この世界の争いの火種
いよいよ、少しずつ、物語は進展していきます。
よろしくお願いします。
いよいよライが数日後には六歳になるというある日、カイルの元に一通の手紙が届いた。
王国の南方に住む、二十年来の古い友人からの手紙だった。
そこにはただ簡潔にこう記されていた。
“王国に再び亜人狩りの兆しあり。彼の者の息がかかった咎人が三人、そちらに向かったとの情報も得た。身辺に注意されたし”
【亜人狩り】
古くからある悪しき事件で、テクシスリウス王国を語る上で避けてはいられない問題の一つ。
人は亜人より優れ、亜人は人に隷属するもの――という思想を元に、亜人を捕まえ、奴隷や、酷いときにはただの玩具として個人の愉悦のために扱う、非人道的な所業のこと。
カイルの二つ名【疾風迅雷】を世に知らしめた二十年前の争いも、この亜人狩りが発端となっている。
「またか……」
カイルは無意識に歯を食いしばっていた。
「いったい奴らは、あと何度血を流せば気が済むんだ――」
あまりの怒りと失望から、カイルは手紙を握りつぶした。
「父さん、何かご用でしょうか? ――!」
ライは、書斎の中で、僅かに殺気だっていた父に、思わず身構えてしまった。
どうやら手紙を書いている様子のカイルだったが、普段の穏やかな雰囲気ではなく、肌が粟立つような静かな怒りを纏っていた。
「ライか。急に呼び出してすまない。そこに座ってくれ。大事な話なんだ」
「わかりました」
何か怒られるようなことをしただろうか、とライは考えた。
(自分の前世のこととは考えにくいし、唯一の心当たりといえばアレだが、絶対に誰にも気付かれていないはずなんだがな……)
ライは、カイルの空気に当てられ、一度静かに左腕を撫でた。
しばらくして、手紙を書き終えたカイルは、座っていた黒檀の机から立ち上がり、ライが座っていたソファの向かいに腰掛けた。
対面の父の真剣な様子に、ライは居住まいを正した。
「……」
「……」
内容は判らないが、ライにはカイルが話すのを躊躇っていることが伝わってきた。
「……しばらく、アランドルくんとサクヤちゃんに会うのは控えなさい」
カイルは、絞り出すようにそう言った。
「……」
ライにとって、それはまったく予想してなかった言葉だった
「……理由を聞いても良いですか?」
「……さっき、王国に住む父さんの友達から手紙を貰ってな。どうやら、領内に危ない大人が入り込んだらしいんだ。すまないが、彼らが捕まるまでは、二人に会うこともライが屋敷の外に出ることも我慢してほしい。危ないからね」
そう、やるせなさそうにカイルは笑った。
「……」
――久しぶりに戦の臭いを嗅いだ。
それはライの無意識下の気付きだった。
そう、思ってしまった。
それは、ライの心に哀傷をもたらした。
(……ああ、そうか)
ライは、自分が、“人斬り雷蔵”であった自分が、こんなにも平穏というものに浸り、侵されていたことに、初めて気付いた。
(俺は、脆くなっていたんだな)
もうすぐ六年になろうかという、この世界で過ごした月日が、平和というものの大切さを教えてくれていた。
前世で、家族や友と過ごした時間の中でも、確かに平穏を感じることはあった。
しかし、それは束の間のもので、雷蔵には常に“人斬り”としての業がついてまわった。
その業が元で、周りの人間が命を散らすこともあった。
雷蔵が本当の平穏を手に入れたのは、一度死んでからだったのかもしれない。
ライとして生きる、この幸せな日々を、雷蔵は、深く愛していた。
そのことに――やっと気付くことができた。