好きと嫌いは紙一重
旭学園中・3年1組。彼らに静寂は1日とてない。
「おい、お前は何点だ?」
「くっ・・・63点」
あたしは声が震えそうになるのを、奥歯をかみしめてようやくこらえた。
「っし、俺の勝ちだな」
勝ち誇った顔が憎たらしい。迷わず言い返してやった。
「勝ちっていったって、1点しか変わらないじゃない!!」
「そういうのを”負け惜しみ”って言うんだ。国語を得意教科と自称するなら、これくらいスカスカの脳みそに入っててもおかしくねえよな?」
「それくらい知ってるわよ!1点差ごときでそんな勝ち誇った顔すんのは、バカかガキくらいなもんだっていってんの!っていうか、あんたはどっちにも当てはまると思うけど!?」
「るせえよ!お前だってしっかりばっちりあてはまるじゃねえか!」
「あんた程じゃあないわよ!」
こんなやり取りを、クラスメートはクスクス笑いながら眺めてる。もう日常茶飯事になっていて、今さら驚く人なんていない。そう、あたし・島崎まゆとこいつ・神野亮は、顔を合わせればケンカばかりしている。世間一般で言う”犬猿の仲”ってやつだ。原因は、時を遡ること4年。
小5の時に通い始めたテニススクール。確か、2ヶ月目を少し過ぎた頃だった気がする。
『おっまえ下手だなー』
ムカッときて振り返ると・・・。そこに立っていたのが亮だったってわけ。その後はムカつきすぎてよく覚えてないんだけど、スクール時代の友達によれば『あんたなんかブッ倒してやる!』と豪語したらしい。さすがあたし、短期で気の強い性格は昔から全然変わっていない。幸いその場はコーチによってどうにかなったみたいだけど(後から分かったのだけど、亮はスクールで一番強くて、その上、ジュニア大会の上位入賞者だった)。
とにかく、あたしたちの”犬猿の仲”はその日から始まった。
その2年後の4月。あたしは見事に桜を咲かせ、憧れだったテニスの名門校・旭学園中の門をくぐった。何とも言えない幸せ!しかも、スクールに通うのは3月で終わっていたので、”名前も知らないあのムカつく奴”と顔を合わせなくてすむ!先輩が案内してくれた教室の扉をガラリと開ける。まだ担任は来ていなかったが、半分ぐらいの生徒が既に座っていた。黒板の指示通り、出席番号順になっている席に座る。当然といえば当然なのだが、教室はほぼ静まりかえっていた。初対面の顔ばかりだし、同じ小学校の人同士がぼそりと会話をする程度。ピーンと張り詰めた空気の中で、緊張感のカケラもないこの声は一層よく響いた。
「げっ・・・!?」
意外にも、その声の主はあたしの左隣だった。こんな状況でこんなバカ声出す奴なんて滅多に見れたもんじゃない。興味をそそられて声の主を確認する。声の主を。声の主を・・・・・・カクニン スル!?
次の瞬間、あたしの幸せは桜の散り様と化していた。正真正銘、間違いなく確実に”名前も知らないあのムカつく奴”だ。あたしの目が幻覚を見ていなければ、だが。そしてあたしは、ここが見知らぬ人でいっぱいの教室だという事実をすっかり忘れた。
「何でアンタが隣に座ってんのよ!?」
「そりゃあこっちの台詞だ!教室間違えたんじゃねえの!?」
「ありえないってば!机の右上見てよ!”島崎まゆ”って、あたしの名前がちゃんと貼ってあるもの!」
「へえー、お前そういう名前なのかよ。”まゆ”なんて可愛らしい感じは微塵もしねえけど?」
一番言われたくないことを・・・っ!怒りゲージMAXの一歩手前。そのため、来ているクラスメート全員がこちらに注目していることにも気づく術はなかった。もっとも、気づいたところでそんなことにかまってはいられないが。よし、ここは名前ネタで言い返そう。
(そういえば、名前も聞かずにケンカばっかりしてたから、こいつの名前を知らないんだった)と、机の右上を見ると・・・。”神野亮”。
「へえー、アンタはジンノリョウっていうのね。”リョウ”なんて爽やかな雰囲気はこれっぽっちもないじゃない!」
「なっ・・・!べ、別に、俺はそんなもん欲しかねえよ!」
「ふーん、あっそ」
「何だ!?その投げやりな言い方と態度はっ!」
「別にぃ?これ以上バカの相手してたらバカがうつると思っただけ♪」
「誰がバカだ、誰が!」
「あんた」
亮はくっ、と唸るだけなので、あたしは優越感に浸った。浸った・・・のだけれど。
それは幻のごとく消え去った。あたしはようやく、クラスメートがかなり注目していることに気づいた。どの顔も呆然としている。亮も異変に気づいたらしい。落ち着かない様子で辺りを見回している。
「そこの2人〜!」
やけに明るい声―ふつふつとたぎる怒りを無理に抑えているようだった―が耳を貫く。恐々前を見ると・・・。引きつった笑顔の担任がいた。
「そのへんにしとくか?」
「「はい・・・」」
見事にハモッてしまい再び言い返しそうになったが、睨みつけるだけにしておいた。
担任があたしたち2人の名前を真っ先に覚えたのは、言うまでもないことだった。
その後もあたしたちの腐れ縁は続いた。もちろん部活は同じテニス部だし、クラスも3年間同じ。更に、何度席替えをしても毎回近くになってしまう。ここまでくると奇跡としか言いようがない。当然、ケンカなんて毎日。テストの点数が勝っただの、調理実習が上手くいっただの、美術の作品が褒められただの・・・。内容は挙げればキリがない。最初はあっけにとられていたクラスメートも、今ではたいていクスクス笑いながら冷やかして見ている。まったく、慣れってすごい。けど、冷やかしはムカつく。
「ケンカする程仲が良いって言うじゃ〜ん」
あたしたちは本当に仲悪いんだって!
「神野って、島崎に対してだけは突っ掛かってくよなー」
どうせあたしを怒らせたいんでしょ?
「まゆだって神野君が休むと超テンション下がるしー」
ケンカする相手がいないからそう見えるだけ!ったく、こっちはいい迷惑だってのに。
事件は、ごく普通のある日に起こった。
「3−A島崎、大至急2階の空き教室に来なさい。繰り返し・・・」
部活の最中に放送で呼び出されたのだ。とりあえず顧問に行って来ます、と伝え、空き教室へと向かう。しかし、全く心当たりがなかった。別に悪いことなんてしてないし、呼び出される程成績が悪いわけでもないし。頭の中を駆け巡る疑問と、窓から見えるどんよりした曇り空が、足取りを重くした。
意味不明のまま教室の扉を開ける。そこにいたのは2人。呼び出したあたしの担任と、もう1人は・・・あたしの親友・鈴木美緒。某大手会社のナントカ言う重役の娘で、いわゆるお嬢様である。でも、そういうことを鼻にかけたりしない、さばさばした性格の子だ。よく気がついて周りを気遣う、そんな心の優しいところが好きなのだ。
「急に呼び出してすまない。だが、はっきりさせなきゃいけないことだ」
担任の視線が鋭い。重大なことだろうと見当はついたが、何で美緒もいるんだろう。わからない。
「島崎、お前は鈴木と仲が良いんだよな?」
「は、はい・・・」
「体育の時間も一緒に行動していたそうだな?」
「はい・・・。他にも2人いましたけど」
「鈴木はトイレに行くから先に戻っててくれと伝えたんだよな?」
「はい・・・」
何で担任が知ってるの?わけわかんない。
「その時、鈴木の荷物はお前が持っていたそうだな」
「そうです・・・けど?」
あの時、美緒の隣にいたのがあたしだったから。持ってあげるのは当然でしょ?
「そして今日、鈴木の財布が盗まれた。この意味がわかるだろう、島崎?」
あたしは顔をしかめた。・・・疑われてる?
「今のうちに正直に言っておいたほうがいいぞ。もうばれてるんだからな」
美緒が悲しそうにあたしを見つめた。
「違います」
「違う、だって?鈴木の荷物に触ったのはお前しかいないだろう!」
「でも違います」
きっぱりと、さっきよりも強い口調で断言する。担任もより視線を鋭くした。
「そんなわけないだろう、島崎。いいか、体育の時間の直前に担当の木下先生が貴重品を預かった。それは体育職員室で保管していたし、中には次の授業を待つ合田先生がいた。よって、入って盗むのは不可能!そして、授業終了後に返される。鈴木はジャージを入れるかばんの内ポケットに財布を入れた。トイレに行く時に、それをお前に渡した。教室までずっと運んでたなら・・・他の2人には無理でも、お前なら目を盗んで財布を盗ることくらい出来るよな?」
「あたしじゃない!」
「うるさい!お前以外の誰が出来るっていうんだ?」
「そうだ・・・あたしのかばんを調べて下さいよ!美緒の財布なんて入ってませんから!」
「そう言うだろうと思って、清掃中にお前のかばんを調べさせてもらった。お前の言ったとおり・・・財布は入ってなかった」
「それなら・・・あたしは無実でしょう!?」
疑う理由がないじゃない!―しかし、担任は引き下がらない。
「財布が入ってなかったのは、教室のどこかに隠したからだろう?部活が終わってからこっそり取りに来ればいいからなあ?」
「ひどい・・・ひどいです先生!あたしが美緒の財布を盗むわけないじゃないですか!」
「どうかな?本当は大手会社のお偉いさんの娘だから付き合ってたんじゃないのか?」
「な・・・」
ナンデ?
意地悪い担任の声音と発言に、あたしは言葉を失った。
ナンデソンナカンガエカタガデキルノ?
「鈴木、教室を探してみよう」
「はい、先生」
美緒がもう一度、悲しそうにあたしを見つめると、2人はさっさと出て行った。あたしは・・・動くことすら出来ずにいた。
窓の外には、泣き出しそうな灰色の空。
あれから何時間が経ったのだろう。はっと我に返ると、何故か空き教室の椅子に座っている自分がいた。そして頬を伝うこれは・・・?涙?泣いてる?このあたしが?こんな姿、亮に見られたら恥ずかしいな・・・。
「ったく、誰もいねえなら電気ぐらい消しとけよな・・・って、まゆ!?」
この声、間違いない。今あたしが会いたくない奴NO.1の亮。よりによってこんな顔の時に来ないでよ・・・。
「おい、どうしてすぐ部活に来なかったんだ?もしかしてサボりか!?ダッセエな」
いつもと変わらず、冷やかし気味に亮は言ってきた。しかし、さすがにあたしの涙に気づいたのか、瞬く間に驚いた顔を見せた。そりゃそうか。こんな気の強い女が泣いてるんだもんね。驚かない方がバカだ。どうせ「お前が泣くなんて、明日はぜってえ雪だ」とか何とか言うんでしょ?
「まゆ、どうした!?一体何があったんだ!?」
え・・・?考えてたことと180度反対じゃない。もしかして、心配・・・してくれてる?しかも顔が真剣だ・・・。らしくない亮の言葉に戸惑ったが、どこか嬉しく思っている自分がいることに気づく。今、あたしは亮を頼っていいんだ。ほぼ直感的にそう悟り、今日呼び出されてからのことを全て話した。途中で何度もつっかえながら。そんなあたしに亮はイラつきもせず、黙ってずっと聞いてくれた。そして、時間をかけて全てを話し終えた時。ようやく亮があたしにこう言った。
「担任と鈴木は今どこだ」
「教室で財布を探してる」
言い終わるか終わらないかといったところで、亮はあたしの腕をつかみ走ろうとする。強くつかまれた腕の意味がわからなくて、あたしは思わず声を上げていた。
「ちょ、ちょっと!?」
「ちょっともクソもねえだろ!!」
亮が怒ったのは初めてだったので驚いた。
「ぬれぎぬ着せられて黙ってるつもりか?お前は・・・絶対にそんなひどいことしねえ。俺には分かるんだよ!2人にまゆは犯人じゃねえって言ってやる!」
結局、あたしは強引に連れて行かれた。亮が勢いよく教室の扉を開けると、その速さに比例して2人もこっちを見た。
「神野、何でお前がここに来るんだ?」
当たり前といえば当たり前の疑問。担任の疑わしげな視線にひるむことなく、亮はこう言った。いや、”言った”というよりは”叫んだ”か。
「何でだとか、今はそんな理由なんざ関係ねえ!俺はただ、まゆは無実だって言いに来ただけだ!」
「ほう?鈴木の荷物に唯一触れた島崎が犯人じゃないって言うのか?」
「そうだ」
「やけに自信たっぷりじゃないか、神野」
「先生こそ、状況証拠ばっかじゃねえの」
担任と亮との間で、バチバチと火花が散っている。美緒はというと、何か居心地が悪そうに2人を見つめていた。
「どうしてお前は島崎をかばうんだ?友達を裏切った奴なんかを」
「まゆの何を知っててそんなことが言えるんだよ!」
その怒声は一際大きく響いた。担任ですら言い返せないほどに。
「こいつが友達を裏切る!?するわけねえんだよ!困ってる奴を放っておけない性格だし!・・・先生、まゆにこう言ったんだってな?『鈴木がお偉いさんの娘だから付き合ってるんじゃないか』って!まゆはなあ!鈴木のことをよく見てる!先生以上にな!鈴木の気遣い屋な所が、優しい所が好きだって言ってた!」
担任があっけにとられて聞いている中、あたしはまた涙が溢れてきた。・・・嬉しかった。自分を否定されたと思っていたのに、亮はあたしを必死になってかばってくれた。他人事なんだから放っておいてもいいのに。それなのに、あたしを守ってくれた。・・・涙が止まらない。
「あっ!・・・もしかして!」
美緒は思いついたように言い、ジャージの入ったかばんを開くと、ジャージのズボンを引っ張り出してそのポケットの中に手を入れる。ゆっくりと腕を持ち上げると・・・。美緒の手には、赤い物体が握りしめられていた。少なくとも、涙で滲んだあたしの視界にはそう映っていた。
「あった!先生、ありました!」
「何!?本当にお前の財布なのか?」
担任は目を真ん丸くしてそう言った。
「はい・・・っ!―まゆ、疑ったりして本当にごめんなさい。実はこれ、去年亡くなったおばあちゃんが買ってくれたものだったの・・・」
「いいよ・・・。それなら冷静になれなくて当然だよね・・・っ。見つかって良かったじゃん」
涙声で答えたあたしに、美緒はすまなそうに下を向いて声を漏らした。
「まゆを疑うなんて・・・あたし、バカだ・・・っ!」
美緒はそう言うと同時に泣き出してしまった。そして、担任は教室の扉に手を掛けてこう言った。
「島崎・・・。本当に申し訳ない!ろくな証拠もないのに疑ってすまなかった!」
「本当に、もういいんです。美緒があたしじゃないって分かってくれた。それだけで十分ですから」
「鈴木との友達付き合いに口出ししたことも謝るよ。今日は本当にすまない・・・」
そう言って、担任は出て行った。すると、美緒はあたしと亮をチラッと見やり、涙を拭いて慌てたように言う。
「あ、まゆ・・・。あたしもそろそろ帰るね。今日は本当にごめんなさい・・・」
「いいって。美緒の財布は見つかったし、疑いも晴れたし。んじゃ、また明日っ!」
「うん!バイバイ!」
美緒も出て行った。教室に残されたのは、あたしと亮の2人。亮は美緒の足音が聞こえなくなると、口を開いた。
「良かったじゃねえか。盗まれてなくてよ」
「うん。・・・・・・あ、ありがと。あたしのことかばってくれて」
なんだか、今までの2人きりとは空気が違うような気がする。柔らかく、暖かくあたしを包んでくれるような―そんな感じ。
「4年も一緒にいりゃあ、絶対にそんなことする奴じゃないってぐらいは分かる。さっきも言ったけど、友達を裏切るような奴でもねえし」
違うのは空気だけじゃない。異常に脈打っている心臓。上がる体温。少し汗ばんでいる手。違うのは・・・・・・あたしの気持ち。
「あたしのこと・・・『困ってる奴を放っておけない』とか、『美緒のことをよく見てる』とか・・・。亮がそんな風にあたしを見てたなんて・・・思わなかった。そんな所まで見てくれてたなんて・・・思わなかった」
すると亮は、うつむき気味にこう言った。
「それは、お前のことが・・・っ!」
亮があたしの目を見た。
「お前のことが!好きだから!」
亮の顔が紅潮しているのが分かる。しかし、あたしは驚きすぎて何の反応も出来ない。そして、亮は更にこう続ける。
「ほかの誰よりも一生懸命に練習するお前のこと・・・スクール時代からずっと気になってたんだ。だけど、俺は女子としゃべったことほとんどなかったから、どう接していいのか分からなかった。気づいたらケンカ売るようなことばっか言ってた。それでもお前はムキになってバンバン言い返してくるから、なんつーか・・・それだけで、ケンカって形でも話せるだけで嬉しかったんだ!」
あたしは口を開こうとしたのだけれど、まるで縫い付けられたかのように口が動かない。声が出ない。動悸はますます激しくなって、今にも聞こえてしまいそう。こんな想いを―あたしは持っていたというの?
「・・・悪い。勝手にベラベラと・・・。とにかく、そういうことだ。お前は俺のこと、ただのケンカ相手としか見てねえかもしれないけどよ」
「そんなわけ・・・ないじゃん!」
きっと、こんなにもいっぱいになった亮への想いに、今気づくことが出来たんだ。そうじゃないと、反射的にこう答えたりはしない。
「え・・・?」
亮は少なからず動揺している。
「そりゃあついさっきまでは”ムカつく奴”って思ってたけどさ、疑われたことを話してるうちに分かったの。あたしをかばってくれた時に気づいたの。あたしを一番理解してくれる人は、亮だっていうことが。負けず嫌いで、つっけんどんだけど本当は優しい亮が・・・・・・大好き」
自分でも気づかないうちに心の中で育まれていた想いが―今、素直になったあたしの口を伝って言葉になった。
「ありがとう」
「え?」
自覚出来るほど赤くなった顔を髪で隠しながら、あたしは聞いた。
「そんな風に誰かから言われたの初めてだからよ・・・ありがとな」
照れくさそうにそう答えた亮に微笑むと、彼はますます照れたようだった。
そして、しばらくの沈黙。でも、それは何故か心地の良いものだった。
「っし!大分遅くなったし、帰るとするか!」
亮はそう言うと、右手を差し出してきた。けれど、あたしはまだポーっとしていた。
「おら、早くしねえとバスが行っちまうぞ?」
「そだねっ!」
かすかに微笑んだ亮の手を握ると、あたしたちは教室を後にした。2人で手をつないで歩く廊下。それを、夕日が綺麗な橙色に染め上げてくれた。
「おい、今の見たか聞いたか!?」
「ああ、バッチリな」
そこには黒く長く伸びた影が2つ・・・。
「おっはよー!」
いつものように元気よく挨拶をした直後、男女問わず大勢のクラスメートがあたしの周りに群がってきた。
「お〜い、神野がお前に告ったんだって?」
と、ある男子。
「なっ・・・何で知ってんのよ!」
「もうクラス全員知ってるわよ♪」
にんまりと笑みを浮かべて、ある女子。
「はあ!?何よそれ!」
「お前ら、一つ聞かせてもらうぞ」
「亮!」
さすが亮、こんな状況でも冷静だ。
「情報の発生源はどいつだ!?」
いや、さすがに怒ってるか。とりあえず、あたしも少しは冷静さを取り戻せた。
「そっ、そうよ!一体誰が・・・」
クラスメート全員が、一斉に2人の男子を指差した。その先には向井と清水。テニス部の悪友だ。あたしたちがケンカした後は、先陣を切って冷やかしてくる。おまけに口が軽い。
教室がシーンと静まりかえる中、あたしは向井と清水を睨んだ。向井がきょろきょろと視線を彷徨わせているということは、亮も同じ行動に出たのだろう。
(覗いてやがったな・・・)
と、胸中で毒づく。そして、向井がしどろもどろにこう告げた。
「いやー、その・・・み、見るつもりはま、全く・・・」
「なかったんだけど」
顔色一つ変えずに清水が後を続ける。
「忘れ物を教室に取りに行こうと思ったら、偶然にな」
ぷつり、と何かが切れる音がした・・・ような気もしたが、気のせいにしておく。
「いやあ、悪かったよ・・・」
と、向井が言っていたのが聞こえなくもなかった。しかし、彼のことなど既に、全くもって眼中にない。つまり。生理的に、怒りをぶつける相手は向井ではないと判断したのだ。
「ったくー、亮が教室なんかで告るからでしょ!?」
向井も、清水も、クラスメートも・・・あたしが亮に話を振ったことに驚いていた。本人―亮でさえも。しかし、彼はすぐさま言い返してきた。
「はあ!?誰もいない時間だったろうが!それに、お前の無実を証明したのは俺なんだぜ!少しは感謝しろよ!」
「何よー!」
向井は思った。
(ふう・・・何だか知らないけど助かったぜ。ナイスだ亮!)
清水は思った。
(この2人は付き合ってもケンカかよ。まあ、急にケンカしなくなったら大地震が起こっちゃうだろうけどな)
そして、きっと―いや、絶対。クラスメート全員が(またか・・・)と思っていたに違いない。
教室の窓には、心をすくような青空が広がり、小さな白い雲が2つ、気持ち良さそうに浮かんでいた。
<fin>
初めての投稿で、ドキドキです。美緒の財布盗難事件に関しては自分でもつっこみどころ満載ですが、目を瞑っていただけると幸いです;
まゆと亮の掛け合いは気に入っているし、書いていて楽しかったので、読んで下さった皆様にもその楽しさが伝わればいいなあ、と思っています。
最後まで読んで下さって本当にありがとうございました。感謝です!