番外編:完成!愛情たっぷりです
(ルル)
「モラン商会のメリーベル嬢を呼んで礼服一式揃えたんですか!さすが高位貴族!やる事が違う!」
貴賓室の繊細な細工の施された丸テーブルから、ノックスは興奮したように身を乗り出す。
「それからそれから?」
「大きいテーブルにたくさんご飯があってそれが全部ルルのだったの。いっぱい食べていっぱいおしゃべりしたよ」
「へぇ〜団長もディナー時ぐらいはゆっくり会話を楽しめるんですね」
「泡々のお風呂もあったよ!シャボン玉っていい匂いだけど食べると美味しくないね」
「あはは、それうちの妹も小さい頃やってましたよ」
「それから団長の部屋に行って一緒に寝たの」
「……一緒に、寝た?」
「よしよししてぎゅーってして子守唄歌ってあげたの」
「おっと…これは俺が聞いていい話か……?」
眉間に皺を寄せたノックスはしばらく黙り込んだのち、小さく咳払いをして話を切り替えた。
「ところでルル様、今日の予定は決まりましたか?せっかくの休日です、王宮からは出られませんが何かしたいことがあれば遠慮なく言って下さい」
あの後公爵家の屋敷から帰ってきたルルは、制服が届くまでの間の休暇を言い渡されていた。ルルとしてはもっと皆と働きたいところだったが、ハルニエ曰くルルの為の職場環境を整える時間でもあるらしい。
「うーんそうだね、ナナコロ草を取りに行きたいかな」
「ナナコロ草……俺は聞いた事がないですね。この辺りで手に入ります?」
「昨日学士団本部に行ったでしょ?その近くに透明な建物があって、その中にあると思う」
感覚の鋭いルルは昨日近くを通った透明な建物の中にその草らしき香りとシルエットを確認していた。実はこちらに来てからずっとナナコロ草を探していたルルは、それを採取できる機会をうかがっていたのだ。
「透明な建物……学士団が管理してる温室かな。貴重な物でなければ分けてもらえるんじゃないでしょうか。正直学士たちにはもう会いたくないですが……」
「昨日はごめんね〜〜〜!!」
学士団の管轄エリアに着くやいなや、べしょべしょに泣きながらルルに縋りついてきたのは昨日も会った生物学者のユリーヌだった。
「君の上司からの抗議文が今朝から止まらないんだよ〜このままじゃ僕、出張から帰ってきた学士団長にお仕置きされちゃうよ〜もう爪が欲しいなんて言わないから〜!」
「あー……髪だけじゃなく爪も貰おうとしてルル様が爪を剥ぎかけたのがバレたんですね。自業自得です」
あの件に関してはルルも悪い事をしてしまったと反省をした。人間の感覚だとすぐに再生するからといって簡単に身体を傷つけてはいけないらしい。
ノックスが制止の声を上げるより早く髪を切り落としてしまった時など、彼は大きな悲鳴をあげていた。爪も剥ぎ取るのではなく先の方を少し切るだけで良かったらしい。
「どうでもいいのでこの温室の管理者の方に会わせていただけますか?」
「ぞれ、ぼぐ〜!」
涙と鼻水で顔を大変な事にしながらユリーヌは言う。
流石に可哀想に思ったルルは水魔法でその汚れた顔をすすぎ風魔法で乾かした。
「うう、ありがとう。僕は生物学系の研究グループの総責任者なんだ。だからこの温室の最高管理者も僕。温室に何か用事があるの?」
「ナナコロ草が欲しいの」
「ナナコロ草?聞いた事ないなぁ」
首を傾げたユリーヌにルルは温室の端の方に見える背の高い濃緑の植物を指さした。
「これ!」
「えっ、これは一応ハーブに分類されるけどほとんど雑草に近い植物だよ?ここでの名前ではニーブっていって研究室で飼育してる草食動物の飼料に使うような……」
「大丈夫!これ貰っていい?」
「こんなのならいくらでも持っていっていいよ。これをどうやって使うのか教えてくれる?」
「いいよ」
ルルは温室に入って両手一杯ほどの量のナナコロ草を摘み取ると魔法で水を出現させそれを洗い、これまた水の魔法の応用で葉の水分量を減らしカラカラに乾燥させた。
「見た事もない方法で乾燥ハーブができたね」
「乾燥した草をどうするんでしょうか」
草が完全に乾燥しきっている事を確認したルルはおもむろに口を開くと歌を歌いはじめた。それは竜の里に伝わる伝統的な歌曲で、精神を落ち着かせ心地よい眠りへと誘うようメロディと歌詞に魔力が込められている。里では主に睡眠を嫌がってぐずる子供を寝かしつける時に使われる事が多い。
魔力量のあるノックスとユリーヌには、その歌に込められた魔力がハーブに吸いこまれていく様子がはっきりと見てとれたようだった。
「なんだこれは!」
ユリーヌは興奮したように声を上げた。
「これ、竜人族の子供が眠れない時にお茶にして飲むの」
乾燥ハーブをよく観察してその出来に満足したルルは、完成したものについての説明をする。
「なるほど……お茶の効能の源は魔力を込めた歌で、草はいわばそれを貯めておく貯蔵庫……ニーブは魔力伝導率が高いから使われているのか」
「なんか研究者っぽい事言ってますね」
メモを取り出し熟考を始めたユリーヌに肩をすくめたノックスは、ルルに向き直ると一転して心配そうな顔をした。
「これ、どうするんですか?もしかしてルル様は最近眠れていなかったり……」
「団長にあげるの。眠れなくて疲れてるみたいだから」
濃いクマを作り顔色の悪いハルニエの健康状態は出会った時から気になっており、いつかこのハーブティーを渡せたらと考えていた。ハルニエが日常的に十分な睡眠を取れていない事を、ルルは昨夜の件で確信している。
「それは良いですね!竜人族秘伝のハーブティーなんて絶対に効果がありますよ!あの仕事人間も少しは休まなきゃダメです」
うんうんと笑顔で頷くノックスに、ルルもつられて嬉しくなった。
「ユリーヌ、ありがとう」
「いやいやいや!僕こそ貴重なものを見せてくれてありがとう!昨日はごめんね」
「いいよ」
礼を言うユリーヌは新たな知見の獲得に目を輝かせており、もうべそべそと泣いていた時の悲壮さはない。
「プレゼントならもう少しいい感じにラッピングしましょうか。出来上がったら仕事終わりの時間にでも持っていきましょう」
(ハルニエ)
その日、いつものように仕事を終え執務室に鍵をかけていると背後に急に人の気配を感じた。
いきなりの事にあわてて振り返ると、そこにはここ最近よく見かける人物がいた。
「……ルル?」
ルルはもじもじと両手を擦り合わせて困ったような照れているような顔をしている。珍しい表情だな、と考えを巡らせていると少しの沈黙があった後、こちらに何かを手渡してきた。
「これ、お湯に入れてお茶にして寝る前に飲んでね」
それだけ言うとルルはバッとものすごい速さで走り去ってしまった。渡されたのはリボンの結ばれたかわいらしい袋で、開けてみると中には乾燥した草のようなものが入っている。
何だこれは?と疑問に思っていると中から一枚のメモが出てきた。
「快眠!竜人族秘伝のハーブティー!お湯150mlに対しティースプーン二杯、仕事人間もぐっすり」
誰が入れ知恵したのかすぐにわかるような文章と、子供が書いたかのようなぐちゃぐちゃの文字を見ながら、思わず笑みが溢れた。
愛想笑いではなく心からの笑みを浮かべたのはいつ振りだろう。
屋敷に帰り言われた通りに煎じた茶を飲むと、その日は悪夢もなく穏やかに眠れたのだった。
第一章、恋心の芽生え編完結です。
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需要があれば続きます。