一年後のプロポーズ
初連載です。温かい目で見てください。
太鼓の音が耳元を覆う。地元の小学生が太鼓のリズムで踊るのは、僕の祖父母の世代からの伝統らしい。僕も五年生まではあそこで、のんきに踊っていた。
「にぎやかでいいね」
隣を歩く、詩織がキョロキョロと周りを見回している。詩織はあまり祭りに来たことがない、と言っていた。
「小さな祭りだよ」
謙遜というではない。子供が満足に野球が出来ないほどの広さだ。地元の人しか立ち寄らないから、狭さを感じないだけだ 。
「私は好きだな。この雰囲気」
太鼓の音が止んだ。高鳴る鼓動を沈め、詩織の前に立つ。
「どうしたの、急に?」
「予行練習だよ」
一日中、熱を持ったかのように、それは内ポケットで存在感を醸し出していた。ゆっくりとそれを取りだし、詩織に差し出した。
「指輪?」
「給料の3ヶ月分......じゃないけどな」
「もしかしてプロポーズ?」
そういうのは黙って相手の言葉を待つものだと思うが、詩織らしくて違和感を覚えなかった。むしろ、今の僕にはありがたかった。
「そうだよ。でも今日のは予行練習」
「それを私を相手にするの?」
戸惑いとためらいで、詩織は首を傾げた。当たり前だ。僕も詩織の立場なら、同じ反応を示しただろう。
「一年後の今日、僕たちがまだ一緒だったら、結婚してほしい」
「何で一年後なのよ」
「ここの祭りは春夏秋冬行われるんだ。全部同じ人と通うとその愛は永遠に続く、って言い伝えにあやかりたかったんだよ。どうしても」
今ではそんな古くさい言い伝えを信じている人は少ない。僕がこの町にいた頃でさえ、信仰者は少なかった。
詩織は、「うーん」と唸っていた。それでも、
「いいわよ。じゃあ一年後ね」
と、承諾してくれた。
「ありがとう」
指輪の入った箱をしまう。これが開かれるのが一年後であることを願いながら。
「悠くんは、やっぱ変わってるね」
「お互い様だろ」
詩織が強く、柔らかく僕の腕にしがみついた。
僕は詩織が好きだ。やっと出会えた、人生を共有したい、唯一の存在。
踊りを終えた子供たちが、それぞれの親を目指して通り過ぎていく。
「私も一生、一緒にいたいよ」
それは遠い彼方からの声だった。幻聴だ。仮に本当だとしても、もう遅い。
僕は歩く。一年後の妻とともに。キミが最期にウソをついたこの地を。