vs 女子ソフトボール部 ③
副部長がフォアボールで、千葉くんがデットボールでそれぞれ出塁したので、レンタルの子に代走を頼み私はバッターボックスへと向っていた。これで満塁。私と勝負しなければ押し出しで一点入ることになるけど、これだけリードされてるんだ。きっと一点くらいとまた勝負を避けるだろう。
「タイムお願いします」
途中、千葉くんがタイムを取って私のほうへ駆け寄ってきた。
「北村、頼みがある」
真剣な表情から、彼に何か策が在るのだと感じた。この状況を打破するとっておきの策。
相手に聞こえないよう、私に顔を近づける千葉くん。視界いっぱいに映る彼にちょっとドキドキしたことは秘密だ。
「この打席、打てるだけファールを打ってくれないか?」
「全部?」
「ああ。しかもただのファールじゃない。場外まで吹っ飛ぶくらいどでかいファールだ」
「えっ?」
正直、意味が分からなかった。無理矢理にでもホームランを打てって言うんならまだ分かるよ。でも、どこの世界に『場外ファール打ちまくれ~』なんて指示出す人が居るのよ。
「ボール球打つのってけっこう難しいんだからね」
でも、これは私にしか出来ない仕事だ。千葉くんもそう思ったからこそ私に指示を出したんだよね……。
「ならその役目、しっかりこなして見せようじゃない!」
期待は倍返し。
それが私のポリシーだから。
* * *
北村美代が打席に立った。打ち合わせどおり、ピッチャーはボール球を放り投げる。押し出しで一点入ることになってしまうが、そのくらいは想定内だ。カガク部の攻撃は後一回で点差は六点。そう簡単に点差が埋まることは無いだろう。
「おっと、いかんいかん……」
心のどこかで安堵している自分に気づき、慌てて首を振ってその考えを振り払う。
最後まで気を緩めるなと言っておきながら自分が気を緩めるとは。私もまだまだ修行が足りんな。
カキーン
「なに!?」
響くはずの無い金属音に思わず後方を振り返る。
雲ひとつ無い空を白い点がまっすぐに横切っていく。白球はぐんぐん飛距離を伸ばし、グラウンドを囲むネットを越えていき、しまいには見えなくなった。
「ファール!」
なんて打力だ。ボール球をあんなに遠くまで飛ばすとは……。
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
北村美代は自棄になっているのか、投げる球全てに手を出しネットの外まで運んでいた。数打てば当たるというわけでもないだろうに。
「ほ、欲しい……」
カキーン
ポツリと漏れた声。そうだ、彼女さえいれば――
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
カキーン
……
……
……
ファールの嵐はベンチに置いてあった予備のボールが無くなるまで続いた。
* * *
「ターイム!」
北村と入れ替わりで打席に立った沙耶加先輩が、空降って早々にそう宣言した。ちなみに北村には三振になってもらった。納得はしてなかったが、これも策戦の内だとなだめ沙耶加先輩のいた二塁に入ってもらう。
「ここで助っ人を呼ぶわ。いいでしょう?」
安全メットに確認を取ると、
「カガク部員であるなら誰であろうとかまわないが……」
とやや戸惑い気味な安全メット。きっと『投入できる人材がいるならなぜもっと早く出さなかったんだろう?」とか考えてるに違いない。
別に最初からこの手を考えてなかった訳じゃないんだ。相手が正々堂々挑んで来るのなら、俺たちだって普通に相手してやったんだけどさ。
「これは争奪戦で、総力戦なんだ」
欲しい者の為に全力でぶつかってくる相手に手加減なんてしたら、そりゃあ失礼というものだろう?
俺たちだってアイツを、北村を守るために全力を尽くさなきゃならないよな。
別に女子ソフト部の奴らが使ってきたセコい手にイラついてるわけじゃない。
仕返しとかそんな小さいことはコレッポッチも考えてないからな!
「じゃあ、助っ人の登場といきましょうか!」
おっと。いつの間にか交渉が終わっていたよ。
「わがカガク部の助っ人は~、この人だぁ!」
先輩の指差す方向に、ここにいる全員が視線を向ける。これだけの人数が一斉に同じ方向を向くなんてそうそう出来るもんじゃないけど、それはもうシュールな光景だった。
「やは」
視線の先に現れたのは、何を隠そう我らがメガネ先輩だった。
金色に輝くマイバット片手にひょっこり現れたメガネ先輩。カガク部以外の面々が唖然としている中、白衣を翻し意気揚々とバッターボックスに立ち、
「さあこーい!」
なんて楽しそうに言うものだから、女子ソフト部の皆さんは反応に困ってらっしゃる。
まあそれも仕方の無いこと。見るからに運動の出来なさそうな素人然とした構えで素振りを繰り返すメガネ先輩。誰がどう見ても勝利のキーマンだとは思えない。
「さあ! 試合再開といこうじゃない!」
再開される試合。
放たれたボール。
響く快音。
作戦通りに事が進んだことにニヤリとしながら、俺はホームベースを踏んだ。
* * *
宮原君の一言で再開された試合。女子ソフト部の皆さんは初めこそ戸惑っていたけど、今では落ち着きを取り戻していた。投手にいたっては余裕の表情でこっちを見ている。あ、なめられてるなめられてる。
そして第一球目。ストライクゾーンのど真ん中へとものすごい速さで飛んできた。
「わーお、速い速い」
相手ピッチャーが『どうだ、打てるもんなら打ってみろよヘッポコ野郎』ってな顔をしている。
ふっふっふ。僕自身はいくらなめても良いけど、
「カガク部はなめちゃいけないよ」
続く第二球。タイミングを合わせてバットを振るう。打つつもりは無い。コースを読むことも、配球を考える必要もない。
振りぬく。
必要なことはたったのそれだけ。
カキーーーン
「それだけで楽々ホームラン」
打球が遥か彼方へと飛び去っていくのを確認したあと、そっと地面に持参したバット『ガンガン打とうぜバット君(三号)』を置いて歩き出す。生まれて初めてのホームランだ。ゆっくりと戻って来ましょうか。
途中、千葉君がニヤリと笑っているのももちろん見逃さなかったし、北村君の驚いた顔も脳内カメラでバッチリ撮っておいた。
「さあ、大逆転劇の始まり始まり~」
* * *
助っ人としてやってきたメガネ先輩が場外ホームラン。開いた口が塞がらないとは良く聞く表現だけど、まさか実際に体験することになるとは思わなかったよ。
「ねぇ千葉くん! あれってどういうことなの!?」
早速千葉くんに聞いてみる。一気に点差が縮まったけど、どうにも納得できないんだ。だってメガネ先輩、どう考えても素人だよね?
「ああ、あれね」
ニヤニヤしながら帰ってきた千葉くん。その顔ちょっと怖いよ。
「あれは先輩の力じゃなくて、先輩の使ったバットの力だ」
「バットって、あの金色のやつ?」
「そうそれ。あのバット、市販の物をカガク部で改造したやつなんだ。見た目は普通だけどあの中にはカガク部特性の――」
「勝彦。あんたの番近いんだから準備しときなー」
「おっと。解説はまた後で」
そう言い残してバッターボックスへと駆けていく千葉くん。途中で例の金色バットを拾ったのを私は見逃さなかった。
「一発かましてやる!」
これまでかすりもしなかった人の台詞とは思えないほど自信に満ちた声。これだけの自身があるのなら、きっと打ててしまうんだろう。あれはきっと。それだけ凄いバットなんだ。
カキーーーン
「うそ……」
隣に居るレンタルの子が驚愕の声を上げた。そりゃそうだよね。私だってちょっと信じられないもん。千葉くんが場外ホームラン打つなんてさ。これは絶対に聞かなきゃいけない。じゃないと気になって夜も眠れないよ。
「まったく、どんな手品を使ったんだか」
ニヤリと笑う千葉くんの顔はなかなかに魅力的で、少しだけ、ほんの一瞬だけ、私は見とれてしまっていた。
* * *
「そんな……バカな…………」
メガネが助っ人として現れてから、試合は一方的なものとなってしまった。作戦通りならこちらの一方試合で勝負がつくはずだった。なのに、なのに、
「何だこの点数は!」
これだけの点数差を付けられては反撃する気力も起こらない。事実、打たれる度に選手たちの表情に諦めが満ちていったのだから。
「先輩……」
チームの仲間が声をかけてくる。後輩に心配をかけてしまうとは。それほど暗い顔をしていたのだろうか? していたのだろう。
「どうした? まだ試合は終わっていないぞ」
私は淡々とそう返す。いや、こう返すしかなかった。
「ですけど……」
何かを言いたげなその表情を見て、私は彼女の言いたいことを悟った。そして、どうやらそれは、他の選手たちも同じようだ。なぜなら、全員が同じような顔をしていたのだから。
「どうする? まだやるかい?」
まるで見計らったかのように投げかけられる質問。カガク部の副部長である彼女は、きっとこうなる事を分かっていたのだろう。
「いや。もう止めておくよ」
悔しいが、こちらの負けだ。いくらがんばっても、この点差をひっくり返せるとは到底思えない。
「そう言うと思ってたよ。じゃぁ」
そういうと、彼女は、グラウンド中に響くような声でこう言った。
「ゲーーーム、セーット!」
* * *
閉会式も兼ねた終わりの挨拶。お互いに一列に向かい合っていたとき、それは起こった。
「北村美代! 女子ソフト部に入ってくれ!」
安全メットは突然そう言って、北村に向って土下座をした。それはもう見事なまでの土下座で、見る者の胸を打つような光景だった。
「え、えぇっと……」
「ちょっと! 約束が違うじゃない!」
オロオロする北村と、逆に詰め寄る沙耶加先輩。
「勝負はアタシたちが勝ったんだから、どんなに頼まれても美代は渡さないわよ」
「そんなことは分かっている。だがしかし、私たちには彼女が必要なんだ!」
「あんたねぇ……」
言い争う二人の後ろでは、どうしたらいいのか分からない風な北村が、必死になって仲裁の言葉を探している。
「部に入ってくれとわ言わない。だがせめて、試合の時だけでいい! 彼女の力を貸してほしい! それなら良いだろう!」
次第に悲壮感の増していく声。それはまるで、欲しいオモチャを買ってもらえず、買って買ってと泣き喚く子供のよう。
「そんなこと言われても勝負は勝負。負けたんだから、美代の力はあてにしないで、自分たちでがんばりな」
「そこを何とか!」
「だーかーらー」
もう、我慢の限界だった。
「あの!」
あまりのいたたまれなさに、二人の会話に割って入っる。
「アンタたち……貴女はどうしてそこまでして北村に拘るんですか?」
俺は単刀直入に聞いた。頭を下げてまでしてアイツを欲しがる理由を。イカサマ勝負に負けて、それでも北村が欲しいと土下座までして、そんなに悔しい思いをしてまで北村が欲しい理由を。
「私は、どうしても先輩たちを、今の三年生を、全国大会に連れて行ってあげたいんだ」
大地を握り締め、声を震わせながら言葉を紡ぐ安全メット。
「そのためには、北村美代。彼女の力が必要なのだ!」
その瞳には次第に涙が溜まっていき、ポツリポツリと乾いた地面に染みを作っていく。
「だから…………たのむ…………」
そう言って頭を下げる安全メット。その姿に向けられた幾つもの視線。その中で最も大切な人達からの視線を、きっと彼女は感じていない。
当然だ。現実から目を背け、こんな風に背中を丸めている奴なんかが感じるわけが、分かるはずがない。
彼女を見つめる、他の女子ソフト部員の気持ちなんて。
「アンタ、本当に分かってないんだな」
きっと彼女たちは分かっている。安全メットが間違っていることを。
「北村を入部させて、北村の力で全国に行っても、その先輩たちはきっと喜ばない!」
俺は言ってやった。ああ言ってやったさ。
「一人の力で手に入れたものより、みんなで頑張って……部員全員で努力して手に入れたものの方が、嬉しいに決まってるだろうが!」
俺の言葉にはっとなって顔を上げる安全メット。
「仮に北村の力で全国に行けたとしても、そりゃあ先輩たちは喜んでくれるだろうよ」
でもな、先輩だけじゃないんだよ。
「けどアンタたちはそれでいいのか! 今まで一緒に頑張ってきたんだろ! だったら自分たちの力で全国に連れて行ってやろうとか思わないのかよ! 野球ってのは一人でやるスポーツじゃない。九人で……いや、もっと沢山の人数でやるんだよ。そこには敵も味方も、観客だって応援してくれる人たちだって含まれてる!」
それを言うならほとんどのスポーツがそうだけど、今は女子ソフト部の問題なので細かいことは気にしない。このバカの目を覚まさせるためには、これくらい言ってやらなきゃダメなんだよ。
大切なのは結果?
終わりよければ全て良し?
結果オーライ?
そんな言葉はクソ食らえだ!
中身の伴わない結果なんて、答えを見ながらテストを受けるようなもんだ!
「そんな結果なんて! 無意味で! 無用で! 無価値だ!」
「くぅ……」
再び俯き方を振るわせる安全メット。これは、俺の言葉が届いたって、そう解釈していいんだな?
俺の思いが一〇〇%安全メットに届いているかは分からないけど、そもそも言葉にしなきゃ伝わらない。思ってるだけじゃ伝わらない。赤の他人なら特に。
「そうじゃなきゃ寂しいだろ。先輩も、アンタも、他の部員たちも!」
そこまで言って、深呼吸を一つ。言うべきことは言った。でもこの言葉は、本当なら背後に居た女子部員たちが言うべきだったんだ。
「そんなあんた達なんかに、北村を渡してたまるか!」
最後に一言そう怒鳴ったあと、俺はカガク部のみんなの方を向く。
これ以上は俺の、いやカガク部の知ったことじゃない。
「北村、先輩、行きましょう」
「う、うん」
俺たちは踵を返しグラウンドを後にした。
部外者はこの辺で退散するとしよう。
「ちょっとサービスが過ぎたんじゃないのかい?」
「え? 何のことですか沙耶加先輩?」
「サービス?」
「ホームランってなかなか気持ちのいいものだね」
やるべきことはやったし、言うべきことも言った。
あとは彼女たち次第だ。
俺たちの背後には、メガネ先輩がバットを引きずった跡が、一本の線となって残っていた。
* * *
女子ソフト部との勝負から数日後、学校に続く坂道を歩いていると、少し先に千葉くんを見つけた。
雑誌を読みながらゆっくりと歩いている千葉くん。よっぽど集中して読んでいるのか、周囲からの痛い視線に気づいていない。
歩く早さを少しだけ上げたらすぐに追いついたので、いつものように挨拶。
「やっほー、千葉くん。この坂道はいつも斜面が急だね」
「盆地だからな。そう簡単に地形が変わってたまるか」
千葉くんはそれだけ言うと、またすぐに雑誌を読み始めた。
「千葉くん? もしもーし、千葉くーん?」
女の子が並んで歩いて話しかけてるのに、なにその反応の薄さ。その雑誌は私よりも面白いっていうの!?
何をそんな熱心に読んでいるのか気になったので、千葉くんの後ろから覗き込むように雑誌を見る。
『手編の極意 ~魂の秘伝書~』
まさか雑誌に多少の敗北感を感じるとは思わなかったよ。
『女の子と並んで一緒に登校する……それが男のロマンって奴だ!』
何日か前にお兄ちゃんがそう言ってたのを思い出す。千葉くんはそうじゃないのかな?
それからもいろいろと話しかけてみたけど、「ああ」とか「うん」とか適当に相槌を打つだけで一向に顔を上げようとしない。
そんな事をしているうちに校門が見えてきた。花が散り緑に染まった桜の木が一本、そよ風に揺れている。まるで門をくぐる生徒達に挨拶をしてるみたいだ。
「千葉くん、学校に着いたよ~」
「そうか、なんか早いな」
そこでようやく雑誌を閉じカバンにしまう千葉くん。これでやっとまともな会話が出来る。
「ねぇ、千葉くん」
「ん? どうし……」
カキーン
どこからとも無くそんな音が聞こえた。音のした方向を見ると、女子ソフト部の皆さんが朝連に励んでいた。
「あれって女子ソフト部?」
「みたいだな」
数日前の駆け試合の様子が脳裏に蘇る。安全メットを被った人の涙は、数日たった今でも鮮明に覚えてる。千葉くんのお説教(?)のあと彼女たちがどうなったのかを、私たちは知らないんだよね。さっさと帰っちゃったから。
でも、ああして練習に励んでいるってことは、きっといい方向でまとまったんだよね。みんな目が輝いてるような気がするよ。
「ガベッ!?」
「ち、千葉くん!?」
突然、千葉くんが奇声を上げながら倒れた。
「だ、大丈夫千葉くん!? 何があったの!?」
仰向けに倒れた千葉くんの頭部付近に白いボールが転がっている。拾い上げてみると、それは野球ボールよりも一回り大きく重たい、ソフトボール用の球だった。
「最近こんなんばっか……」
頭を抑えながら起き上がった千葉くんは、どこか遠い目をしてボールを見つめている。
「すみませーん、ボールとってくださーい」
グラウンドのほうから声が聞こえたので、持っていたボールを放り投げた。放たれたボールは一度も地面に触れる事無く女子ソフト部の人のグローブに納まった。
「ナーイスキャーッチ」
その人は驚いたように目を見開いて私のほうを見た後、深々と頭を下げて練習へ戻っていった。
「何をあんなに驚いてたんだろうね?」
「お前って、ホント運動部泣かせだよな……」
「それってどういう意味?」
「そのまんまの意味だ。別に悪口でもないよ」
むしろ褒め言葉。そう言い残して千葉くんは校舎へと歩き出した。
「あー、ちょっと待ってよー」
置いて行かれそうになったので慌てて追いかける。
「もー、置いていくなんて酷いよー」
追いついてみると、千葉くんはおでこの右側をさすっていた。どうやらそこにボールが当たったようだ。
「わりー北村。俺保健室よってから行くわ」
向きを変えて保健室のある第二校舎へと走り出そうとした千葉くんの腕を、反射的に掴んで引き止める。
「わっとっと、何だよ北村?」
「えっと……」
ここ数日、ずっと言いたかったことがある。
毎日部室で会ってるのに、なぜか言い出せなかったんだ。家路に着くたびに、私の意気地なしって自分で自分を叱ってた。
でも、今なら言える。今だからこそ、千葉くんに言うことが出来る。
「千葉くん……この前はありがとう……」
ゆっくりと、だけどしっかりとした声で、精一杯の思いを込めて、言葉を紡ぐ。
「あの時の千葉くん、すごく……かっこよかったよ」
言い切った瞬間、ものすごい恥ずかしさが込み上げてきた。
ヤバイ、何これスゴイ恥ずかしい!
「じゃ、じゃあ、お大事にっ!」
恥ずかしさに耐え切れず、言いたいことだけ言って目も合わせずに走り去る。
あーあ、変な奴だと思われちゃったかな?
私は顔を真っ赤にしながら、一年校舎に向けて全速力で走っていく。
だから、千葉くんが私以上に顔を真っ赤にしていたことなんて、その時の私はまったく分からなかったのだった。
* * *
トゥルルルル トゥルルルル トゥルルルル
ピッ
「はいもしもーし」
《あ、宮原?》
「あぁ………………木下か?」
《なによその間。なんで疑問系なのよ。一応はおんなじクラスなのよ?》
「いやーさっきまで寝てたもんだから…………zzZ」
《寝るなああああぁぁぁあああ!!!》
「じょ、冗談よ冗談。本気で寝るわけ無いじゃん」
《…………》
「で、今回はなんの用?」
《いや、用ってわけじゃないんだ。宮原にお礼を言いたくて》
「お礼? あたしなんかしたっけ?」
《この間の試合のことよ》
「ああ、あれか」
《ごめんね。ウチんとこのが迷惑かけたみたいで》
「ごめんも何も、けしかけたのはあたしとアンタでしょーが」
《そうだけど、あんなに大事になるとは思って無くて……》
「もう済んだことだし、今になって謝られても困るってーの」
《でも……》
「それに、後輩たちも生まれ変わったようだーって言ってたのはアンタよ?」
《だけど……》
「だああぁぁぁ! でもでもでもでもうるさーい! 駄々っ子かアンタは!」
《!?》
「カガク部は新作の性能チェックが出来た! 女子ソフト部はメンバーの心が一つになった! 良かった良かった! オーケー?」
《オ、オーケー》
「ならこの件はこれで終了!」
《……宮原ってさぁ》
「なによ」
《ううん、なんでもない》
「なによ、気になるじゃないの」
《別になんでもないって》
「そう」
《……ありがとね》
「どーいたしまして。またなんかあったら相談しなよ、時と場合によっちゃあ力になるからさ」
《ははは。じゃあそのときは、頼りにさせてもらいますよ』
プッ
ツー ツー ツー
「おう、まかしときな」