11月19日
学校が終わり放課後になると、おれは友人たちとまっすぐ家に帰る。理由はまりおさんに会う時間を少しでも多くするためである。
いつもメンツは決まっていて、二人の友人――ここではそれぞれTとYとしておく――と自転車を漕ぎながら、他愛のないお喋りをする。
おれたちはゲームの話だったり、進路の話だったり、今日あった出来事について話をしたりする。今日は進路についての話だった。
さて、おれたちにはある共通点がある。
それは三人ともがハーフである、ということだ。おれとTはフィリピン人と日本人のハーフ。Yは韓国人と日本人のハーフである。
そして、おれとYは小学校とクラスが一緒で、Tとは高校で三年間クラスが一緒、という奇妙な縁を持っているのだ(ちなみに、おれのクラスにはフィリピン人と日本人のハーフがあと二人いる)。
ただ、元々それほど仲が良かったわけではない。おれは九月の半ばまでは電車やバスで学校に来ていたのだが、それ以降は自転車で登校している。
たまたま帰り道が一緒の奴らで、気軽に話出来そうなのがこの二人だった。今ではTとゲームで、Yとは昔話でよく盛り上がった。
二人の進路は、Tはフィリピンで母親の地元のある大学に通うようだ。Yは普通に進学。ただこの話についてもう何度も語り合ったし、いまさらするには遅すぎる。もうおれとかは就職決まってて気楽だしな。
最終的には結婚をする年齢はどうするか、という話に発展し――そもそも相手を見つけられるか――おれたちは別れた。
『ただいまー、お風呂行ってきまーす』
『いてらー』
……。
『あがったったー』
『おうよ』
『怒るなよ!』
『オコだぞーぷんぷんだぞー』
メールの文面を見るからに、たいして怒ってないけど早く来い、ってところか。
おれは服を着ると家を飛び出した。
彼女の家の玄関にたどり着いた。
チャイムを鳴らして少し待つと、がちゃりと鍵のまわる音がする。
ドアノブを掴んで開くと、目の前には手を広げた状態で静止しているまりおさんがいた。
「……おじゃましまーす。あと、狭いからもうちょいあっち行って」
「イッヒさーん」
手をぶらぶらさせてくるまりおさんの脇を無理やり押し通る。
そのまままりおさんの部屋に入り、上着を脱いでいると後ろから抱きつかれた。
そしてその手がおれの胸の辺りを這いずり回る!
「いやああああ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。
身体を左右に揺らして抵抗を試みるも、がっちりと身体にまわされた腕は少しも緩まない。
それこそ加減せずに暴れれば引き剥がせるだろうが、いかんせんこの部屋は狭い。転んでどこかしら怪我をされても困る。
こういうときは、まず胸を抑えている両手をおれの手で押さえる。そうするとおれはまともに声を出せるので、
「 お い 」
「……ぶーぶー」
普段よりいくらか下がったトーンで制止を呼びかければ、まりおさんは素直に引いてくれる。
うん、こういうとこ可愛いよねこの娘。
振り返ってまりおさんを見ると、唇を突き出して、その表情にありありと不満を浮かべていた。
他の女が唇を突き出して不満ヅラしてたら鼻で笑ってやるところだが、 おれの彼女なので良し。
「イッヒさーん」
「はいよー」
再び両手を広げてきたまりおさんを、今度はしっかり抱きしめる。
「おこなんですか」
「おこだよーぷんぷんだおー」
「昨日のこと?」
「そうだよー。イッヒさん『眠い』って言って帰っちゃうし、せっかく私お菓子用意してたのに」
まりおさんが後ろのこたつを指差すと、その上にじゃ○りこがあった。
そう、昨日まりおさんは夕方からバイトがあったので、おれは一時的に家に帰宅していた。バイト終わりにまた会おうという約束を交わして。
が、まりおさんのバイトが終わるまで布団に横になりながら、ネット小説を読んでいたおれはなんだか眠くなってしまった。
メールで「ごめん、眠くなったすまんおやすみ」と送ってそのまま翌日まで眠りこけていたわけである。
「しょうがない、眠かった」
「おこだよぷんぷんだよ」
そう言いながらまりおさんは手を徐々に下げていく。背中をするする滑りながら、お尻へとたどり着いた手はそのままズボンの中へ……待てやこら。
ズボンどころか下着の中にまで侵入した手の平でお尻を揉みしだくまりおさん。
「おい」
「触らしてー」
「やめんか」
「ひどいよー、寂しかったよー」
「それは悪かった。でもやめろ」
「触るぐらい良いじゃない。……ふへへ、イッヒさんのお尻ー」
「触るっつーか揉んでる、マジでやめんか!」
「あっ」
まりおさんの腕を抜いて、おれはこたつの中に足を潜り込ませた。
あー、あったかい。
ほとんど密着する形で、まりおさんもこたつに入ってくる。こたつの脚の間に、おれとまりおさんの身体が入り込んでいるのだ。狭い。
まりおさんの家にほぼ毎日といっていいぐらい訪れるおれだけど、特に何をするというわけでもない。
まりおさんも、こたつに入ってしまえばスマートフォン片手にマインスイーパをやっているし、おれも携帯機のゲームをし始める。その間会話はあんまりしない。まりおさんが自分の自己ベストを縮めようとして発狂したり、おれが操作でミスして自キャラを死なせた時に舌打ちが漏れるぐらいだ。
恋人同士の甘いひとときを過ごしているわけでもなく、ただ黙々と自分のしたいことをする。
以前は、これなら自分の家でしていた方が効率が良い、という考えがあった。せっかく恋人の家にいるるのだから、なんか楽しいことしたり、一緒にゲームしたりしようと。
しかしそういったことは付き合って一年目にほぼ終わらせていたし、わざわざそんな風に気負わなくても、同じ空間で一緒に過ごすことがまりおさんにとっては重要らしいので、お互い気にせずそれぞれしたいことをするようにしている。
それに、飽きたらお互いが相手にちょっかいを出すので、その時はそれにかまってやれば退屈はしない。
現にいまだって、マインスイーパに飽きたのかそろりとおれの身体に手を伸ばしだすまりおさん。
無言で手をはたくと、後ろで激しく身体を揺すり「ひどいよー!」と喚き始まる。
うるせえ。あと暑い。もうちょいあっち行け。
「いやだああ」
あ、そうですか。じゃ、おれが向こう行きますわ。
反対側に行こうしたおれを、まりおさんが抱きつくことで阻止した。
「あちーですー、どいてくださいー」
「寂しいよおおおおお!」
「話にならないなお前!」
うぜえよこいつ。ホントうざい。
そして暴れだすおれとまりおさん。
元から体力の少ないおれたちだが、先に力尽きたのはやはりというかまりおさんだった。
勝負を制したおれは、こたつからゆっくり出た。
「はぁ……はぁ……」
「うっ……うっ……」
「あー、疲れた。しかしどしたの、まりおさん。今日はホントにめんどくさいんだが」
「ひどい……。あ、でもあれかなあ」
どうやら思い当たる節があるようだ。
「あー、だから情緒不安なのかも。あれだ、生理がもう近いから」
「納得したわ」
「もう少しで生理だからいまのうちにエッチしよ」
「やだ」
「えっ」
「えっ」