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カガク部!  作者: タカシ
14/15

vs 図書委員会 ②


 捜索を始めて十分が過ぎた。文集はまだ見つからない。


 主な理由は本の並びだ。ジャンル、年代、本の大きさ……なんの規則性も無く棚に並んでいるため、一つ一つ見ていく以外に探しようが無いときた。


 仕方が無いのでエリアを三つに区切り、手分けして探すことに。


「千葉―。あったかー」


 若干飽きてきたので、隣のエリアを探索中の旧友に声をかけてみる。


「あったらとっくに知らせてるってのー。ていうかどうなってんのこれ。仮にも書庫だろー」


 そんなのこっちが聞きたいぜ。少なくとも先週来た時にはちゃんと並んでたはずだ。いや、ホントのところ心当たりがあるっちゃあるんだけど、口にしたところで信じてくれまい。


「オレが知るかー」


 少々投げやりに返事をしつつ、棚を目で追っていく。ついでに面白そうな本でも拝借しようかと考えていたとき、視界の隅を白い何かが横切った。


「…………やっぱり」


 今のが見間違いでなかったならば、この無秩序に並んだ本の説明がつく。言っても誰も信じないだろうけど。


 せめて一言文句を言ってやろうと首をめぐらせた矢先、小さな悲鳴が室内に響いた。



*   *   *



「きゃあ!」


 それを見たとき、思わず声が漏れた。そんなに大きくはなかったはずだけど、この静かな部屋では十分すぎるほど大きな声だったみたい。しばらくして千葉くんたちが何事かとやって来たのがその証拠だね。


「ね、ね、ねねね……」


 震える声で本棚の端を指差す。


「ね?」


 見間違いじゃなければ、あれは……


「ねこおおおお!」


「はぁ? 猫?」


 私の声に小首をかしげる千葉くん。そんな彼に、自分でも妙だと感じるほど高いテンションで語りかける。


「そうだよ千葉くん! 猫だよ! 猫ちゃんがいたんだよ!」


 ほんの一瞬だったけど間違いない。あれは猫だよ!


「あのな北村。こんなところに猫がいるわけないだろ」


 嘘じゃないよ! ホントにいたんだよ! 真っ白な猫が!


「でも建物の中に猫なんて……。しかもここ四階だぞ?」


「じゃあちょっと捕まえてくる!」


 本当にいたって証明してやるんだから!


 猫が通り過ぎたであろう場所を覗く。


 そこには所狭しと並ぶ本棚の隙間を縫うように歩いていく白猫の姿が……。


「ホラ見て千葉くん! あそこあそこ!」


 小声で手招き。大きい音をたてると逃げられるかもしれないからね。


「……マジかよ」


 すぐ近くで千葉くんの声が聞こえる。どうやら千葉くんも猫ちゃんを視認したみたい。


「どうしてこんなところに……」


 しみじみと呟く千葉くんを他所に、私は出来る限り体勢を低くして接近する。警戒されないためには自分を小さく見せるといいってどこかで聞いたことがあるんだ。


 そんな私に猫ちゃんはいち早く気付いた。


「ちちちちち……。おいで~おいで~」


 できるだけ笑顔でそう呼びかける。白猫は青い瞳をこっち向けると、別段警戒する様子も無く近寄ってきた。


「おお」


 耳に入ってきた千葉くんの声。それが聞こえたのか一瞬立ち止まるも、優雅な足取りで私の近くまで歩いてきた。


 そして……


 ペロ


「ニャァ~」 


 私の指を一度舐め、鼻を擦り付けてきた。


「はうぅぅっ」


 その仕草にキュンときた私は、思わず猫を抱きかかえていた。


「うにゃっ!?」


 ビックリしたのか硬直している白猫を、ここぞとばかりに思う存分撫で回すのだった。


 モフモフだよぉ~。ふかふかだよぉ~。



*   *   *



「ねーねー、猫だよ猫! ちっちゃいよ~。かわいいよ~!」


 猫というには少々小さく、子猫というにも少し大きい、中途半端な大きさの白猫を抱き上げた北村さんが姿を見せる。その後ろには、どこか腑に落ちないといった顔の千葉。てか顔に出すぎじゃね?


「見て見てえいほーくん! 真っ白だよー。ちっちゃいよー。可愛いよー」


「お、おう。そうだな」


「ミ、ミ~」


 やたらとテンションの高い北村さんにたじろいだオレを誰が責められよう。それは彼女の胸元に抱かれた白猫も同じようで、心なしか鳴き声がげんなりしている。


「その猫、どこから来たんだ?」


 首をひねりつつ問いかけてくる千葉。まあ普通はそう思うよな。戸締りの行き届いた部屋――しかも四階――に、どうして猫が入り込んでるんだって。


 だがしかし、こんな展開はあらかじめ予測できていた。これまで数々の本を読破してきたオレを舐めるなよ!


「この猫、最近図書館の近くに住み着いてる奴だな。たぶん、どっかの窓から入ってきたんだろうよ」


「窓?」


 こんなこともあろうかと事前に用意しておいた言い訳を口にする。


「窓なんて開いてたのか?」


「どうせ誰かが閉め忘れたんだろ? じゃなきゃどっから入ってくるんだよ」


 足元をすくわれないよう、さっきここから離れた所にある窓を全開にしてきた。二人が猫に気を取られていた隙にな。


 だから若干息が上がってるけど気付かれた様子はない。


「窓ねぇ……」


 分かる、分かるぞ千葉。オレだって、本来厳重に戸締りされているべき書庫の窓が開きっぱなしだったと聞かされて、はいそうですかと納得なんか出来ないからな。


 でも、今回はこれで納得してもらうしかないんだよ。


「まあまあ千葉くん。細かい事は良いじゃない。おかげでこうして猫ちゃんに会えたんだからさ」


 ナイス援護だ北村さん!! オレも続くぜ!


「そうだぜ千葉。そんな細かいこといちいち気にしてるから、いつまで経っても器の小さい男だって言われるんだぜ?」


「そんな風に言われたのは今が初めてだよ……」


 その口調から猫の侵入経路に関する興味が失せている事を感じ取る。まあ、元々興味の無いことにはとことん淡白な奴だったからな。大抵はこうやればすぐに興味を失う。


 次は……アイツだ。


「北村さん、オレにもそいつ触らせてくれないか?」


 千葉から北村さんの胸元へと視線を移す。正確には、彼女の双丘に埋まるようにして丸まっている白い猫にだが。


 くっそこいつめ。出来ることなら代わってほしいぜ。うらやましい。


「うん、いいよ!」


 ニコニコと、太陽のような笑みで白猫を抱える北村さん。


 眩しい! その純粋無垢な瞳が眩しい!


 ほんの少しだけ邪なことを考えた自分が犯罪者のようだ。


「あ、ああ。ありがとう」


 作り笑いで猫を受け取るも、その動作は思っていた以上にぎこちない。


 ぎこちないったらぎこちない。やめろ千葉。そんな目でオレを見るんじゃねぇ!


(まったく、いったい何をしとるんじゃ貴様は……)


 受け取った瞬間、鈴のような声が脳内に響いた。


(うお、いきなり話しかけんじゃねえよ!)


 ビックリした。二人に気付かれたらどうするんだ。


 子猫の腋の下に手を入れると自分の目の高さまで持ち上げ目線を合わせる。


(ぬぅ、これなにをする、くすぐったいじゃろ!)


(うるせー。てかお前、なんでまだここに居るんだ。調べ物は終わったとか言ってなかったっけ?)


(ふ、ふん。なに、調べ忘れを思い出しただけじゃ)


 そう言ってそっぽを向く白猫。北村さんや千葉には背を向けているので気が付かないだろうが、こいつの目は明らかに泳いでいる。嘘を吐いているときの仕草だ。分かりやすい。


(はぁ……。そういうことにしといてやる。だからあんまり騒ぐなよ。少しの間だけでいいからさ)


(な、何じゃその子供をあやすような言い草は! こう見えてもわしは……)


 はいはい、その話は耳にたこが出来るくらい聞いたっての……なんて言うとまた突っかかってくるんだろうな。口には出せそうにない。


(聞こえておるぞ)


 げっ。


(まあうぬがどうしてもと頼むのであれば、ワシとしても言うことを聞いてやっても良いがのう?)


(くっ……。商店街のカスタード饅頭一個で頼む)


(うむ。最初からそうしておればよいのだ)


 白猫は交換条件に満足したのか「にゃ~」と一声。返事変わりにその頭を撫でつつ、ああ、こいつが普通の猫だったらどれだけ良いかと心底思った。


(じゃから聞こえておると言うておろうに)


 

*   *   *



「おい。いつまでも猫と遊んでないで、さっさと文集探そうぜ」


 俺は目の前の二人に声をかける。まったく、北村に続きえいほーまで猫に構い始めたのは予想外だ。あいつってそんなに猫好きだったっけ?


「うあー、もふもふだぁー」


「…………(グリグリ)!」


「ウニャー(げしげし)!」


 まあそんな事はどうでもいい。今大事なのはとっとと文集を見つけて帰ることなんだ。


 そもそもどうして俺までこんな事をしているんだろうか。本来なら、この昼休みは教室か部室で弁当に舌鼓を打っているはずなのに。


「はぁ……」


 まあ元はといえば俺が間島さんの書いた物語を読んでみるように言ったからなんだけど。読みたいなら文芸部の文集に載っていると教えたからなんだけど。


「はぁ……」


 白猫と戯れている二人。口から出たのは諦めのため息。ダメだこりゃ。完全に目的を忘れてやがる。ならこのまま帰っってしまおうかという邪な考えが頭をよぎる。今なら二人に気付かれずに脱出できるはずだ。それに早くしないと昼休みが終わってしまう。


 が、そこまで分かっていながら、俺はその行動を選択しなかった。理由は簡単。後で北村が不貞腐れるのが目に見えているからだ。


 以前、見るからに不機嫌な様子で部室へと来たことがあった。


 あのいつも明るい、ストレスなんて感じていないような北村が機嫌を悪くしているなんて、いったい何があったのだろうと不思議に思った。そこで一言、何かあったのかと問いかけたんだが、どうやらそれがいけなかったらしい。


 北村はその一言を聞いたとたん、水を得た魚のように勢いよく自身に起こったことを話し始めた。話の内容は聞いているだけで頭の痛くなるようなものだった。もちろんとてつもなく酷い話だったというわけじゃい。話の内容がさっぱり理解できなかったからだ。


 支離滅裂。


 起承転結もなんのその。


 序・破・Qなんて死語だよと言わんばかりの勢いで語られたその言葉の嵐は、俺にある種の恐怖を植え付けたのだった。


 それが所謂ガールズトークというものだと知ったのは、後日文芸部の部室へ借りていた本を返しに行ったとき。間島さんから面白い出来事があったら教えてと頼まれ、そういえば~と話してみたところ、くすくす笑いながら教えてくれたっけ。


 北村の機嫌を損ねると後々もっと面倒なことになる。というわけで、俺に残された選択は、二人を放って一人で探すという至極消極的なものだった。


「はぁ……」


 ホント、どうして俺はこんな事をしているのかね。


 そんな事を考えつつ本棚に戻した視界。その視界の中で、俺はどうしても気になる本を見つけてしまった。


『地元史』


 それは、この近隣の地域で起こった出来事が年表の形でまとめられた本だった。どうしてこんな本が気になったのか、上手く説明は出来ない。けれどその背表紙を目にした瞬間、オレの手は無意識にその本を抜き取っていた。




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