23. 終わり
夢奏がすべてを語り終えたとき、涙が溢れて止まらなかった。
その涙の理由は、私にはわからなかった。悲しくて泣いているのは、少し違う気がする。
ただ流れ続ける涙を拭う私を、話の途中で駆けつけてくれた木崎さんたちは、心配そうに見ている。
「そんなに莉々愛を傷付けて、本気で莉々愛を独り占めできると思ってるの?」
重たすぎる沈黙の中で、遥香が静かに告げた。
「……うるさい。てか、今さら出しゃばって、なに? ずっと莉々愛のこと無視してたくせに!」
夢奏の悲痛な叫びは、私の心に深く刺さる。
ほんの少しだけ、夢奏の言う通りだと思ってしまう私がいた。こんなことになってから味方面されても、と心のどこかで思っていたのかもしれない。
「……莉々愛が、笑えなくなってたから」
「は?」
「私と莉々愛はタイプが違うから……だから、一緒にいないほうがいいと思った。実際、高校に入ってからの莉々愛はどんどん私の知らない莉々愛になっていって。一軍女子になっていく莉々愛の近くにいなくてよかったって思ったよ」
声が出なかった。
遥香は、私が聞いてるって知ってるはずなのに、ここまで本音を包み隠さず言うなんて、残酷だ。
でも、私たちは本音を隠しすぎたから、こんなにもこじれてしまった。これはきっと、その報い。聞きたくなくても、私は耳を塞いではならない。
「無理してるのかなって感じるときもあったけど、それでも莉々愛が笑っていられるならそれでいい。私が口出しすることじゃないって、一方的に線引きして決めつけてた」
遥香が言うほど、私は心から笑えていただろうか。
自分に問いかけるまでもない。
「……でも、気付いたら莉々愛から笑顔が消えてて。なんでこんなことになってんの、莉々愛にはたくさんの味方がいたんじゃないのって、不思議でならなかった」
なにも不思議じゃないよ、遥香。私が高校で築いてきた関係性は、上辺だけのものだった。それは、私が一番よくわかってる。
「それに加えて、篠崎優希音の死でしょ? このままじゃ莉々愛が消えてしまうような気がして」
「……消えないよ。消えさせない。だって、夢奏がいるもん」
これもまた夢奏の本音なんだと思うと、恐ろしい。
だから私は夢奏を信じたいと思ったのと同時に、本当に信じてもいいのか、不安になったんだろう。
「あんなことして、まだ」
「だって!」
遥香の言葉を遮った夢奏の叫び声は、悲しみに染まっていた。
それはどこか、聞き覚えがあった。
そうだ。保健室で先生に相談するかどうか、意見が衝突したときだ。
あのときも、夢奏はこんなふうにゆきちゃんに反論していた。
どうして私は気付けなかったんだろう。いや、見ようとしなかったんだろう。
もう、耳を塞いでしまいたかった。これ以上、夢奏の痛みを聞いていたら、私の心が壊れてしまいそうだから。
でも、ここで逃げるなんて許されない。私が、聞かなければならない。
「だって、そうしないと、莉々愛は夢奏を見てくれないもん……」
夢奏の表情は見えないけれど、子供のように泣いている姿が想像できた。
「私の知ってる莉々愛は、友達に順位をつけるような人じゃないけど」
「……でも、優先順位ってあるでしょ。きっと莉々愛は、私とアンタを天秤にかけたら、夢奏を選んでくれない」
――やっぱり、スズとの付き合いが長いからさ……どうしても、スズの味方をしちゃうっていうか……
前に、ゆきちゃんはそう言っていた。私もそうするだろうって納得したのを覚えている。
……そっか。これが、順位か。
「だから、アンタが邪魔なの」
だから、死んでよ。
そう聞こえた。
遥香まで奪われるなんて、嫌だ。でも、ここで私が間に入ったら、夢奏はどうなるの?
そう思うと、私は動くことができなかった。
「アンタが“Y”として死んでくれたら、完璧なの。莉々愛は夢奏だけのものになってくれる。だから!」
「残念だけど」
夢奏の言葉に続けたのは、木崎さんだった。
目の前にいたはずの木崎さんは、屋上に出ている。
「君の望む未来にはならないよ」
こうなっては、私も隠れてはいられない。私と赤城さんも続いて二人の前に姿を見せる。
フェンスの傍にいる夢奏は私に気付くと、大きく目を見開いた。
「莉々愛……? なんで……」
「私が呼んだ」
遥香が答えれば、夢奏は遥香に鋭い視線を向けた。
「なんで夢奏の邪魔ばっかりするの!? やっと……やっと、莉々愛が夢奏を見てくれるところだったのに!」
「それ、本気で言ってんの?」
遥香の低い声に、夢奏は肩をびくつかせた。
「莉々愛を平気で傷付けるような人、莉々愛の隣は相応しくないから」
夢奏はうろたえながら、私に縋るような目を向けてきた。
なにか、言わないと。
でも、なにを?
夢奏をかばうような言葉が、私には出てこない。
すると、夢奏の表情は静かに絶望に染まり、頬には一粒の涙が落ちた。
「……もういい」
夢奏はそうこぼすと、フェンスを乗り越えた。
「夢奏……?」
なにが起きているのか、ちゃんと見えているはずなのに、頭が理解してくれない。
「おい!」
「来ないで!」
木崎さんが慌てて声を荒げ、夢奏に近付こうとしたのを、夢奏は強く拒絶した。
「ねえ、莉々愛」
私を呼ぶその声は柔らかくて、いつも通りの夢奏のように感じた。
だけど、悲しみをこらえて微笑む姿に、声が出なくなる。
「夢奏は、莉々愛のこと本当に好きだったんだよ」
「……うん」
それだけは、嘘じゃなかったもんね。わかってたよ。
「でも莉々愛は、夢奏のこと、一番好きじゃなかった」
「違う……好きに、順位なんてない……」
こんなの、気休めだ。
夢奏が聞き入れてくれるわけがない。
わかっていても、そう言わずにはいられなかった。
「……莉々愛は優しいね」
夢奏はそれを優しい嘘と捉えたのだろうか。
もう、私が話す言葉は、嘘になってしまうのだろうか。夢奏に届かないのだろうか。
「莉々愛」
それでも夢奏に届く言葉を探していると、夢奏は私の名前を呼んだ。
フェンスの向こうにいる夢奏は柔らかく微笑んでいる。
「……バイバイ」
そう、静かに言葉を残すと、夢奏は私の視界から消えた。
「……ゆ、めか……?」
下のほうから、誰のものかわからない悲鳴のような声が聞こえてくる。
その瞬間、なにが起きたのか、理解した。
「夢奏!」
フェンスのほうへ駆け寄ろうとしたけれど、赤城さんに引き留められてしまった。
なんで……どうしてこんなことになったの? こんなこと、望んでいないのに。
私は、夢奏とやり直したいって、そう思っていたのに。
こんなの、嘘だ。
「うわあああああ!」
その日、私は久しぶりに自分の声を聞いた。
痛々しい私の声は、残酷なほど澄んだ青空に吸い込まれていった。




