7.
「な、なあ……危険だ。そっちに行くのは」
「あ? ダチが近くまで来てんだよ。ヤバそうになったら殺せばいいだろ」
そうなんだけど、と弥生が尻込みした。タイガは汗ばむ手を握ったまま、人の気配がすると弥生が知らせる方向へ進む。
バイク弄りに詳しいヒースとタルに任せれば、タイガのバイクはすぐに直るだろう。後は村の入口までバイクを運んでもらえばすぐにでも脱出できる。
問題は、彼女をタイガの後ろに乗せた時にイヴをどこに乗せるかだが……。
(タルにニケツさせれば良いか)
そんなことをぼんやり考えながら、タイガは足早にけもの道を進んだ。
「おい、次はどっちだよ」
「……あっち」
弥生が指したのは、自分たちの真後ろだ。
「ブス、てめえふざけてんのか?」
「ち、違う! って言うかブスって言うな!」
「ブスにブスって言って何が悪いんだよブース!」
緊迫した状況にも関わらず、タイガはわざとからかうような言葉を投げかける。
腹は立ったが、弥生は少しだけ表情を和らげた。
「今朝のお前に戻ったな」
「あ?」
「さっきのお前、違う人みたいで怖かったから」
弥生はそう言って、タイガの服をきゅっと掴んだ。
「私、男の子に手を握られたの初めてなんだ」
「ふーん? この村、子供少なそうだもんなー」
タイガがそっけなく答える。弥生はふるふるとかぶりを振った。
「わ、私はッ……ずっとばばさまに育てられてきた。ばばさまはとてもおっかなくて……人間の男の子に近づいちゃダメだって。お前の父様みたいになるぞって言われた」
きゅう、と弥生の手がしわくちゃになったシャツを握りしめている。
「わ、私の父様は人間で。村の掟を破って、母様と結婚したんだ。怒ったばばさまに、追い出されて……二度と会えない」
弥生は言葉を選ぶように、けれど一生懸命話そうとしている。
「わ、私は……ずっと村の外から来た人間と話してみたかった。人間は、私たちみたいに速く走れないんだろ? 木に登れたりしないし、鼻も良くないんだろ?」
まっすぐな赤い瞳に見つめられて、タイガの目が照れくさそうに泳いだ。
「──木登りくらい、したことあるし」
「本当!?」
弥生は目をキラキラさせながら身を乗り出した。
「都会っ子だからって舐めんなよ。オレはクラスで一番木登りが上手いんだ」
タイガはどこか得意げに答えると、目の前の少女を楽しませるため木の股に足をかけてよじ登った。木登りが得意という言葉に偽りがないことを証明するように、タイガはすいすいと木に登っていく。弥生はそれを下から見上げると、木箱を片手で抱いたまま木の幹に爪を立ててタイガの後に続いた。
太い枝の根元を跨ぐように座ったタイガの下から、弥生が顔を覗かせる。
「本当だ。お前、人間のくせに木登りが上手いんだ」
弥生に褒められて、タイガは暗闇の中で顔を赤くした。
「ば、化け物女に褒められても嬉しかねーし」
悪態をつくタイガを見て、弥生がムッと頬を膨らませる。器用にタイガと同じ枝の上に登った弥生は、タイガの傍に腰掛けて少しだけ距離を詰めた。
木の幹に凭れるように背をそらすタイガの胸に、弥生が無防備に寄りかかってくる。
「ちょ……」
「人間って、あったかいんだな」
弥生が小さな声で嬉しそうに呟いた。その顔は、星明かりの下で微かに見える。
タイガは、遠慮がちに弥生の体を抱きしめた。
「アンタ、は……いい匂いするよ」
「匂い?」
弥生が腕の中で身動ぎする。猫耳が胸をくすぐるのが気持ちよくて、タイガが少し笑った。
「他の女子と違う。いい匂い」
タイガが弥生の髪に顔を埋める。弥生は顔を赤くしながら、黙って木箱を抱きしめていた。
いつまでそうしていたのか、うとうとし始めた弥生の猫耳が物音を感じて反射的に動く。
「誰か来る。お前の友達の匂いだ」
「お、おい!」
弥生はそう言って枝に手をかけると、器用に木から降りていった。その場に取り残されたタイガは、すぐに木を降りることが出来ない。後先考えずに登るのは好きだが、木から下りるのは苦手だった。
「あのブス……早すぎんだよ」
照れ隠しのように悪態をついたタイガは、足場を探しながら木から下りようとする。その下で、既に地面に降り立った弥生は物音が聞こえてくる方向を見つめた。それは、やはり彼女たちが来た方向。匂いが遠くなったり近づいたりしている。
「迷ってるのかな?」
弥生はしっぽをピンと立てて、匂いのする方向へと進んでいく。次第に人間の匂いが濃くなっていった。
「はあ、はあ……」
それは息を切らしながらこちらへ近づいてくる。草むらをかき分けて弥生が顔を覗かせると、そこには……。
「っひ……」
農具で頭を勝ち割られた人間が、弥生を見下ろしていた。