二秒、五秒、九秒
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『待たんか、貴様ら』
降りしきる雨が、いっそう強くなったとき、ライの目の前には三人の男が立っていた。
男達は突然の声に驚いた様子で振り返ったが、相手が子供であることに気付くと、すぐに余裕を取り戻した。
そんな男達の向こうに、殴られてまだ起き上がれないサクヤが倒れていた。
「……こいつは驚いた。標的が釣る前から来てくれたぜ」
男の一人――禿頭で一際身体の大きい男が言った。
「へへへへ、なんだ、餌を用意しなくてもよかったな」
浅黒い肌をした、サクヤを殴った男が言った。
「いや、ただ釣り針を下ろした瞬間にかかっただけなんじゃないか?」
三人の内の最後、少し肥満気味の男がそう言って笑った。
「そうかもな」
「ほんとツいてるぜ! この屋敷を見たときはどうしようかと思ったが、終わってみれば簡単な仕事だったな」
会話をしながら、自然な様子で浅黒と肥満が、ライを取り囲もうと横に動く。
「……ら、ライ……に、にげて……」
顔を真っ赤に腫らし、口の端と鼻から血を流しながらも、サクヤが小さな声を漏らした。
おそらく、まだ自分の身に何が起こったのかさえ解っていない状態なのに、それでも少女は、殴られて腫れ上がった目から捉えたライを想って、懸命に声を絞り出した。
「……」
その少女の姿は、ライの心のたたらに火を入れた。
だが次の瞬間には、それをライは何処か違う世界の光景のように、冷静に捉えていた。
熱くなった刃が、水によって一瞬にして冷やされる――刀を打つ過程で、最も難しいとさせる“焼き入れ”が、ライの心で行われた。
そして、これから行われる命のやり取りの気配に、ライの心の刃が研ぎ澄まされていく。
『心配するな、お嬢ちゃん。女子供に手をあげる屑に、斬られる“人斬り雷蔵”じゃねえよ』
先程と同じく、その口から思わず漏れたのは、《イリス》では一切耳にしない日本語――ライの思考が、この世界に来て初めて、戦場に立ったときの“人斬り雷蔵”へと切り替わった瞬間だった。
「さっきから何言ってんだ、このガキ?」
「さあな。怖くて、おかしくなったんじゃねえか?」
「まあ、とにかく捕まえろ。さっさとここから離れるぞ」
「はいよ」
「へいへい」
浅黒と肥満がライを捕まえようと手を伸ばす。
全速力で走ってきたライは、その瞬間まで、静かに息を整えていた。
六歳児の肺活量では、窓から飛び降りて、男達の前に立つまでの一連の行動で、かなりの酸素を消費していたからだ。
その息が、その瞬間に、整った。
男達の手がライの身体に触れるその瞬間――ライは左腕から何かを取り出し、自分に伸ばされた二人の腕を交互に刺した。
「――!?」
反射的に腕を襲った、火傷のような鋭い痛みに、男達は慌てて手を引いた。
その手の引きに重なるように、ライは肥満の男の胸元に入り込んだかと思うと、脂肪を蓄えたその腹を三度、何かで刺した。
さらに、刺している最中に、空いた左手の指で男の肋骨の隙間を探り、四度目は心臓に何かを突き入れた。
ここまで僅か二、三秒の出来事であった。
肥満の男の死に手応えを感じたライはすぐさま身体を反転させ、まだ腕の痛みに目を白黒させていた浅黒の男の懐に飛び込んだかと思うと、今度はその男の股間に何かを突き刺した。
「――ああう!?」
浅黒の男が悲鳴を上げて頽れようとした瞬間、ライはまた肋骨の隙間を探り、o男の心臓に何かを突き上げた。
ライが頽れかかってくる浅黒の男を避けると、そのまま男は地面に倒れ込み、二度と立ち上がることはなかった。
ここまで、併せて五秒とかかっていない神速の殺人術であった。
「……え? あ?」
あまりの早業に、まだ何が起こったか理解できていない禿頭の男に向かって、ライは持っていた何かを、全力で鋭く投げた。
「――あれ? え?」
ライが投げたそれは禿頭の眼球を貫き、脳に達して止まった。
禿頭の男は、自分に何が起こったのか理解できないまま後ろに倒れ、呆然とした間抜けな表情のまま地獄へと旅立っていった。
すべてが終わるまでに、九秒もかかっていなかった。
「……ふう」
ライは一つ息を吐いた。
雷蔵がこの世界に来て、初めて人を殺したのは、ライとして六歳の誕生日を迎えたその日だった。