お茶をぶっかけられ、雨の中に突き飛ばされたので、悪女になってやりました。後悔しても遅いですよ?
短編18作目になります。今回は、イジメられた令嬢のやり返しのお話です。いつも読んで下さる方々に感謝です(☆ᴗ͈ˬᴗ͈) 最後まで見守って頂けると嬉しいです(♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
「ティネケ、君はとても美しい。このハニーゴールドの髪の毛も全て」
「ヴォルテル様の男らしいあごヒゲも素敵ですわ」
ヴォルテルと呼ばれた男は、王宮騎士に所属していてガッチリとした男性である。そして、彼は面食いだ。
とりあえず、褒めるところが思いつかなかったから、自慢らしいヒゲを褒めておいた。
「ヴォルテル様みたいな方ならば、なにかあっても守ってもらえそうですわ」
「ああ、守る。こんなか弱い君を放っておく男なんて男とは言えない」
「まあ、嬉しい!」
「ティネケ……」
ウットリするような視線を向けてあげたら、ヴォルテルの顔が迫ってきた。
(仕方ないわね……)
目をつむる。分厚いくちびるが自分のくちびるに覆いかぶさった。ヴォルテルはもっと深いキスをしようとしてきて口全体に吸いついてくる。
(うえ。ここまでよ!)
「誰かがこちらにやって来ますわ!」
ヴォルテルの胸を思い切りドンと押した。
「私たちのことはまだ、秘密なんですから」
しおらしく目を伏せると、慌ててヴォルテルが言った。
「すぐにでも、すぐにでもきちんとして会えるようにする!だから、それまで待っていてくれ!」
彼は声をひそめつつ、こちらが欲しい言葉を言って足早に去った。
「……ふう、ヴォルテルはもう落としたとみていいわね。それにしてもあの人、すぐにキスしたがるんだから。口がべっとべと!」
ハンカチで拭うとハンカチを地面に投げつけたくなった。
「ふう、捨てたら庭が汚れるわね。帰ってから燃やすとしましょう」
「……お嬢様~もう、こんなことは止めましょうよ」
足音がなりやすい靴を履いて現れた侍女のトレインチェが言う。
「このやかましい靴を履いて駆けつけるだけで、心臓バクバクなんですから!」
「悪いけど、まだ終われないの。あなたの協力が必要よ」
トレインチェは自分よりも1歳年下の16歳である。歳が近いから、こうした企みにも協力してもらいやすい。
「ヴォルテルとテュールは落としたから、あとはルートヘルね」
「お嬢様がこんな身体を張ってまでやることじゃないですよ」
「身体を張ると言っても、くちびるまでよ。それ以上は絶対に許さないわ」
「当たり前です!」
ほかの人が聞いたら、なんて会話をしているのだと思われる内容だ。だが、こんなことをするには理由がある。
――3ヶ月前、ティネケはヴィルヘルミナ伯爵令嬢の開いたガーデンティーパーティーに参加した。
ヴィルヘルミナは可愛らしい見た目の令嬢で、男性からとても人気がある。そんな彼女には欠点があった。令嬢だけの集まりだと醜悪な本性をさらすのだ。
「あなた、私より格下のくせして目立ちすぎね」
目立つような言動なんてしていない。思い当たるとしたら、お茶会に呼ばれた令嬢たちよりも美人でスタイルが良いということだろうか。
舞踏会で男性たちに言い寄られることがあったから、少なからず自分の容姿が優れているのは自覚している。だけど、ひけらかしたり、自慢したりなんてことはない。
なのに、イジメられた。
「ティネケさん、私の出したお茶をぜんぜん飲んでいないじゃない。気に入らないの?」
「いえ、そんなことはありませんけれど……」
ほかの令嬢と話している時に、ヴィルヘルミナがスプーンを庭の地面に突き刺し、草と土をティーポットの中に面白がって入れたのをしっかりと見ていた。
そんなものを飲めるわけがない。
(土と草の入ったお茶を勧めるなんてどういうつもり……)
「私が口元まで運んであげるから飲んでみて」
そう言うと、ヴィルヘルミナは泥入りのお茶をティネケの口元までつきつけてきた。
「さあ、どうぞ!」
「自分でやりますから……」
どうにか防ごうと格闘していると、彼女は突然、ニイッと笑った。
「あなたがなかなか飲まないから手がしびれたわ」
そう言うと、ヴィルヘルミナは持っていたティーカップをティネケの上でひっくり返した。
「きゃああ!」
「あ、こぼれちゃったわ」
こぼされたお茶が熱い。ジワジワと茶がドレスを浸食して熱さが伝わってくる。
「私、腕の力がないものだから。あ、ちょうどいいところに雨が」
曇天の空からは大粒の雨が降ってきた。
「雨で冷やすといいわ。アフネス嬢、ティネケさんを手伝ってさしあげて」
ヴィルヘルミナに名指しされたアフネスは、口の端を持ち上げるとティネケをガゼボの外へと突き飛ばした。
しかも、突き飛ばされる前に、やはり目を細め楽し気な顔をしたエレンという令嬢が足をひっかけられたものだから、無残にも濡れた土にダイブするカタチになる。
「ああっ!」
ティネケは、顔から土に埋もれた。顔もドレスも泥まみれだ。雨が無情にも降り注いだ。
「童話のアレみたいね!灰まみれの」
「灰よりも泥だらけで汚いですわ。なんて惨めな姿なのかしら」
「ホントね。ティネケさん、お話とは違って王子様は現れないから、すぐに帰るといいわ」
「アハハ」
令嬢たちの下品な笑い声が響いた。令嬢たちは屋敷の中へと消えていく。
(こんな非道なことをする人がいるなんて……)
肩は震え、涙で顔がもっとぐしゃぐしゃになる。
「あの……」
メイドに声をかけられた。手にタオルを持っている。令嬢たちの仕打ちを見て、気の毒に思ったのかもしれない。
「泥が通路に落ちたら汚れますから、これでよく拭きとってから帰ってほしいんですけど。タオルは差し上げますから」
まさかの言葉に固まった。主人の手前、ワザとこんないい方をしたのだろうかと辺りを見るが、令嬢たちはとっくに屋敷の中で周りには誰もいない。
よく見ると、メイドの口元は半笑いで明らかに嘲っているのがわかった。
(メイドにさえバカにされるなんて……)
ティネケは泥を拭き取ると、タオルを通路に投げ捨てた。メイドは文句を言ったが、無視した。それどころではない。
馬車のもとまで戻ると、屋敷に入れてもらえず馬車の中で待機させられていたトレインチェが驚いて飛び出してきた。
「お嬢様!なんですかその恰好は!」
急ぎハンカチで拭こうとするが止めた。
「ハンカチでは間に合わないわ。布を……馬車を汚さないために布を敷いて」
結局、布はなくて御者の上着を馬車の中に敷いてその上に座って屋敷まで帰った。
屋敷に帰ると、さすがに両親も兄も驚いていたが、起きたことを話しても彼らは怒ることはなかった。
「私がこんなにバカにされたのに抗議しないのですか?」
父が舌打ちする。
「抗議なんてうちができるわけない。そもそも、なんでこんな騒ぎを起こしてくる?」
「ティネケ、これからはドレスもお化粧も地味にして目立たないようにしなさい。ピンクなんて着るから目を付けられるのよ」
なぜか、ティネケが責められた。
部屋に戻ると、憤慨したトレインチェが文句を言った。
「ご主人様も奥様もあんまりです!お嬢様に非があるような言い方をなさるなんて」
「……私、もう両親も兄にも期待などしないわ」
兄のファーレンテインも同じ場にいたが、なにも言わなかった。なにも言わないのは、見捨てたのと同じだ。
――その夜、あまりの衝撃と悲しみから高熱を出した。
夢を見た。夢の中の世界は、酒を飲む場所みたいで、女性が男性をもてなしていた。男性は女性にプレゼントを渡して、必死に口説いている。
女性は呼ばれると、次のテーブルに行き、またプレゼントをもらっている。女性が笑顔をつくるだけで、男性たちはデレデレと鼻の下を伸ばしていた。
(この光景って……)
胸がドクドクしてきて目を開けた。
「あれって……前世の世界だわ……そして、あの女性は私!私は、ナンバー1のキャバ嬢だった!」
まさかの前世を思い出した。
ティネケは混乱しつつも、今の自分は異世界で新しい人生を送っているのだ、と現実を受け入れた。
ちなみに、両親たちは風邪をうつされたくないと考えたのか、一度も様子を見に来なかった。
(最低ね、あの人たちは)
自分勝手な人間たちに腹が立った。
(あの私をいじめた令嬢たち、私に無関心な家族……皆、クソだわ)
ティネケは唇を引き結ぶと立ち上がった。
「私……復讐する。だって、前世ではヤンチャだったもの」
前世では、ナンバー1争いで同僚のキャバ嬢と戦ったものである。駆け引きだったり、ウワサを流して情報操作をしたり、お得意さんの情報を調べてこちらに鞍替えさせたり……。
(今のこの人生では大人しく生きてきたわ。でも、前世を思い出した今、私はやつらに復讐してやる!)
固く決心したティネケは、体調が回復すると王宮に行く用意を始めた。
「お兄様、お仕事でお城に行くでしょう?私も行くから乗せて」
「なぜ、お前がついて来る?」
「これからは自分で自分を守るのよ」
「は?どういうことだ?」
無理やり兄の馬車に乗り込むと、腕を組んで目を閉じた。自分の味方ではない兄の姿を目に入れるだけでムカつくからだ。
城に着くと、サッサと一人で馬車から降りた。そのまま去ろうとすると、兄が声をかけてきた。
「おい、どこに行く?」
「図書館よ。勉強でもしようと思って」
「……オレは夕方には帰るから、だから……」
「それまでここに戻れってことよね?OKよ」
戸惑う兄を置いて図書館へと向かった。
(私の様子が変わってから戸惑っちゃって。バカみたい)
図書館は、自由に使えるのもあって貴族たちがよく利用している。この前のお茶会で自分をいじめた1人であるアフネスという令嬢の婚約者も、よく出入りしているとアフネスが話していた。
アフネスの婚約者であるテュールは窓際の席で本を読んでいた。そっと近づく。
「あの、すみません。その本はもしかしてバルントの本ではありませんか?」
「ええ、そうですが、あなたは?」
テュールが少し驚いたような顔を向けた。
「私はティネケと申します。今、経済学を勉強しているのですが、バルントの本をスラスラ読んでいる姿を見て、感激してしまいまして。あなたは優秀な方なのですね」
「いやあ、それほどでも」
褒めた途端、テュールは得意気な顔をする。経済学について話しだしたので、“すごいですわ”とか、“初めて聞きましたわ”とか、“もっと教えて欲しいですわ”などと言うと、テュールは完全に調子に乗った。
「僕の名は、テュールって言うんだ。伯爵家の嫡男でさ。……君は婚約者はいるの?」
(この流れにきたら、こちらのもんよ)
「おりませんの。私の婚約者になる方があなたのような方でしたら、ステキでしたのに」
「そ、そうか。ふふ」
そこから先はあっという間だった。いとも簡単に彼は落ちた。彼は今、婚約撤回をしようと頑張っている。
――そして、冒頭の王宮騎士のヴォルテルである。彼は城勤めなので、近づきやすかった。
ひそかに調べたヴォルテルの好物だというミートパイを作って渡したら、警戒する様子もなくすぐに引っ掛かった。
「オレには婚約者がいるんだが、料理なんてしない令嬢だからこんな美味しいミートパイをもらって感動したよ」
(普通、令嬢は料理なんてしないものね。でも、私は目的のためなら作るわよ)
「私は、王宮の図書館によく来るのですが、窓から騎士様の訓練する姿が見えて……ステキだなといつも思っておりましたの。だから、ぜひ得意料理のミートパイをお渡しできて幸せですわ」
しおらしく言うと、大人しくて可憐な女性が好きらしいヴォルテルは、すぐに食いついた。彼が面食いで可憐な女性が好きなのはもちろん、事前のリサーチによって得ていた情報だ。
「オレがステキ…?」
「……ええ。とっても男らしくてステキですわ」
彼も簡単すぎた。苦労することなく、今結んでいる婚約をなかったことにして、自分と婚約を結ぶと言っている。
(知識をひけらかす人、体力自慢する人、どうしようもないわね)
前世で人気キャバ嬢だった自分にとって、男を手玉にとるのはコツさえ掴めば難しくない。相手は単純ならなお一層、すぐに落とせる。
ちなみに、アフネスやエレンは婚約者の変貌に驚き、慌てているらしい。テュールとヴォルテルの話では、プライドの高い彼女たちは、なんとか婚約を続行しようと自分たちを説得しているのだとか。
そんなこともあって彼らも慎重に婚約破棄に向けて進めている。よって、まわりには話は漏れていない。
ティネケがまさか自分以外にも男を口説き落としているとは、彼らは全く思っていないのだった。
(さあ、最後のターゲットは、あのイジメの首謀者ヴィルヘルミナの婚約者よ!)
ヴィルヘルミナの相手は、ルートヘルという侯爵家の息子だった。
彼は聞くに、数学が好きで設計を担当する部署で働いていると聞いた。
(どうやって近づこう……)
城にはテュールやヴォルテルもいる。彼らにバレずにルートヘルも落とさねばならない。
(テュールやヴォルテルにバレるのも時間の問題よね……早くルートヘルも落とさなくちゃ)
本当は最初にルートヘルを口説き落としたかった。でも、彼らの中で最も爵位が高く、なかなか接点がなかった。
どうしようと考えながら歩いていると、男性に呼び止められた。
「お嬢さん、コレを落としましたよ」
振り返ると、偶然にもルートヘルである。手にはいつの間にか落としたらしいハンカチが握られていた。
「あ、すみません。ハンカチが落ちるなんて滅多にないことなのに」
「そうですか?てっきり、作戦のうちかと思いましたよ」
「え?……まさか、私がワザとハンカチを落として気を引いたと?」
「違ったみたいですね。失礼」
視線をまっすぐ向けてくるルートヘルは、先の2人の男性と違って、単純ではなさそうだ。
(ルートヘルはクセがある人ね)
「いえ……。あなたのような方ならば狙われることもあるのでしょう」
「お、私をそのように評価してくれるのですね」
「私がハンカチを落としただけで、口説かれていると勘違いなさるくらいですから慣れてらっしゃるのかと」
「ハハハ。そうですよね」
ルートヘルは掴みどころない人でもあるようだ。
(この出会いを利用しなくちゃ)
「あなたはルートヘル様ですよね。ヴィルヘルミナ様からよく聞いておりましたわ」
「そういう君は、ティネケ嬢だよね。最近、いろいろと向こう見ずな活動しているみたいだが」
(向こう見ずな活動、ですって?)
ルートヘルを見上げる。彼は背が高くて身長は180センチを超えていた。
「ルートヘル様、その話を詳しくお聞かせ願いませんか?」
「私も聞きたいと思っていたんだ。あなたの話を」
一気に警戒モードになったティネケは、連れられるまま王宮の中でも人気がない裏庭とやって来た。もし、相手がなにかを掴んでいるなら、ここで話をつけなくてはならない。
通路側から姿が隠れる木陰のベンチに促されて座ると、なんと彼が隣に座ってきた。
「あの、向かい側にも席はありますわ」
「ヒミツの話をするのには、声は小さい方がいいだろう?あ、ちなみにここの場所は秘密の話をするのに丁度いいと思ってオレが設計した庭なんだけどね」
「……」
(自慢?裏事情?なんだか知らないけど……この人、急に砕けた態度と言葉になったわ)
廊下で会った時はもう少しきちんとした言葉つかいだったのに、今は足を組んで、ヒザを掴むようにラフに座っている。
「人気は無いと言っても誰かが来るかもしれない。さっそく、本題に入ろうか。……君は一体なにがしたいんだい?」
「と言いますと?」
「質問に疑問で返さないでほしいな。警戒しているようだけど、オレは君の味方になれる可能性があるよ」
「おっしゃっていることがよくわかりません。もう少し具体的に言ってもらえませんか?」
ルートヘルが背筋を伸ばした。
「……オレは見たんだよ。君がヴィルヘルミナにひどい仕打ちをされたところを」
意外なことを言われて沈黙が重く落ちた。
「あの時のことを見ていた……?」
「ああ。あの日、ヴィルヘルミナに呼ばれていて屋敷を訪ねたんだ。君たちのお茶会に同席させるつもりだったんだろう。だが、仕事で遅れて到着したらあんなことに……。ヴィルヘルミナは自分より下の者を虐げる悪いところがある」
「悪いところだなんてレベルじゃありませんわ」
あんな惨めな姿を見られていたのかと思うと、袖口を握りしめてうつむいた。
「……泥まみれの私を見て、同じように笑っていたのですか?そんなことを言うためにここに連れて来たのですか?……私をバカにするつもりならもう帰るだけだわ」
すくっと立ち上がった。
「待って!」
腕を掴まれる。痛くはなかった。
「なにをするのです」
「落ち着いて。どうか座って。まだ、話すことはあるんだ」
腕は振り解かれそうになく、仕方なく座った。
「オレはあの時、君を助けたかった。でもそうはしなかった。それは、ヴィルヘルミナが嫉妬深い性格だからだ。オレが助けたら、ヴィルヘルミナはもっとひどいことを君にしようとする」
「見てもなにもしないのは、彼女らと同罪だわ」
「すまない、本当に」
頭を下げられた。
(自分よりも低い爵位の令嬢に簡単に頭を下げるなんて……なんなのこの人)
「……謝ってもらっても、私の気持ちは晴れません。少しマシになったというだけですわ」
「少しでもマシになるならいいんだ。それよりも君、復讐しようと彼女らの婚約者を口説いているよね?」
思わず目を逸らした。どうしてこの人物は心臓に悪い言い方をしてくるのだろうか。
「……なぜ、知っているのです?その話はまだ外には漏れていないはずなのに」
「実は、お茶会の後、君が気になって人を使って調べさせていた」
「なんでそんなこと……」
「卑劣なことを許せないからだ。……彼女らの婚約者を口説いてどうしようとしているんだ?」
真剣な目で言われて、鼓動が早くなる。
「調べられていたのなら、正直に言うわ。……婚約破棄されて痛い目を見ればいいと思ったのよ。あの男性たちもいずれ振るつもり」
「やっぱりそうか」
ルートヘルが拳を握りしめた。
「それで、あなたは私を断罪しようとでも?」
「そう、ムキにならないでくれ。オレは……自分を道具のように扱う君を黙って見てられなかったんだ。だから、こうして話をしている」
「あなたは、さっき、私の味方になるかもと話していたわね。どういうつもり?ヴィルヘルミナはあなたの婚約者でしょ?」
「自分にとって彼女がマイナスだと思えば、オレは彼女を切り捨てるつもりなのさ」
「……驚いた。ズバリと言うのね」
「君だって衝撃的なことを言ってくれただろう?」
ルートヘルは声を出さずに笑った。
「じゃあ、一緒に悪者退治をしていこうか」
――数日後、ティネケの元には両親と共に謝りに来たアフネスとエレンの姿があった。
「悪気はなかったのです。ヴィルヘルミナ様に言われて仕方なく……」
「あなたたちは仕方なくといった様子ではなかったわ。私がいじめられているのを見て笑っていたのだから」
「あの場で笑わなくてはヴィルヘルミナ様に睨まれるからです!分かって下さい!」
勝手なことを言う彼らには、とりあえず帰ってもらった。
「ふふん、お前が侯爵夫人になると思ったら、面白いように頭を下げてきたな」
父と母が横にいた。ニヤリと笑う顔に気分が悪くなる。
(私を守ろうとしなかったくせに)
ルートヘルはヴィルヘルミナに婚約破棄を宣言していた。
そして、新たにティネケを婚約者として指名したのだ。
ルートヘルはティネケと婚約を結ぶとすぐに、ティネケの領地内で大規模な修繕工事を開始した。
領地内にかつて使われていた歴史的な劇場があって、修復をして劇場を再開させようとしているのだ。
設計はもちろん、ルートヘルが関わる。工事に伴い、領地の景気も良くなり、両親は上機嫌なのである。
「お前はいずれ侯爵夫人になり、わが領地は劇場の再開で潤う。笑いが漏れるわ」
「ティネケ、いじめられた甲斐があるというものね」
両親の勝手な言葉に返事をせずに背を向けるが、彼らは気付かない。
(なんて調子がいい。いつか痛い目を見せてやるわ)
まだ、長年積もった両親への恨みは解消されていなかった。
ルートヘルには両親のことも話していた。
「じゃあ、君と結婚した後に思い知らせてやろう」
ということで、彼の頭の中で着々と両親への復讐計画も立てられているらしい。
――また、家の前に新たな客がやってきた。テュールとヴォルテルだった。
彼らは自分の婚約者たちがティネケをいじめたのを知って、我こそが守る!と息巻いていたのだが、ルートヘルが横取りするかたちでティネケをさらったので納得していなかった。
「君が悪女だとすれば、オレは権力で君を奪う悪男ってとこかな」
テュールとヴォルテルは意外にも、同時期にお互いが口説き落とされたことは気にしていないらしい。あくまで彼らは、自分がティネケを口説いたのだと思っていた。
(ふう、そのあたりは元キャバ嬢の腕の見せどころよ)
彼らから訴えられたらどうしようかと実は内心ドキドキしていた。
「お嬢様、ルートヘル様がいらっしゃいました!」
テュールとヴォルテルを追い払い、やってきたようである。
居間に入って来ると、花束を渡された。
「愛しの婚約者様。ご機嫌はいかがかな?あ、ちょっと彼女と2人にしてくれる?」
ルートヘルは両親や使用人をサッサと追い払うと、ソファに座った。横をポンポンと叩いている。座れという意味だ。
「あの2人を追い払ってくれて助かりましたわ」
「あいつらはなかなか諦めが悪いな。空気が読めないやつだ」
人の家でまるで我が家のようにくつろぐルートヘルを見て、こんなに豪胆な人であったかなと、ティネケは首をかしげた。
「あの、あなたにはきちんとお礼を。あなたのおかげで、私は労なく復讐を遂げられました」
「気にしなくていい。君には無理して欲しくないからね」
「あの、未だに分からないのですけれど、どうしてヴィルヘルミナ様と婚約破棄されてまで私を新たな婚約者にしたのです?」
「彼女は見込みがない。人を踏みにじるような者はいずれ痛い目を見るもんだ。君は痛みを知るからそんなことはしない」
「ずいぶんと私を信用されているのですね」
ルートヘルをじっと見ると、彼は背筋を伸ばした。
「正直言うと……。オレは君の姿を見て自分を改めたんだ。か弱い女性が復讐するために自分を犠牲にしてでもやり遂げようとする姿は、かなりオレにとって衝撃的だったよ」
「褒めてらっしゃるのですよね?」
「一応は。でも、もうあんなことをして欲しくはない。オレはさ、侯爵家という家に生まれてずっと守りに入った生き方をしてきたんだ。だから、ヴィルヘルミナと言われるまま婚約もしていた。だが、君は自尊心を取り戻そうと、果敢に男たちに自分なりの方法で立ち向かったじゃないか。あれを見て、自分が情けないと思えた」
自分が起こした行動が、彼に影響を与えたとは驚いた。
「あなたは、自分を変えたかったのですか?」
「ああ。君を見ていたら変えたいと思った」
なんとも言えない気持ちになる。
(私の行動を見て、行動を起こすなんて)
感動というか感激というか……涙が浮かんできた。
「オレは君のためなら悪い男にだってなる。それだけ、オレは君に真剣だよ。だから、オレと結婚してくれないかな?」
「……もう、私と婚約されているではないですか」
「本当の気持ちを伝えて、オレと結婚して欲しかったから言ったんだ」
真剣にこちらを見つけるルートヘルに胸が激しく打った。
気付いたら、ルートヘルの胸の中に飛び込んでいた。ルートヘルがしっかりと自分を抱きしめる。
「こんな、素直なところを見せるのは……あなたの前だからですよ」
「良かったら、オレのことも口説いてくれないかな?あいつらだけ口説かれてズルイと思っていたんだ」
ルートヘルが拗ねたように言う。
「いくらでも。口説くのは私の得意分野だもの」
「え?」
「いえ、あなただけを口説くわ」
「ああ、そうでないと困る」
――ルートヘルは、よく人前でティネケのことを褒めてデレているらしい。
(こんな理想通りの旦那様と暮らせて幸せだわ)
ここのところ、テュールやヴォルテルと浮気をしていたという女性たちが急に現れていた。しかも、ヴィルヘルミナの秘密の恋人だとう人物が名乗り出る始末。社交界で大騒ぎだ。
「ねえ、あれって本当のこと?それともあなたが仕組んだこと?」
「さあね。オレは火のない所に煙は立たせないよ」
ニヤリとするルートヘルは悪男そのもので……。
「私、悪い男も好きかもしれないわ」
「なら良かった」
この人といれば最強かもしれない!と思えたティネケだった。
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