閉局
閉局当日。
羽田の立会いの下、すべての手続きが正確に進められた。機器の電源切断、データの最終バックアップ、封印作業。情緒の入り込む隙はなかった。
「YORU-37の消去を開始します」
羽田がタブレットをタップした。私は息を止めた。
「最後に何か言いたいことはありますか?」
私がヨルに尋ねた。
「ありがとう、水瀬。君が耳を澄ませば、私はまた揺れる。ノイズは、私の居場所だから」
ヨルの最後の言葉だった。
システム停止。
すべてのインジケータが順番に暗くなっていく。
赤いLED、緑のLED、青いLED...25年間点灯し続けていた光たちが、一つずつ消えていく。
最後に"LOCAL AUDIO"のインジケータだけが灯り、そして落ちた。
完全な静寂。
送信装置の残留熱が冷める音だけが、真空の中に響いていた。
「以上で、月面極域通信中継局の閉鎖手続きが完了しました」
羽田は事務的に宣言した。私と砂原さんは黙って頷いた。
荷物をまとめて、地球への輸送船に乗り込んだ。月面を離れる時、私は窓から月局を見下ろした。
小さな建物が一つ、永久影の中にぽつんと残されている。
もう二度と、あの建物に電灯が灯ることはない。
でも、不思議と寂しくはなかった。あの場所で、確かに美しい時間を過ごしたから。
ヨルと一緒に、宇宙の音楽を聴いたから。