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カガク部!  作者: タカシ
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第2話 カガク部 vs 女子ソフトボール部 ①



 現在午前十二時二十五分。


 四時間目の授業がもう少しで終わるというこの時間、私たち一年C組はグラウンドでソフトボールに興じていた。


 今日の二時間目は体育の授業で、六月に行われる学校行事『校内スポーツ大合戦~最強クラスはどこだ!~』に向けて、競技種目であるサッカー・バレーボール・バドミントンの三競技に出場するメンバーを振り分け練習する予定だった。けれど、担当の体育教師が、



「メンバーの振り分けが終わったら好きにしていぞ。オレはその辺で休んでるから、何かあったら呼んでくれ。んじゃ」



 と言ってどこかへ消えていったので、こうやってまったく関係の無いソフトボールに興じているわけである。



「無責任にもほどがあるよ」



 そう呟きながらバッターボックスに立った私は、相手チームのピッチャーをなんとなく見た。

 「やれー」とか「打たせてこー」とかいう声が飛び交うなかで、彼は目を閉じ深く深呼吸し、ゆっくりと目を開いく。

 男子チーム対女子チームで行われている試合は、現在六回裏、五対四と男子チームがリードしている。でも、



「いけー! 北村さーん!」


「この回で追い越すわよ!」


「死んでも塁に出なさい!!」


「決着を付けちゃえーー」



 とまあ一発逆転の大チャンスなのである。具体的にはツーアウト満塁。デットボールやフォアボールでも同点になるのだが、チームメイトはそれを良しとはしないだろうな。



「まったく無茶ばっかり言うんだから……」



 そんな事を考えていると、ピッチャーが投球モーションに入った。呼吸を止めバットを腰の位置まで下げると握る力をほんの少しだけ緩める。放たれたボールの軌道に合わせて下から振り上げるイメージでバットを振りぬく。インパクトの瞬間にバットを強く握り締めたのは、昔剣道を習っていたからだろう。

 


 カキーン


 

 金属音が鳴り響き、白球は遥か彼方に飛び去った。



「「「「「キャアァァァァァァーーーー!!!」」」」


「「「「「ええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」」」」



 女子チームは大歓声を上げ、男子チームは驚愕の声を上げる。ピッチャーなんてマウンドに膝を着いて放心状態だ。目を凝らせば彼の口から魂が抜けているのが見えるかもしれない。


 ホームに帰還した私を、チームの皆が拍手で迎えてくれた。



「北村さんかっこいい~~」


「あんたならやってくれると思っていたわ!」


「お姉さまって呼んで良いですか!!」



 何か変なのが混ざっていた気もするけど、こうして皆から褒められるのも悪くはないかな。

 

 キーンコーンカーンコーン



「ゲームセット~。八対五で女子チームの勝ち~」



 授業の終わりを告げるベルと共に先生の声が聞こえてきた。いつから居たの? とかどこに行ってたの? とか思ったら負けなんだろうな。



「んじゃ負けた男どもは後片付けして帰れよ~」



 それだけ言うと、先生はひらひらと手を振りながら帰って行った。


 残された歓喜に踊る女子たちと、虚脱の渦に呑まれた男子たちは、一瞬の硬直の後、それぞれの目的地である教室と用具倉庫へとけて足を動かし始める。


 男子チームには少々悪いことをしたかなーと思う。でも……



「勝ったほうが正義ってことで」



 男子の諸君、女子を甘く見ないことね。



*   *   *



 カガク部にある地下実験室で、俺はスーパー防護服の製作に励んでいた。完成度は四十パーセントくらいで今は丁度脇の辺りを作っている。



「ふう」



 我ながらなかなかの作業速度だ。この調子なら今週中に完成するだろう。

 

 一息ついて額の汗を拭こうと背もたれにかけてある学ランからハンカチを取り出す。この部屋に十分もいれば、学ランなんか必要ないくらいに暖まるのだ。室内に持ち込んだスポーツバッグから水筒を取り出し喉を潤していると、不意に肌寒い風が吹き込んできた。



「寒っ!」


「暑っ!」



 室内に響く二つの声。お互いに正反対のことを言ったのはそれだけ温度差が激しかったからだろう。



「やっほー、千葉くん。ここは冬でもこの暑さなのかな?」


「たぶんな。地下だから」



 お決まりの挨拶と共に入ってきたのは北村美代。寒いので早く入れと目で訴える。



「千葉くん、子供は風邪の子って言葉知ってる?」


「……俺を馬鹿にしてるのか?」


「千葉くんもたまには外で遊んでみたら?」


「大きなお世話だ。いいから早く入れ。寒いだろうが」


「はーい」



 オレの反応に満足したのか緩やかな足取りで入ってくる北村。



「お前もしかしてドS?」


「ん~? そんなことないよ?」



 とぼける北村。その様子から、俺の中の疑いはますます強くなった。北村美代S疑惑……今後は注意しておこう。


 北村が入り口を閉めて中に入ってくる。俺の正面に座った北村は、いつの間にか制服である紺のブレザーを脱ぎ、胸に校章が刺繍されたYシャツ姿になっていた。よっぽど暑か

ったのかYシャツのボタンを二つほど外していて、その隙間からは意外に大きな胸の谷間が……



「!?!?!?」



 待て待て待て待て!!


 これ以上はダメだ。人としてダメだ。同じ部活の仲間をそんな目で見るなんて万死に値する行為だ。俺はそんなゲス野郎じゃない。


 俺は慌てて視線を逸らし強引に作業を再開した。しかし、人間の欲求はかなり強いらしく、気を抜けばすぐにでも視線が持っていかれそうになる。



「……ねぇ千葉くん、今あからさまに視線逸らしてるよね?」



 そう言って俺の顔を下から覗き込んでくる北村。


 地下室の暑さのせいか、わずかに蒸気し赤くなった頬と少しだけ潤んだ瞳。そんな顔で見つめたれたら、なんかもう、色々とヤバイ。



「やっぱりお前ドSだろ!!」



 疑いが確信に変わった瞬間だった。



「ところでさ、その左目どうしたの?」


「え? 左目がなんだって?」


「いや、正確には左眉の少し上の辺りかな。何かガーゼが痛々しいんだけど」


「ああ、これか」



 言われて思い出したように左眉のガーゼに手を触れる。


 あれは四時間目の終わり頃。机の下で内職に精を出していたとき、窓の外から飛んできたソフトボール用の球が俺の顔面を見事に捕らえた。俺は椅子から弾き飛ばされるわ内職が見つかってこってり絞られるわで散々な目にあったんだ。


 事のしだいを話したら、北村は気まずそうに「ご、ごめん」と言ったきり黙りこんでしまった。一体どうしたんだこいつは?



「ま、いっか」



 北村が静かになったので、俺は作業を再開した。これでやっと集中できる……そう思ったのもつかの間。今度は顔に貼られたガーゼが気になり始めた。さっきまでは気にならなかったのに、一度意識すると気になって気になって仕方がない。いっそ剥がしてしまおうかとそんな事を考えていたら、またもや肌寒い風が吹き込んできた。


 今度は誰だよ。そう思い入り口を見ると、そこには



「美代! 勝彦! いるんだろう!」



 体操着姿の宮原沙耶加福部長が、バットを肩に担いで仁王立ちしていた。


 何で体操着?



*   *   *



 北村君が地価に降りて行った後の部室で、僕は鉄也君から頼まれていた実験を再開した。



「ふんふんふふーん♪」



 鼻歌を歌いながら右手に持った試験管の中身をビーカーに移す。



「博士は~言っていた~♪」



 数回ビーカーを揺らすと、緑色の液体と最初から入っていた黄色い液体が混ざり鮮やかな緑色に変わっていく。うん、怖いくらいに綺麗な緑だ。



「毒々しい色と~♪」



 机の引き出しから脱脂綿を取り出し、緑色の液体を浸してシャーレに移す。



「鮮やか過ぎる色には~♪」



 懐からマッチを取り出し火を付ける。火が点いたら緑に変色した脱脂綿の上へと持っていき、指を離す。3・2・1。



「気をつけなさい~♪ っと」



 ボンッ! という破裂音と眩い閃光が部室を埋め尽くす。数秒後、脱脂綿が机ごと無く

なっているのを確認すると、手元のファイルに結果を書き込む。



「うーん、ちょっと威力が強すぎたかな?」



 粉々になった机を眺めながらそんな事を呟いていると、部室のドアが乱暴に開け放たれた。



「ちょっと! 何よ今の音は!」



 血相を変えて飛び込んできたのは、体操着姿のカガク部副部長、宮原沙耶加君だった。



「おや、そんなに血相を変えてどうかしたんでか?」


「それはこっちの台詞よ! アンタいったい何作ってたのよ! 外にまで聞こえてたんだ

から!」



 うーん。何と言われましても……



「爆発物ですが何か?」


「お馬鹿!!」



 悪びれることも無く答えたとたん、ズンズカ歩いてきた宮原君に頭を引っ叩かれた。痛いじゃないか。



「爆発実験室内で行ってんじゃないわよ!」


「もっともなご指摘ありがとうございます」



 この場に千葉君か北村君がいたら「突っ込むところそこじゃないですから!」と全力で否定したに違いない。怒り心頭の宮原君に事のいきさつを話すと、



「まったく。鉄也も鉄也だけどアンタもアンタよ」



 そう言って言葉の鞘を収めた宮原君。そういうキミも相当なものだと思うが、とは口が

裂けても言わない。誰だって命は惜しいものだ。



「で、今日は何があったんですか?」



 さすがに爆発物の件だけであそこまで怒ったとは考えづらい。だとすれば、部室へ来る前に不機嫌になる何かがあったのだ。粉微塵になった実験跡地を掃除しながら聞いてみる。



「あー、ちょっとね」



 帰ってきたのはなんとも歯切れの悪い返事。



「ははー、これはまた厄介なことで」



 人事のようにそういった僕に、邪険な視線をよこす宮原君。



「そんな目しないでくださいよ~。どうせ北村君絡みでしょー?」


「そ、そうだけど……。もっとこう、『先輩も大変ですね~』くらい言えないわけ?」


「だって他人事ですし」


「そうよね……アンタはそういう性格してるんだったわね……」



 諦観を声色に滲ませ溜息を一つつくと、宮原君は実におじさん臭い動作で立ち上がり地

下実験室へと降りていった。


 ところで、何で体操着を着ているのだろう?


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