星葬の二重奏(ミッドナイト・デュオ)〜無能と蔑まれた俺の双剣が、夜の終わりに世界を加速させる〜
「おい、カイ!また遅れてるぞ!これじゃザコ狩りですら足手まといだ!」
リーダーのライオスが苛立ちを露わにする。
昼日中の薄暗い森。冒険者パーティ『太陽の牙』は、ゴブリンの群れと交戦中だった。
俺――カイは、必死に双剣を振るうが、身体が思うように動かない。まるで泥の中にいるように、一歩踏み出すにも全身の力を要する。剣を振るえば、敵の攻撃に間に合わず、仲間のメイジが放った魔法の巻き添えを食らいそうになる始末。
「本当に使えないな……。カイ、お前はもう『太陽の牙』には必要ない」
戦闘後、ライオスは冷たく言い放った。
「お前が鈍足なのは、昼間だからか?はっ、馬鹿馬鹿しい。そんな言い訳、信じるやつがいるかよ」
嘲笑の視線が突き刺さる。
俺は『太陽の牙』を追放された。
夕暮れ時、街の門をくぐる。追放を言い渡されてから、街まで歩く足取りは鉛のように重かった。
昔から、なぜか昼間は人一倍身体が重く、どんな訓練をしても敏捷値だけは上がらなかった。
「才能がない」「無能」――そんな言葉ばかりが、俺の周りには飛び交っていた。
夜になると、ほんの少しだけ身体が軽くなるような気がしていたが、それはただの気のせいだと、誰もが笑った。
その日の夜。
俺は街外れの丘にいた。
満月が煌々と輝き、無数の星々が漆黒のキャンバスに散りばめられている。
追放された俺に、もう行く場所はない。冒険者ギルドに日払いバイトでも探しに行くか、いや、こんな鈍足じゃそれすらも無理だろう。
「……俺は、このまま終わるのか」
握りしめた双剣を、ぽつりと地面に突き刺す。
その時だった。
空から一筋の青白い星の光が、俺の双剣へと吸い込まれていく。
剣が、吸い込まれるように鈍色の輝きを失い、代わりに深い紺青の煌めきを放ち始めた。
まるで夜空そのものを切り取ったような、神秘的な色。
「な、なんだこれは……!?」
恐る恐る、俺はその双剣を手に取る。
ひんやりと、それでいて、脈打つような不思議な感触。刀身からは、微かな青い燐光が立ち上っている。
その瞬間、俺の脳内に、どこか無機質でありながらも確かな声が響いた。
【条件:夜星の祝福を受けました】
【隠し固有スキル:『星天の裁定者』が覚醒】
【極技:ミッドナイト・ステラ・クライシスを解放】
「……ミッドナイト・ステラ・クライシス?」
自身のスキル?
俺は、自分のスキルを把握するどころか、これまでただの「敏捷値ゼロの双剣使い」としか認識されてこなかった。それが今、突如として固有スキルと極技を解放したというのか?
信じられない思いで、俺は双剣を構えた。
昼間のあの重苦しさが嘘のように、身体が軽い。
まるで、空気のように。
ふと、丘の向こうから、奇妙な唸り声が聞こえてきた。
それは、この街を脅かしていると噂される、はぐれ魔獣「ダークウルフ」の気配。
昼間なら、身を隠すか、街へ逃げ帰るしかなかっただろう。
だが――
「……行ける」
身体が、勝手に動いた。
昼間とは比べ物にならないほど軽快に動く。
そして、闇夜に紛れて現れた魔獣へと、蒼い双剣を振り抜いた。
――カキン、と澄んだ音。
浅く、魔獣の分厚い毛皮を切り裂いただけだった。
だが、その瞬間、俺の身体に電流のような衝撃が走る。
そして、信じられない現象が起こった。
「な、なんだ……この速さは!?」
一撃、二撃と、剣を重ねるごとに、俺の身体は信じられないほど加速していく。
昼間の鈍重さが嘘のように、視界が鮮明になり、魔獣の動きが止まって見える。
まるで、世界が自分に合わせて遅くなっているかのようだった。
斬るたびに、体力が回復し、疲労も癒える。
この極技の真の力なのか!?
『ミッドナイト・ステラ・クライシス』
三撃目。俺が振り抜いた双剣は、もはや青い光の筋となって闇を駆け抜ける。
そして、切り裂かれたダークウルフは、自分が斬られたことすら理解できないまま、静かにその場に倒れ伏した。
月明かりの下、俺は青く輝く双剣を見つめていた。
それは、昼間の俺を知る者からは想像もつかない、圧倒的な力。
この剣と、この力は一体何なのか。
なぜ夜の自分だけが、こんなにも「速く」なれるのか。
そして、「星天の裁定者」というスキルは何を意味するのか。
俺はまだ何も知らない。
ただ、彼の「夜」は、今、始まったばかりだった。
夜星の青い光を放ち、切るたびに剣速と自身のスピードを無限に上昇させ、自信を回復させる。
双剣のチート技。
俺は、この力で、自分を追放した奴らを見返すことができるだろうか?
俺の冒険は、今、この夜から始まる。
翌日の昼間。カイは再び、あの「泥の中にいるような重圧」の中にいた。
街の広場で冒険者たちが活気に沸く中、カイは壁に寄りかかり、荒い息をつく。
(……やっぱり、陽が昇っている間はこのザマか)
昨夜のあの神速、あの万能感は夢だったのかと疑いたくなる。だが、腰に差した二振りの双剣は、昼間でも鈍く青い輝きを帯びていた。
そこへ、聞き覚えのある下品な笑い声が近づいてくる。
「なんだ、まだ街にいたのか。死に損ないのガラクタ野郎が」
元パーティ『太陽の牙』のリーダー、ライオスだ。
彼らは今から、昨夜カイが密かに倒したはずの「ダークウルフ」の討伐任務に向かうところだった。
「おいライオス、構うなよ。汚い鈍足がうつるぜ」
仲間たちの嘲笑を背に、彼らは意気揚々と森へ向かっていった。カイは拳を握りしめ、ただ静かに陽が沈むのを待った。
夕闇が街を包み、一番星が瞬く。
その瞬間、カイの全身を縛っていた見えない鎖が、ガラスのように砕け散った。
「……来た。夜だ」
カイは風のように森へ向かった。
目的は一つ。昨夜の力が本物か確かめること。そして――。
森の奥では、『太陽の牙』が窮地に立たされていた。
「嘘だろ……なんでこんなに、数が多いんだ……っ!」
彼らが狙っていたのは単体のウルフではなかった。夜になり活性化した、数十頭の群れ。
ライオスの大剣は空を切り、仲間たちは傷つき、絶望に顔を歪ませていた。
「助け……助けてくれ!」
その悲鳴に応えるように、頭上の枝から蒼い火花が舞い降りた。
「悪いな。あんたたちが遅すぎるから、手伝いに来たよ」
静かな声とともに、カイが着地する。
「カ、カイ!? お前、何をしに――」
ライオスの言葉が終わるより先に、カイの姿が消えた。
一閃。
先頭のウルフの首が飛ぶ。
二閃、三閃。
斬撃を重ねるごとに、カイの周囲に青い雷鳴のようなエフェクトが激しさを増していく。
「あ、ああ……見えない! 速すぎる!」
ライオスたちは目を剥いた。
カイが一度動くたびに、空間に青い「星の軌跡」が焼き付いていく。
一撃ごとに加速し、一撃ごとに傷を癒やす。
十撃を超えた頃には、カイの動きはもはや一筋の「青い流星」と化し、ウルフたちは反撃の暇もなく、次々と星の塵へと変わっていった。
数分後。
あれほどいた魔獣の群れは一掃され、森には静寂と、宙に舞う青い燐光だけが残された。
カイは一滴の汗もかかず、平然と双剣を納める。
「……これ、お前たちの獲物だったよな。勝手に狩って悪かった」
カイは振り返ることもなく、夜の闇へと歩き出す。
「ま、待て! カイ! 今のは何だ!? その力があれば、俺たちのパーティは――」
ライオスが縋るように手を伸ばすが、カイの足取りは、もはや彼らが一生かかっても追いつけないほどに速く、軽やかだった。
「悪いけど、俺は夜が忙しいんだ。……さよなら」
夜風に乗って消えたその言葉に、ライオスたちはただ、自分たちが何を捨ててしまったのかを悟り、膝をつくしかなかった。
◇◇◇◇
「……そういえば、あの爺さん、変なことを言ってたな」
昼下がりのギルドの隅で、カイはかつて出会った風変わりな老魔術師の言葉を思い出していた。
『坊主、夜にしか使えぬ術を昼に使う方法を知っておるか? 物理的な太陽など関係ない。己の魂を鼓舞し、内側を夜の創造で一杯にするのじゃ。世界を騙せ、自分が今、星空の下にいるのだとな』
当時は「ボケ老人の世迷い言」だと聞き流していたが、今ならわかる。
『ミッドナイト・ステラ・クライシス』は、俺の精神が「夜」に同調した時にのみ解放される。なら、昼間であっても俺の心が完璧な「夜」を描き出せれば……。
「おい、またあいつらだ……」
遠くからライオスたちの笑い声が聞こえる。
もう、あいつらの顔も見たくないし、馬鹿にされる声も聞きたくない。
(……昼のうちに、誰もいない国境沿いの森を抜けて移動しちまおう。夜になったら、そこでギルドの指名依頼をこなせばいい)
カイは昼間の重い身体を引きずりながら、街を後にした。
鬱蒼とした森の中を進む。木漏れ日が煩わしい。
早く太陽が沈んでくれればいい。そう願いながら歩いていた、その時だった。
森の空気が、一瞬で凍りついた。
鳥の鳴き声が消え、植物が枯れ果てるほどの圧倒的な「死の気配」。
開けた平原に出たカイの目に飛び込んできたのは、地平線を埋め尽くす漆黒の軍勢だった。
「……なんだよ、これ……」
その数、およそ二千。
魔王軍の正規兵、それも精鋭騎士団だ。
そしてその中心には、巨大な髑髏の椅子に座り、退屈そうに爪を研ぐ男がいた。
魔王軍四天王の一人、「断絶のフェルナンド」。
「おや、迷い込んだネズミが一匹。……殺せ」
フェルナンドが指を鳴らす。
瞬間、数百の魔兵が一斉にカイへと襲いかかった。
今はまだ、真昼。カイの身体は呪いのように重い。一歩動くのさえ必死だ。
「……が、はっ!」
一撃を喰らい、地面を転がる。
身体が動かない。視界がかすむ。
「無能」と呼ばれた昼間の自分が、死の恐怖に震えている。
(死ぬのか? こんなところで……?)
脳裏に老人の声が響く。
『世界を騙せ。己を創造で満たせ。お前にとって、最高の夜を思い描くのじゃ』
カイは目を閉じ、深く息を吐いた。
ライオスたちの嘲笑も、魔王軍の咆哮も、照りつける太陽も、すべて意識の外に放り出す。
描くのは、どこまでも深く、静かで、美しい蒼き星空。
双剣を抜く。その瞬間、カイの心臓が激しく鼓動を打った。
「……今、ここは夜だ。俺の、夜だ」
「星域展開」
カイを中心に、どろりと濃密な「夜」が溢れ出した。
昼間の風景を無理やり塗りつぶし、半径百メートルを漆黒の闇と青い星屑が支配する異界へと変える。
「……な、なんだこの空間は!? 太陽が消えただと!?」
狼狽する魔王軍。
その中で、カイはゆっくりと立ち上がった。
双剣が、夜星の光を吸い込み、爆発的な青い燐光を放つ。
「二千体……。全員、置き去りにしてやる」
カイの瞳には、すでに敵の姿はない。
ただ、自分がこれから描く「光の軌跡」だけが見えていた。
『ミッドナイト・ステラ・クライシス』
カイの姿が、一筋の青い光となって消えた。
「行け! 殺せ! 塵一つ残すな!」
魔王軍四天王フェルナンドの怒号とともに、二千の魔兵が地鳴りを立てて押し寄せる。
だが、蒼き「星域」の中心に立つカイは、静かに双剣を構えた。
昼間の鈍重さは微塵もない。細胞のひとつひとつが、星の光を浴びて沸騰している。
「……まずは一撃」
最前列の魔兵が剣を振り下ろすより速く、カイの姿がブレた。
ガキィィィン!
鋭い金属音が響く。魔兵の胸鎧を切り裂いた瞬間、カイの脳内に「加速」のシグナルが灯った。
「――二撃。三撃。……十撃」
斬るたびに、周囲の景色がゆっくりと沈んでいく。
加速が、加速を呼ぶ。
敵を斬れば斬るほど、カイの神経系は研ぎ澄まされ、筋力は爆発的に跳ね上がる。
二千の軍勢が、まるで止まった彫像の群れに見え始めた。
「なっ、何が起きている!? 報告しろ!」
フェルナンドが椅子から立ち上がる。
彼の目に見えるのは、自身の軍勢が次々と、目にも止まらぬ「青い閃光」に弾き飛ばされ、紙屑のようにバラバラになっていく光景だった。
「ひ、ひぃ! 見えません! 敵がどこに――ぎゃあぁぁ!」
悲鳴すら追いつかない。
カイのスピードは、もはや音速を突破していた。
彼が通り過ぎた後には、衝撃波による真空の道ができ、魔兵たちは斬られると同時に、空気の壁に叩きつけられて粉砕される。
『ミッドナイト・ステラ・クライシス』――その真価は、終わりなき上昇。
斬る対象が二千もいるこの戦場は、カイにとって「無限にスピードを上げるための滑走路」でしかなかった。
「五百撃……。まだだ、まだ足りない」
千撃を超えた頃、カイの世界から音すら消えた。
自分の鼓動と、双剣が星を刻む音だけが響く。
斬るたびに傷が癒え、全快の状態でさらに加速する。
カイの姿はもはや一筋の線ですらない。
戦場全体に網の目のように張り巡らされた「青い光の糸」そのものとなっていた。
「……バカな……! 物理限界を超えているだと!?」
フェルナンドが恐怖に顔を歪ませ、自慢の魔力を練り上げる。「断絶」の魔法を放とうとしたが、その指が動くよりも早く、カイは彼の目の前に現れていた。
「……あんたが、一番強いんだろ?」
カイの言葉は、フェルナンドの鼓膜に届く前に、彼の意識を置き去りにした。
極限まで加速したカイにとって、四天王の動きですら、止まった時計の針に等しい。
最後の一撃。
二千体を切り刻んだ全エネルギーを一点に凝縮し、カイは双剣を交差させた。
青い爆光が平原を飲み込む。
光が収まったとき、そこには広大な「空白」があった。
二千の魔王軍、そして四天王の姿はどこにもない。
ただ、地面には数万の斬撃の痕跡が、巨大な幾何学模様のように刻まれているだけだった。
二千の軍勢を消し飛ばした蒼き衝撃。その余波が収まる間もなく、平原の空間が歪んだ。
「……四天王を、羽虫のように払い落としたか」
地を揺らす重低音とともに、漆黒の玉座が虚空から現れる。そこに座るは、万物の終焉を司る者――魔王ゼノン。
彼が立ち上がるだけで、カイが無理やり引き寄せた「偽りの夜」が震え、ひび割れていく。圧倒的な魔王の威圧感。だが、カイは不敵に笑った。
「この速度なら……魔王、あんたにも届く」
時計の針は深夜零時を回った。
空を見上げれば、群青の闇の中に、ひときわ強く瞬く「深夜の一番星」。
『星天の裁定者』が、真の極致へと至る刻が来た。
「不遜な。光の速さにすら届かぬ加速で、余を討つと?」
魔王が指を弾く。
瞬間、カイの周囲に数千の漆黒の槍が、回避不能の密度で出現し、同時に射出された。
だが、カイの双剣はすでにそのすべてを「過去」へと追い落としていた。
一撃。十撃。百撃。
魔王の槍を斬るたびに、カイの身体はさらなる加速を上乗せしていく。
一分間に数万回の斬撃。もはや「動いている」という概念すら消え、カイは戦場のあらゆる場所に「同時に存在」していた。
「……ッ、何だと!?」
魔王の瞳が驚愕に染まる。
カイのスピードは、ついに「時間」の壁すらも削り取り始めていた。
斬撃のたびに、カイの体力は全快し、精神は星の冷徹さを帯びていく。
魔王が放つ防壁も、空間を断絶する魔術も、加速し続けるカイの双剣の前では、止まっている障壁と変わらない。
「これで、最後だ……!」
カイの身体が、純粋な青い光の粒子へと変わる。
双剣が描く軌跡は、夜空を走る銀河そのもの。
二千の雑兵、四天王、そして魔王――そのすべてを斬り伏せるための「無限の加速」が、一点に集束する。
『ミッドナイト・ステラ・クライシス――終焉』
深夜の一番星が最も強く輝いたその瞬間。
平原全体を、銀河の爆発を思わせる蒼い光が呑み込んだ。
魔王の叫びすら届かぬ、音を超え、光を超え、因果を超えた一撃。
魔王の心臓を、星の刃が貫いた。
「……見事だ、人の子よ」
魔王の巨体が光の塵となって崩れ落ちていく。
それと同時に、カイが作り出した「星域」もまた、静かに溶けていった。
東の地平線が、薄らと白み始める。
一番星が朝の光に溶けていく中、カイは剣を鞘に収めた。
あれほどの激闘を終えたというのに、回復効果のおかげで、その身には傷一つ、疲れ一つ残っていない。
「……あ。太陽だ」
昇りゆく朝日が、カイの顔を照らす。
昼間の「重力」が戻ってくる感覚がある。だが、不思議と以前のような絶望感はなかった。
最強の敵を倒し、夜を駆け抜けた達成感。そして、この「神速」を知った自分の魂には、もはや昼も夜も関係ない、確かな力が宿っている。
「さて……次は、どこへ行こうか」
朝霧の向こう側。
かつて自分を捨てた者たちも、この光をどこかで見上げているのだろう。
だがカイはもう、後ろを振り返らない。
夜明けの光の中、神速の剣士は、新しい世界へと第一歩を踏み出した。
(完)




