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カガク部!  作者: タカシ
13/15

第4話 カガク部 vs 図書委員会 ①

 この学園には五つの校舎が建てられている。


 一棟には一年生と二年生の教室。


 二棟には三年生の教室と職員室、音楽室に第一~四会議室。


 そして家庭科室、理科室、美術室などの集まる三棟。


 文化系の部活が集まる旧校舎……通称、部室棟。


 そしてこの間足を運んだ立ち入り禁止の廃校舎。


 がしかし、五つの校舎のどこを探しても、この学園には図書室は無い。


 他校では普通にあるらしいが、この学園には図書室は無い。


 あるのは図書館だ。


 創立三百年弱の歴史を持つこの学園。


 司書の先生から聞いた話だと、二百年前、学校関係の資料だけで既に教室二つ分以上あったそうな。そこで当時の学校関係者達が、


「これからもさらに増えるだろうから、倉庫ついでに別館を建ててしまおう」


 と言った事で建てられたらしい。


 そんな話を思い出した俺は、空を仰ぎ見て先人達に一言問いかける。


「どうしてこんなに離れた所に建てたんだよ……」


 もちろん返事などある筈も無く、返ってきたのはいつにも増して攻撃的な太陽光だった。


「先人に~、いったい何故と問いかけて~、返ってきたは~、直射日光~」


 なんていう句が頭に浮かんできたのは、さっきまで受けていた四限目の授業が古典だったからだろう。ああ、きっとそうだ。そうに違いない。


「どうしたの千葉くん? 日光に当てられておかしくなっちゃったの?」


 だから北村。そんな目で俺を見ないでくれ。



*   *   *



 七月。それは夏休みの一ヶ月前。


 七月。それは中間試験の一ヵ月後。


 七月。それは期末試験の一ヶ月前。


 七月。つまりは人の出入りの多い一ヶ月。


「けっこう多いな……」


 図書館一階の閲覧室で、オレは呟いた。


 普段は十人にも満たない利用者達。だが見渡せば、この閲覧室には既に二十人以上の生徒がおり、それぞれ読書をしたり試験勉強をしたりしている。中にはテーブルの半分を参考書やらで占拠している生徒もいた。ちなみにテーブルは六人掛けだ。


「ま、オレには関係ないがね」


 自分に直接の被害が無いことを確認し、返却された本の処理を始める。なんでオレがそんな図書委員みたいなことをしているかというと、それはオレが図書委員だからである。


 本の裏に貼ってあるバーコードを機械でスキャン。お店のレジでよく耳にする電子音が本の数だけ鳴り響く。今日の返却数は十六冊。よって十六回の電子音。音自体はあまり大きくない(むしろ小さい)けど、室内が静かなせいでよく響く。何人かが非難の目でオレを見てきたが、これも仕事だと割り切っていればあまり気にならない。


 いつもなら、この後はスキャンを終えた本を元の棚に戻しに行くんだけど今日の当番はオレ一人。カウンターを空ける訳にはいかないので、帰る前にでも戻して置こうと邪魔にならないところに重ねて置いておく。


 その中から適当に一冊選び、さて読書読書と開いた直後、出入り口の扉の開く音がした。イラッシャイマセユックリシテイッテネと心の声で呼びかけ、開いた本に意識を集中させ――


「あの、すいません……」


 ――ようとするも、残念ながらそれは叶わなかった。少々むっとしたが、これも仕事のうちだと言い聞かせながら顔を上げる。


「はい、なにか?」


 声をかけてきたのはけっこう背の高い女子生徒。夏服の半袖シャツから覗く肌は小麦色に焼けている。髪はぎりぎりショートといえる長さだ。襟の学年証からしてどうやらオレと同じ一年生か。


「えっと……文芸部の文集を探してるんですけど、どこにあるかって分かりますか?」


「ちょっと待ってね」


 同い年相手に敬語はなすのもあれなんで軽めな返事を返し、カウンターのパソコンで検索をかける。いやだって、文芸部の文集とか始めて聞いたし。どこに置いてあるかなんて分かりっこない。えー、なになに……。


「文集は司書室の中みたいだね」


 検索結果を伝えながら背後にある司書室を指し示す。司書室とは図書室版職員室みたいな場所で、普段は司書の先生や一部の国語教諭が出入りしている。


「そうですか。あの、そこは生徒が入っても?」


 さすがに勝手に入ろうとするのは気が引けるようだ。


「かまわないけど、司書の先生がちょっと席を外してて鍵が掛かってるんだ」


「いつごろ戻られますか?」


「保証はできないけど、たぶん三十分くらいしたら戻ってくると思うよ」


「そうですか。じゃあ本でも読んで待っています。ありがとう」


 そう言うと女子生徒は踵を返して本棚へと歩いていった。


 ちくしょう。


 最後のありがとうは反則だろ……。


 鼓動がほんの少し早まったのを感じつつ、オレもまだまだだなと己の未熟さを感じていた。


 それにしても初対面のオレとあんなにしっかり話せるなんて……。あの女子生徒……できる……。


 なんとなしに目で追っていると、女子生徒はある男子生徒に話しかけていた。断片的に聞

こえる会話から推理するに、どうやらここには二人で来たらしい。


「ん? もしかしてアイツ……」


 女子生徒が今話している相手……アイツは……。


 気づくとオレは、音も無く立ち上がっていた。



*   *   *



「というわけで、しばらくここで待つことになったの」


「そうか。じゃ、俺は帰る」


 カウンターから戻ってきた北村の言葉を聞き、部室に戻るべく出入り口へと足を進める。が、一歩目を踏み出そうとしたところで何者かに行く手を遮られた。


「ちょっと待ってよー。私を置いて行っちゃうっていうのー?」


「置いていくもなにも、俺が一緒に来たのは図書館に案内するためであって、もう到着したんだからお役御免。帰ってもいいだろうが」


 立ちはだかる北村の脇を抜けようとしたところで、がしっと肩を掴まれた。当然振りほどこうとしたが、どんなに力を入れてもびくともしない。


 なんてパワーだ!

 

 高一女子の握力の平均は二十前後じゃなかったのか!?


「そんなつれないこと言わないでさぁ」


「おわっ。ちょっ、やめろって」


 掴まれた肩ごと揺さぶられる。うおぉぉお! マグニチュード八くらいか!? いや、マグニチュードは地震の規模を表してるから、この場合は震度が正解なんだろうけど! 


「わ、分かった分かった!」


 ようやく揺れが収まると、俺は即座に近くの壁にもたれ掛かる。あー気持ち悪い。


「……い」


 頭の上から声が聞こえた。いや、幻聴だろう。脳が揺れてありもしない声を聞いたんだ。あー気持ち悪い。それにしても、こんな所に壁なんてあったっけ? しかもなんか生暖かいな。夏だからか?


「……おい」


 再び声がする。またか。どうやら俺の頭は完全にやられちまったみたいだな。妖怪ぬりかべじゃあるまいし、壁が喋るなんて、そんなことあるわけが……


「おい!」


「うわっ!?」


 再三声が聞こえたと同時に、頭が掴まれる。なんだなんだ!? 慌てて顔を上げると、そこにあったのは壁……ではなく、一人の男子生徒が立っていた。


「か、壁が人に!?」


「……久しぶりだってのに酷い言い草だな、千葉」


 怒気をはらんだその声が、俺の耳から入ってきて脳を刺激する。この声……どっかで……。

あ!


「えいほー! えいほーじゃないか!」


「思い出したか。あと、オレはえいほーじゃない」


 苦笑と苦情の混ざった声が降り注ぎ、ようやく頭が解放される。


 鈍い痛みを訴える頭を摩りつつ振り向くと、そこには思っていた通りの人物が立っていた。


 俺よりも頭二つ分は高い背丈。柔道部だと言われても納得のいく巨躯。入学したての高校生にはとても見えない彫りの深い顔。どれほど深いかというと、室内だというのに目に影が出来るほど深い。


「いまさら何言ってんだよ、えいほー」


 こいつの呼び名はえいほーで定着してしまったから、いまさら変えろと言われても容易なものではない。


「あ、あのー千葉くん。図書委員さんと知り合いなの?」


 頭の上から、それまで話から取り残されていた北村が尋ねてきた。くそっ、どうして俺の周りには背の高いやつらが多いんだ! いや、俺が低いだけなんだけれども!


 てかなに? 図書委員? えいほーのやつ、高校でも図書委員なのか。


「まあな。こいつの名前はえいほー。俺の中学の時のクラスメイトだ」


「えいほー? 変わった名前だね」


「嘘を教えるな嘘を!」


 別に良いじゃん。どうせ……


「オレは永峰奉介ながみね ほうすけ。千葉とは中学で一緒だったんだ」


「あ、北村美代です。……それで、どうしてえいほーなの?」


「北村。永峰の『永』と奉介の『奉』を繋げて読むと?」


 小首を傾げる北村に、えいほーの漢字を携帯で表示して見せつつ説明。


「……えい、ほう。あ! そういうこと!」


「そういうこと」


「……ま、今後ともよろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いします。えいほーくん!」


「なっ……」


 えいほーって呼ばれるんだからさ。



*   *   *



「え!? 司書室には無い!?」


「先生、それ本当ですか?」


 千葉くんとえいほーくんが話をし始めてしばらく。司書の先生が帰ってきたので、さっそく文集のことを聞きに言った。だけど、返ってきたのは予想だにしない言葉だった。


「じつはね……」


 先生曰く、春休みに司書室の整理をしたそうで、その時にたまっていた文集をまとめて書庫に運び込んだという。


「げっ……書庫……」


 えいほーくんが何か呟いてるけど、小さすぎて聞き取れない。


「なにブツブツ言ってんだえいほー」


「いや、別に……」


「そうか? ま、いいけど。ほら、さっさと書庫に行くぞ」


 そういって歩き出す千葉くん。たしかに、文集の所在が分かったんなら早く取りに行くべきだよね。じゃなきゃ時間がもったいないもん。


 そういえば千葉くん、書庫の場所はどこか知ってるのかな?


「ま、まて千葉。書庫ならオレが行って取ってくるから、お前らはここで待ってろ」


「なんでだ? 別にいいじゃん。書庫のどこにあるかまでは分からないんだし、三人で探したほうが早いだろ」


「それにえいほーくん、文集がどんなのか知ってるの?」


「い、いや、知らないけど……」


 私と千葉くんの連携攻撃によってえいほーくんは沈黙。まあ私も文集がどんなのかは知らないんだけどね。


 そんな話をしているうちに書庫に着いた。えいほーくんに聞いたところ、書庫は図書館の四階を丸々使用しているのだそうだ。階段を上がってすぐの場所に入り口があった。


「ほらえいほー、鍵を出せ、鍵を」


「くっ……分かったよ」


 そう言いつつも渋い顔のえいほーくんは、ポケットから書庫の鍵を取り出して鍵穴に差し込む。そのまま右に捻ると、ガチャリと子気味のいい音が響いた。書庫かー、なんかわくわくするよ。


「どうなっても知らないからな……」


 引き続き渋い顔のえいほーくん。さっきからどうも様子が変だよ。でも千葉くんはそんなことお構いなしに扉を開けた。


 鋼鉄でできた重たい扉……ではなく、どこにでもある普通のドア。鍵を開けてノブを回し手前に引く。たったそれだけの動作が、どうしてか無駄に壮大に見えたのは、きっと書庫という名前にそういったイメージを持っているからだろう。


 書庫といったら、薄暗くて埃が積もってて、所狭しと本の並ぶかび臭い倉庫。というのが私の十五年とちょっとの人生で培ってきたイメージだ。


『イメージは時に、先入観や固定概念といったものになる』


とは千葉くんの言葉だ。先日不良の溜まり場に踏み入ったときに、そんな考えが浮かんできたそうな。難しくて私にはよく分からなかったけど、その話をしているときの千葉くんはとても楽しそうだった。


 扉を開ける動作が壮大な動作に見えたり、開ける時に錆びが擦りあうような重苦しい音が聞こえた気がしたのも、ひとえにこのイメージ力のなせる業だったのかもしれない。


「……えっ?」


 驚きのあまりついつい小難しいことを考えてしまったのは、間違いなく現実逃避だろうけどね。



*   *   *



「……ん?」


 机の上で本を読んでおると、室内の空気が僅かに乱れた。この部屋の窓は全て締め切っておるから、空気の流れなど存在しないはずじゃが。


「……誰か来たのかの?」


 次いで聞こえてきた話し声に、最近知り合った男子生徒のものが混じっているのを確認すると、読んでおった本をそっと閉じた。


「ほーすけのトンチンカン……。誰も入れるなと言うておったのに……」


 とりあえずどこかに隠れようかのう。見つかったら後々面倒じゃからな。



*   *   *



「これは……」


 書庫っていうから、てっきり某魔法学校の閲覧禁止の棚がびっしりと並んでるような、そんな殺伐とした風景を想像していたけど、目の前に広がる光景はいたって普通だった。


 確かにびっしりと並んだ本棚には同じくらい古びた本がぎゅうぎゅうに詰められていた。


 それだけ見れば俺の想像していた光景となんら変わらないんだけど、何だろうこの、なんとも言えないがっかり感は。


 これも知識から来る先入観のなせる業なのだろうか。


「うっわー。普っ通ー」


 俺に続いて入ってきた北村もそんな事を言っていた。きっと同じようなことを考えていたんだろう。


「お前らな、図書委員様の前でその発言はどうかと思うぞ」


 最後に入ってきたえいほーが苦い顔をして抗議してくる。そういうお前だって最初は同じようなことを考えたんだろうに。そう指摘すると、大柄な図書委員は笑ってごまかしやがった。図星じゃないか。


「ところでさー、文芸部の文集ってどんなやつなの?」


 いつの間にか俺を追い越し、一足先に文集探しを始めていた北村。


「い、いつの間にっ!」


 どうやらえいほーも気が付かなかったみたいで、目を丸くして驚いていた。そういえばこいつ、動体視力には自信が有るとか昔言ってた気がする。


「お前も人生得するタイプだな」


 そんなことを呟きつつ、目的である文集のサイズと題名、表紙の装丁を二人に説明し、俺達はようやく本格的に捜索を開始した。


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