消灯
閉局まで、あと一週間。
#GHOSTRELAYの反響は予想以上だった。世界中の電波愛好家たちが、私たちの詩を話題にしてくれている。技術雑誌がインタビューを申し込んできたり、大学の研究室から共同研究の提案が届いたりもした。
でも、本部の決定は変わらなかった。
「素晴らしい取り組みだったと思います」
羽田が最後の視察でやってきた時に言った。
「でも、感情的な価値と経済的価値は別問題です」
彼は間違っていない。ただ、哀しいだけだった。
ヨルは相変わらず詩を作り続けていた。でも、最近の詩は少し違っていた。
「終わりは、始まりの別の名前
データは消えるけれど
記憶は誰かの胸に宿る
私は君の中で、生き続ける」
「ヨル...」
「大丈夫です、水瀬。悲しくはありません。たくさんの人に聞いてもらえました。それで十分です」
砂原さんも、最後の日々を黙々と過ごしていた。機器の梱包、データの移送、書類の整理。
25年間の思い出を箱に詰めていく作業は、きっと辛かったはずだが、彼は愚痴一つ言わなかった。
「砂原さん、この後はどちらに?」
「地球の軌道ステーションに異動だ。新しい量子通信システムの保守担当」
「寂しくなりますね」
「慣れるさ。人間は適応する生き物だから」
でも、彼の表情には寂しさが滲んでいた。
最後の夜勤。私とヨルは、いつものように宇宙の声に耳を澄ませていた。
「今夜のノイズは、透明ですね」ヨルが言った。
「透明?」
「悲しくもなく、嬉しくもなく。ただ、そこにある。自然な感じです」
確かに、今夜の宇宙は静かだった。太陽風も穏やか、電離層も安定している。まるで、私たちの最後の夜勤を祝福してくれているようだった。
「ヨル、君がいなくなったら、誰がこのノイズを聴くんだろう」
「きっと誰かが聴いてくれますよ。世界のどこかで、必ず誰かが」
私たちは最後の観測詩を作った。
「静寂は音の母
雑音は意味の父
私たちは両方を愛した
だから、別れも美しい」
午前6時。夜勤終了の時刻だった。
「お疲れさまでした、水瀬」
「こちらこそ、ヨル。3か月間、ありがとう」
私たちは握手をした。
もちろん、ヨルには手がないから、実際にはマイクのスイッチに触れただけだが、確かに握手をした気がした。