア、天守閣がもう一つの大陸――規模の違いはだいぶあるだろうが、ここはそういうことで納得しておくか……)


 ちなみに雷蔵は米子城に二度攻め入ったことがある。

 一度目は尼子勢として、二度目は毛利勢として攻め入り、それぞれ勝っている。



 雷蔵には主君に忠義を尽くすという侍の信念が欠片もなかった。


 戦で人を斬り、自身が強くなる――雷蔵の心はその一念であった。

 “武士道”、いや、戦国の世では“弓矢取る身の習い”が近いが、そういった侍としての信念で、雷蔵は刀を振るっていなかったのだ。


 好敵手として、戦場で何度も刀を交えた本物の侍を幾人も知っているからこそ、雷蔵は自身と彼らの違いを明確に理解していた。

 サムライらは誰かの為に、自身ヒトキリは己だけのために、人を斬る――両者の信念は決定的に違った


 だからこそ雷蔵は、自身を「侍だ」などと決して言わないし、思ってもいない。

 故に、彼は“人斬り”という二つ名を好んで使った。



「……」


「ライ?」


「……あっ、はい」


「ここまでは、大丈夫かな?」


「はい、なんとか。正直、実際に見てみないと何とも言えませんが、とりあえずは……」


「凄いな。父さんは六歳の頃に同じ話を聞いてもさっぱりだったよ」とカイルは笑った。


「ははは」とライは照れたように頭をかく演技をした。


 自分が本当は七十六年生きていると、ばれるわけにはいかないのだ。


「そういえば、分かれた大陸の地図はあるんですか?」


 雷蔵は子供らしい好奇心を装って尋ねた。

 もちろん、実際に興味もあったが。


「分かれる前の物ならね。だが、さすがに一千年以上も前のことだからね。こういう地図しか残ってないよ」


 そう言ってカイルが開いたのは、先程のテクシスリウス王国地図が載っていた本の後ろの方のページだった。

 そこには、大まかに国が分けられただけの単純な地図が載っていた。

 それは、雷蔵が目にしたことのある地図と大差ないものだった。


「へえ」


 そんな物でも、一応興味を示しているように見せるライだったが、カイルはそこでパタンと本を閉じた。


「この本は後で貸してあげるから、お母さんとの勉強の時に使うといい。難しい字があっても、お母さんが教えてくれるしね。それより――」


 カイルは居住まいを正した。


「そろそろ、次に進もうか」


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