平和のおっぱい
お盆に友人と広島に遊びに行った。
初めて路面電車に乗った時は中々外国人が多いものだと関心を持った。
特に女性は背中がや肩の露出したアグレッシブな格好をしており、日本人にはそのように攻める姿勢の人は少ない。何より胸も大きい。胸元が深い溝になって、ちょうど汗がそこを流れる落ちるようにつくられた芸術品かもしれない。
下りて原爆ドームに向かうとますます外国人は見えた。
むしろ日本人よりもその方が多いくらい賑わっていたが、残念なことに聞き耳を立てても彼らが何を喋っているのかはわからない。
英語であれば大雑把に理解できた可能性もあったが、発音の感じからしても英語ではないことはわかった。
仕方ないので小学生以来の原爆ドームを目に焼き付けて、平和公園の方へと歩くことにした。
それにしても感心したのが、この原爆ドームの下は芝になっているのだがちゃんと刈ってあるし雑草も目立たない。
他にも道を沿うようにある生垣もきちんと真っ直ぐに刈り込まれているので、ここの業者は仕事ができているなと思った。
平和公園に着くとまず三つ足ドーム型の台座上に銅像のあるのが見えた。
後で調べてみるとあれは原爆の子の像、もしくは千羽鶴の塔と呼ばれるものらしい。
そこで友人は用を足しに人混みに流れたので、自分はそこの通りとを分ける段差に腰掛けて人間観察に興じた。
子の塔の前は祈る人やスマホを向ける人が集まっており、外国人は当然のように流れていて、むしろそれが珍しくないことのように思った。
自分は一つ気がかりなことがあった。
それは女性が「男が胸を見ていることは気づいている」と言うことに関して、疑問があった。
本当に女性というのは体を見られているという男の視線に気づけるのだろうか。
それを試すために腰を下ろしたわけでもなかったが、スマホを見て待つのも退屈だったので歩く女性の膨らみを注視することにした。
そうしていると、やはり、その中で綺麗な山をつくっていたのは金髪の西洋人だったが、なによりも観察して思ったのが、特に大きさだけでなくどこか弾力のあるような強さを感じた。
日本人でもやはり一人二人は負けない大きさの人は現れるが、西洋人にはそれだけでなく押されても跳ね返すような強度があるように見えた。
その最中に気づく様子や仕草を見せる、または指摘する人などいなかったが、自分はあることに気がついた。
よく考えてみると、仮に気づいたとしてもわざわざそれを態度に出す人など普通はいないのではないかと。
こちらがあからさまに見ているような態度でいれば、反感の態度で出てくる人やそれらしく避ける人は出てくるだろう。
が、自分も流石にそこまで堂々とできるほど心臓が強くないので、あくまで景色を目に焼き付けている風を装っていた。
そうなると、見られているという疑惑が浮かんだとして断定できるほどでもないので、女性からしてもどういうスタンスでいるべきなのか悩ましいはずだ。
こういった邪な思考が伝わっているの否か女性もいなくなり、いよいよ手持ち無沙汰になってくるとこうして座っているのが馬鹿ばかしくなってきた。
そのタイミングに帰ってきた友人が隣に腰を下ろした。
なので自分は次の目的地へと歩き出すこととした。