“常在戦場”も今は昔
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少しずつ物語も動かせていければと思っていますので、これからもよろしくお願いします。
四歳になったライに、両親はアーサーボルト家の跡継ぎに相応しい素養を身につけさせようと教育を開始した。
一月ほど前に第二子の妊娠が判明したリースは勉強を、カイルは当主として必要な帝王学と剣術を、それぞれライに教えていった。
その中で二人はライの中にある並々ならぬ天稟を感じていた。
まるで水を吸う綿のように知識を吸収し、身体能力に関しても目を見張るものがあった。
元々聡明な子だとは思っていたが、その能力の高さは、親馬鹿でもなんでもなく、間違いなく他の子とは発達の速度が違うと感じていた。
だがこれは当然であった。
アリスが「今日のおやつは何が食べたいですか?」と聞くと、「ホットケーキ-!」と元気いっぱいに答える少年ではあるが、中身は通算七十五年近く生きている老人なのだから当たり前である。
二人は息子の将来に多大なる希望を抱き、注ぎ込むように愛情と教育を与えていった。
だが、一方のライは自分の能力に対し、高い危機感を覚えていた。
勉強に不安はない。
前世ではあまり熱心に勉学に励んでいなかったのもあって、新しい知識を得ることはライにとって、とても楽しいことだったからだ。
問題なのは身体能力、特に自分の戦闘能力についてだった。
刀の道を極めたと思っていたライは、カイルに習うまで武からは離れていた。
怪しまれないように、出来るだけ子供のように暮らしていたからだ。
アランドルやサクヤと遊ぶ中で、自分の身体能力がある程度高いことは解っていたし、時々連れられて遊びに行く街を見れば、どうやらこの世界は戦とはあまり縁がなさそうだと感じ、特に自分の力を意識することがなかったのが原因だった。
しかし、実際に数年ぶりに木刀を握ってみると、ライは激しい不安を抱いてしまった。
戦闘に関する技術や経験、精神面での不安はない。
むしろ、その部分に関して言えば、誰にも遅れをとるような“人斬り雷藏”ではなかった。
しかし、圧倒的に筋力と体力――身体そのものが足りていなかった。
心と技は完璧でも、体は四歳児でしかなかったのだ。
事実、ライの隙のない構えを見てカイルは最初目を見張ったが、打ち込みが始まると次第に驚きの波は引いていった。
四歳児にしては鋭さはあるが、子供の打ち込みの範疇だったからだ。
一方のライは、ばれないように技術的な手加減はしていたものの、力加減においては全力であった。
かつては人馬一緒に両断できた腕力は見る影もなく、相手との距離を一瞬で詰められ、“縮地”“韋駄天”と恐れられた走力は足の短さもあってチョロチョロ動く小鼠のようだった。
縦横無尽に戦場を駆け巡れた体力は、たった十数合打ち合っただけで息も絶え絶えであった。
「はあ、はあ、はあ(まさか、こんなことが、あるとは、な)」
当然と言えば当然の結果ではあったが、ライがそのことに思い至るには“人斬り雷蔵”として強者であった刻が永すぎたのかもしれない。
若い頃は常在戦場の心構えで、油断など微塵もない雷蔵ではあったが、その強さが壁を越えてからは、むしろ意図的に気を緩めていた。
その、強者故に辿り着いた心構えの変化が、この結果を生んだのかも知れない。
「はあ、はあ、はあ(だが、また少しずつ、強くなっていく、己を感じるのも、悪くない)」
幸いにしてこの世界は平和のようだし、とライは楽天的に考えていた。
性格的に、命のやり取りの時以外はどこか抜けているところのある雷蔵であった。
だが、無情にもライを待っていた未来は平和なものではなかった。
人斬りとしての本能が、この世界に流れる戦の空気を無意識に感じており、それが身体能力の低下に危機感を抱く原因だとは気づけなかった。
四年に及ぶ幸せな家族との生活と、安らぎを感じる子供としての生活、そして刀の境地に至った達成感と全能感が、七十年戦場で研ぎ上げてきた名刀のキレをわずかに鈍らせていた。
そのことにライが思い至るのは、六歳になってからであった。