異世界で 腐りもの
魔王の居城は、大抵のものが腐っている。
草木は枯れ果て、腐敗した沼地のそばに髑髏とか転がってる。
魔物さんも腐ってる方が多い。
僕とミフユさんは厨房に足を運び、そろってため息をついてしまった。
肉に魚、穀物、果実類も全滅だ。
「食べられそうなもの、ないですね……」
「食材を買い足しても買い足しても、腐らせちゃうの。どうしてかしらねぇ」
「どうしても何も、ここが魔王のお城だからですよ」
「魔王さんのお家は、空気の通りが少し悪いみたいね」
少し悪いどころではない。完全に淀んでいる。
普通の人間が入ったら、即死レベルの瘴気が漂っているのだけど、僕とミフユさんは平気だ。なぜなら、転生イージーモードで最強だからだ。
でもお腹は空く。
いちいち下界に降りて、食事をしなきゃいけないのは面倒である。
「まぁ、仕方ないです。お腹も空いたし、街の食堂にでも行きましょう」
「ミチトちゃん、外食ばかりじゃ体によくないしねぇ、困ったわ」
憂いげに片頬に手をあてているミフユさんは、僕のお母さんのような口ぶりだが、明らかに年下だし僕の身内でもなんでもない。
魔王城ではじめて会ったのだ。
ミフユさんがなぜここに来たのか、ここにい続けているのかも謎である。
メイド服を着ているから、給仕の職に就いていて、間違えて魔王城に就職してしまったのかもしれない。
なぜかスベテさんのことだけは、魔王さんって呼んでるし……
もしかして、魔王というのが苗字か何かだと思ってるんじゃあ。
「あ、そうだ、いいこと思いついたわ」
おもむろに、ミフユさんが両手をぱちんと合わせた。
*
ミフユさんと僕は研究チームを結成した。
二人して白衣をまとい、長期間に渡って厨房にこもった。
下界で調達してきた豆を一晩水に漬け、鍋で何時間もぐらぐらと煮込み、用意したわらの上部と下部を縛って、一本一本を丁寧に折り返したものを大量に作成した。
その束ねたわらを更に煮たあと、豆を投下する。
失敗に失敗を重ねた。
僕は弱音を吐き、スベテさんは「キミらは一体何をしているのだ?」と高慢ちきに冷たい視線を投げ、配下の魔物さんたちはキシャーとか言ってた。
何日にも渡る飢餓は、狂いそうなほどに苦しかった。僕は悶絶した。お腹が空きすぎて、腐った肉に手を伸ばしてしまったこともある。
スベテさんがわざと近くで、高級料理のフルコースをレトちゃんと食べていた。
惨めになって、涙すらこぼれた。
修羅場だった。
しかし、ミフユさんは諦めなかった。
「できた……今度こそ、成功よ……!」
縛ったわらの中をのぞき、ミフユさんは笑顔を見せてきた。
「とうとう、僕ら、やったんですね!」
「ええ、長かった……ここまでたどりつくのに、一体どれだけの犠牲を払ってきたことか」
おもに僕が。
騒ぎを聞きつけてか、スベテさんも、厨房にやってきた。
僕らの頑張りを称えてくれるに違いない。
誇らしい気持ちで、僕は胸を張っていた。
「どうですかスベテさん、僕ら、納豆の培養に成功しましたよ!」
「はん、醤油はどうした。それに、納豆に白米は必須であろう! 白米農家を作ってから胸を張れ!」
スベテさんは吐き捨てて去っていく。どこか拗ねているような感じだった。
がっかりだ……
僕は、その場に膝をがくりとついた。
「せっかく納豆を作れたのに……」
ぽん、と優しく肩に手を置かれた。ミフユさんだ。すっごい笑顔だ。
「大丈夫。私たち腐蝕に勝ったのよ。まだまだ頑張れるわ」
「ミフユさん」
「つぎはチーズ作りよミチトちゃん!」
「はい!」
……僕たちは、一体どこへ向かおうというのだろう。