辺境領
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辺境領アーサーボルト――西イリス大陸を統一する王国“テクシスリウス”の西南に位置する島で、統一戦争の三英雄が一人【イグニス・アーサーボルト】が王より恩賜された領地。
テクシスリウス王国とは、ラートオン海峡によって隔てられたかなり大きな島で、島の北西には“鬼”が暮らすキズミ山脈が連なり、北東には“エルフ”が住むアールヴ大森林が雄大な自然を広げている。
島周囲の海域は、潮の流れが速く、まだ動力となるものが発明されていない、この時代の風帆船では、まともに航海できない。
潮の流れが緩やかな海域は二つしかなく、テクシスリウスとアーサーボルトを繋ぐビフレスト海道と、水棲亜人が多く住む港湾都市“シーフォーク”の沿岸のみとなっている。
辺境領という形ではあるが、様々な亜人が暮らすことと、島の独立性を高める周囲の海域の影響で、半ば一つの国のように思われている。
その島のほぼ中心に位置する都市“イグニス”――初代アーサーボルト卿の名を冠する、辺境領の中では一番大きな都市で、辺境伯カイル・アーサーボルトもここに居を構えている。
ほぼ同数の人と亜人が共存し、その文化の違いから様々な建築物が建ち並ぶユニークな都市でもある。
そんな街中をライ達は歩いていた。
周りを賑やかに人と亜人が行き交い、様々な店が建ち並ぶこの通りは特に騒がしかった。
(やっぱりまだ少し慣れないな)
ライが辺りを行き交う亜人を見て苦笑する。
馬のような下半身を持つ男がいたり、人の二倍はあろうかという巨人の男女が仲睦まじく歩いていたりと、前世の記憶を持つライにとっては、いろいろとギャップを感じる光景だった。
(もう少し頻繁に街に出られれば、この光景にも慣れるんだろうが……)
まだ幼いライにはそこまでの自由はなかった。
「ライ、どうした?」
はぐれないようにと手を繋いでいたサクヤがライを伺っていた。
「いや、何でもないよ」
「?」
そうこうしている内に、サクヤとは反対の手を繋いでいたアランドルが「あっ! あそこは?」と叫んだ。
指さす先には、店内だけでなく軒先まではみ出すように、あらゆる物品でごった返した雑貨屋があり、特に買うプレゼントを決めていなかったライ達には都合が良かった。
「良いな。あそこにしよう」
店内に入ると、そこには所狭しと節操なく品物が並べられていた。
日用品から衣服、装飾品、あとは簡単な大工道具まで、ありとあらゆる物が店の中にあった。
用途の判らない見慣れない物も数が多い。
「いろんな種族がいますからねー。必要な物もいろいろ違うんですよー」
圧倒されて呆然としていたライ達にアリスが言った。
(そういえば、前にアリスと食材の買い出しに出かけたときも驚いたな)
そのときは、人が到底口にできないような物が店に並んでいて、ライは今回同様驚いていた。
「すごいな!」
「すごい!」
アランドルとサクヤも初めて入ったのかとても興奮していた。
二人も父親と街中を歩くことはあっても、お店に入るのは初めてだったのだ。
「なんだあれ!」
「あれ、キレイ!」
興奮した二人が我先にと飛び出していく。
「あっ! ダメです、お二人とも! 迷子になると大変なんで離れないでくださーい!」
アリスの叫びなど聞いてない二人は、次から次へと興味ある物に飛びついていく。
さほど広くない店内とはいえ、棚の間に入り込むと小さな子供の姿は隠れてしまう。
「やれやれ……、アリスはアランドルを頼む。俺はサクヤを見ておくから」
大人しいアランドルならおっとりとしたアリスでも大丈夫だが、動きの素早いサクヤにはアリスでは対処出来ない、と思ったライの配慮であった。
「わ、わかりましたー! でもライ様も迷子にならないでくださいね!」
カイルの言いつけがあるとはいえ、アリス一人でバラバラになった二人を同時には見守れない。ライなら一人でも大丈夫だとアリスが思っていたこともあり、二人はそれぞれ子守の相手の元へ向かった。
サクヤが熱心に見ていたのは、二つの大小の紅い宝石を設えた綺麗な簪だった。
(幼くても女ということか)
ライはサクヤを微笑ましい気持ちで見守りながら、ライも辺りを見回した。
ヴィクトリアへのプレゼントはアランドルが良いと思う物に、産まれてくる弟妹へのプレゼントはサクヤが選んだ物にしようと考えていたライは、特に何かを探している訳ではなかった。
サクヤを気にかけながら、前世では見たこともないような日用品や衣服を眺めている。
(生まれ変わって早五年。前世の記憶があるせいで違和感を感じることがまだあるな)
服のデザイン一つにしてもライにはまだ馴染みきれないものがあった。
(だが、こういう穏やかな時間は嫌いじゃないな)
前世では初めて刀を手にしてから武に生きる人生だった。
しかし、この平和な世界ではまったく違う生き方をすることになるかもしれない。
ライは、そんな未来が確定してない自分の人生を楽しんでいた。
(しかし、結局気になるのはこういう物だな)
ライは大工道具が並べられている一角で、金槌を手にした。
その先端の鉄――鋼の部分がライの感性を刺激したからだ。
鋼は武器になる――それがライの認識であった。
「ライ、なにみてる?」
ライが、金槌の隣に置いてあった五寸釘を手にしたところで、サクヤがこちらに来た。
「それ、あげる?」
「いや、さすがにこれはあげない」
釘を貰って喜ぶ子はいないだろう、とライは苦笑した。
この一角には先端が尖った物も多く危ないので、五寸釘を戻すとサクヤの背を押してその場を離れた。
「良い物は見つかったか?」
「うん! これかこれ、どう?」
そう言って嬉しそうに見せてきたのは、先程の簪と綺麗な刺繍が施された涎掛けだった。
「これ、きれい。こっち、さとのあかちゃん、つけてた」
「この涎掛けは良いな。でも簪は赤ん坊には危ないかな」
「かんざし? よだれかけ?」
「こっちが簪で髪を纏める物。これが涎掛けで赤ん坊の涎の汚れを防ぐ物かな」
「なるほど。べんきょうになった」
サクヤの最近の口癖はこの「べんきょうになった」であった。
ちなみにマイブームは乗馬。
ライに一人でも会いに来られるようにと、最近ジュウベイに習っている。
「たしかに、これ、とがってて、あぶない」
自分でもそう思っていたのか、サクヤはそれをすぐに棚に戻した。
「でも、きれい。ざんねん……」
どうやら、赤ん坊ではなく自分が欲しい物だったようだ。
確かにサクヤの長い黒髪には紅色の簪はよく映えそうだ、とライは思った。
その後、アランドルが選んだブックカバーと涎掛けを買い、プレゼント選びは終わった。
後日、ヴィクトリアの誕生日にプレゼントを渡すと、彼女は嬉しさのあまり泣き出してしまった。
その光景を、父親のエドワルドは目を細めて眺めていた。
ちなみに、この数ヶ月後――サクヤの誕生日にライが贈ったのは、あの紅い簪であった。