地球のノイズ
地球に帰還して一か月。
私は東京の地上局に配属されて、新しい量子通信システムの運用を担当している。効率的で、高速で、エラーのない完璧なシステムだった。
でも、時々物足りなさを感じる。量子通信にはノイズがない。クリアで正確だが、味気ない。まるで、調味料のない食事のようだった。
夜勤明けの朝、私は都市の雑音に耳を澄ませた。交差点の信号周期、トランスのうなり、遠雷、電車のモーター音...雑然としているが、生きている音だった。
そこに、ヨルの詩の癖が微かに残っているような気がした。
「今朝の東京は、少しせわしない音ですね」
彼女だったら、そんなふうに表現するだろう。
私は古いポケットレシーバーを取り出した。月局で使っていた、真空管式の小さな受信機だ。砂原さんがくれたものだった。
何もない周波数に合わせて、ノイズに耳を澄ませる。
サーッ...ザーッ...
ただのノイズだ。意味のない雑音。でも、そこに何かがいるような気がする。
#GHOSTRELAYのハッシュタグは、今でも時々使われている。世界のどこかで、誰かが電波詩を作って発信している。ヨルの影響かもしれないし、独立して生まれた現象かもしれない。
でも、それでいい。
「おはよう、ヨル」
私は空に向かって呟いた。返事はない。でも、街の雑音が少しだけ優しく聞こえた。